第五話 つながる点
夜。
四人は、いつもの居酒屋に集まっていた。
カウンターの向こうから、焼き鳥の香ばしい匂いが漂ってくる。店内には常連客の笑い声が響き、テレビではニュースが流れていた。
いつもなら他愛のない話で盛り上がる時間だった。
しかし、今夜の話題は違った。
「それじゃ、分かっていることから整理しましょうか」
上野が湯飲みを置いた。
「まず、野上さんのトラックの荷台で発見された遺体。身元は大村智さん、四十歳。死因は窒息死。頭部には打撲痕がありました」
「その打撲は、亡くなる前についた傷なんだよな?」
圭司が尋ねた。
「はい。詳しい状況については、引き続き調べています。ただ、頭部の傷だけでなく、窒息した経緯も重要です」
上野は言葉を選ぶように続けた。
「そして、遺体を覆っていた段ボールには、大村智さん宛ての伝票が貼られていました」
「そこが妙なんだよな」
牧田が枝豆をつまみながら言った。
「普通、遺体を隠したいなら、名前の書かれた伝票なんか残さないだろ」
「そうなんです。しかも、圭司の配達記録には、あの荷物に該当するものがありません」
美咲がスマートフォンをテーブルに置いた。
「つまり、伝票は配達のためじゃなくて、何か別の意味があって残されていた可能性があるんだよね」
「たまたま、じゃないのか?」
圭司は腕を組んだ。
「だとしたら、犯人はたまたま 大村智と残した?」
誰もすぐには答えなかった。
店員が料理を運んできた。圭司は礼を言い、取り皿を美咲の前に置く。
上野は話を先へ進めた。
「大村さんは、妻の幸子さんと娘の琴さんと暮らしていました。幸子さんによると、事件前日の夜、三人の生活に関わる話し合いがあったそうです」
「離婚話か?」
牧田が言った。
上野が頷く。
「はい。幸子さんは、知人の壱岐康太さんを交えて、離婚について話し合ったと説明しています。大村さんは、話し合いの場では落ち着いていて、離婚を受け入れたように見えたそうです」
「知人、ねえ……」
圭司が焼き鳥を手に取った。
「離婚話にわざわざ知人が同席するってのも、気になるな」
「本人がそう説明している以上、現段階ではそれ以上のことは言えません」
上野はそう断ったものの、表情は真剣だった。
美咲が口を開く。
「それに、琴さんの様子も気になるよね」
「琴さんが何か知っている可能性はあります。ただ、まだ十分に話を聞けていません」
上野は、あの家でのことを思い出していた。
父親の死を知らされた琴。
その目が、一瞬だけ家の外へ向いたこと。
そして、地面に残っていた車輪の跡を、彼女が足でこすって消そうとしていたこと。
あれは、何だったのか。
単なる偶然とは思えなかった。
「そういや、現場って物流倉庫のすぐ隣なんだよな?」
圭司が尋ねた。
「ええ。大村さんの自宅と、野上さんのトラックが置かれていた車庫は隣接しています」
「だったら、台車で運ぼうと思えば、そんなに苦労はいらないな」
牧田が箸を止めた。
「確かに、あそこなら距離は短い。倉庫に台車だってあるしな」
「その台車が使われたかどうかも、調べる必要がありますね」
上野が言った。
しばらく、四人はそれぞれ考え込んだ。
遺体を運ぶことのできる距離。
消されかけた車輪の跡。
離婚話に同席した知人。
そして、圭司のトラック。
どれも気になるが、まだ決定的なつながりは見つかっていない。
そのときだった。
「あーー、壱岐さんだよ」
牧田が突然、声を上げた。
圭司が顔を上げる。
「何がだよ?」
「お前が乗って帰ったトラックの持ち主」
牧田は、思い出したという顔で圭司を指さした。
「壱岐康太さん。お前が借りて帰ったトラック、あの人のだったよ」
上野の手が止まった。
「……本当ですか?」
「ああ。ここに来る前に車両の記録を確認してきたから、間違いないよ」
牧田は頷いた。
「前の日に圭司が自分のトラックを車庫に置いて、壱岐さんのトラックを借りて帰った。翌朝も、そのトラックで配達に出たんだろ?」
「そうだ。最初の配達を終えて、午前十一時ごろにここへ戻った。それから自分のトラックに乗り換えた」
圭司は、当日の行動を確認するように答えた。
「壱岐さんのトラックが事件に関係あるかどうかは、まだ分からんけどな」
牧田が付け加えた。
「そりゃそうだ。借りたトラックの持ち主だからって、犯人になるわけじゃない」
圭司はそう言ったが、上野は何も答えなかった。
頭の中で、いくつかの光景が重なっていた。
琴が消そうとしていた車輪の跡。
幸子が離婚話の場に同席させた知人、壱岐康太。
その夜、大村智が家から姿を消したこと。
そして、遺体が発見された圭司のトラック。
圭司が乗って帰った別のトラックの持ち主が、幸子の知人だった。
偶然なのか。
それとも、二つのトラックには何か関係があるのか。
まだ、何も断定できない。
だが、上野の中で、ばらばらだった点が少しずつつながり始めていた。
「牧田さん」
上野は顔を上げた。
「明日、車庫の防犯カメラの映像を確認したいんです。それから、壱岐さんについても、詳しく教えていただけますか?」
「ああ、構わないよ」
牧田はすぐに答えた。
「壱岐さんは、明日は早めの上がりだからな。話を聞けるように、こっちで予定を調整しておくよ」
「助かります」
上野は頭を下げた。
「ただ、まだ壱岐さんを犯人と決めつけないでください。確認したいことがあるだけです」
「分かってるよ」
牧田は頷いた。
圭司は、冷めかけた焼き鳥を口に運んだ。
「しかし、トラックを貸した相手が事件に関係してるかもしれない、か……。面倒なことになってきたな」
「圭司が面倒なことに巻き込まれるのは、今に始まったことじゃないでしょ」
美咲がすかさず言った。
「お前なあ。少しは父親を心配しろよ」
「心配してるから、一緒に調べてるんじゃん」
その言葉に、圭司は一瞬だけ黙った。
それから、照れ隠しのように笑った。
「……さすが、俺の娘だ」
「はいはい」
美咲は笑いながら、グラスに手を伸ばした。
いつもの居酒屋に、いつもの親子のやり取りが戻る。
けれど、上野の表情は変わらなかった。
明日、車庫の防犯カメラを確認すれば、何かが分かるかもしれない。
壱岐康太が事件に関わっているのか。
それとも、彼もまた、誰かの思惑に巻き込まれただけなのか。
上野は手帳を開き、最後にひとつだけ名前を書き留めた。
――壱岐康太。
その名前が、事件の真相へつながる鍵なのか。
それとも、真相から目をそらさせるための、新たな手掛かりなのか。
答えは、まだ出ていなかった。




