第二話 知らない男
赤色灯が、道路脇のトラックを赤く染めていた。
最初に到着したパトカーから、警察官が二人降りてくる。少し遅れて救急車も停まり、救急隊員が担架を降ろして荷台へ向かった。
圭司は、トラックから離れた場所に立っていた。
自分のトラックなのに、近づく気になれなかった。
荷台の奥に横たわっていた男の顔が、まだ頭から離れない。
救急隊員の一人が男の首元に手を当て、もう一人が胸の動きを確認する。
短い時間だった。
やがて、救急隊員が顔を上げた。
そばにいた警察官へ、静かに首を横に振る。
その仕草を見て、圭司は目を伏せた。
「通報されたのは、あなたですか?」
声をかけられ、圭司は顔を上げた。
「はい。俺です」
「お名前をお願いします」
「野上圭司です」
「野上さんですね。発見したときの状況を伺いたいのですが、まず、こちらで確認を行います。その間、少し離れてお待ちください」
「分かりました」
圭司は頷き、道路脇へ移動した。
警察官たちは荷台の周囲を確認し、写真を撮り始めた。荷物の位置や、遺体が横たわっていた場所も、一つずつ記録している。
圭司はその様子を見つめた。
どうして、こんなことになったのか。
今朝、家を出たときは、いつもと何も変わらなかった。
それなのに、今は自分のトラックの荷台から人の死体が見つかり、警察が調べている。
悪い夢なら、そろそろ覚めてほしかった。
「野上さん」
呼ばれて振り返る。
「はい?」
「少し確認します。発見したとき、遺体には触れていませんね?」
「触ってません。男の人が倒れているのを見つけただけです。最初は、ゴトンと音がして荷物がずれたと思って確認したら段ボールから……」
そこまで話して、圭司は言葉を切った。
あのときの光景が蘇る。
人の足だと気づいた瞬間の、あの嫌な感覚。
「分かりました。詳しいお話は後ほど伺います」
警察官が離れていく。
圭司はもう一度、荷台を見た。
いつもなら、どの荷物がどこに積まれているか、ほとんど頭に入っている。積み込みの際には伝票と照らし合わせ、荷崩れが起きないよう配置にも気を配る。
だからこそ、さっきの違和感が気になった。
あの男は、いつからそこにいたのだろう。
昨日、荷物を積んだときにはなかったはずだ。
夜の間に?
圭司は眉間にしわを寄せた。
考えても答えは出ない。
ただ、自分の知らないところで、誰かがトラックに触れた?
そう考えなければ、説明がつかなかった。
*
しばらくして、もう一台の車が現場に入ってきた。
車から降りてきた男の姿を見て、圭司は思わず声を漏らした。
「……上野さん」
上野は、現場を見渡しながら歩いてきた。
圭司の姿を見つけると、足を止める。
それから、荷台へ視線を移した。
もう一度、圭司を見る。
「野上さん……今度はなんですか?」
「いや、俺に聞かれても困りますよ」
圭司は思わず言い返した。
上野は、深々とため息をついた。
「前回は誤配でしたよね」
「今回は誤配じゃありませんよ」
「そうですね。今回は遺体ですからね」
「その言い方、やめてもらえません?」
いつもの調子で返したつもりだったが、声に力が入らなかった。
上野も、それ以上は冗談を続けなかった。
「……失礼しました。まずは状況を確認します」
そう言って、荷台へ向かう。
圭司も後ろからついていこうとしたが、警察官に制止された。
「野上さんは、こちらでお待ちください」
「分かりました」
上野は荷台の近くで捜査員から説明を受けていた。
ときおり、こちらに目を向ける。
やがて確認を終えると、圭司のところへ戻ってきた。
「野上さん。少しお話を聞かせてください」
「はい」
「発見された男性とは、面識はありませんか?」
「ありません。顔を見ても、まったく知らない人です」
「仕事関係の方や、以前の配達先で会った可能性も?」
「思い当たりません。少なくとも、俺の知っている人じゃありません」
上野は手帳に記録した。
「では、この男性がいつから荷台にいたのか、心当たりは?」
「それが分からないんです」
「昨日、仕事を終えてから今朝までの間は?」
「昨日の仕事が終わってから荷物を積み込みました。そのあとトラックは牧田の物流倉庫の車庫に停めて、帰りました。今朝はいつも通り、車の状態と荷台を確認して出発しました」
「その際、異常はありませんでしたか?」
「多分、特に問題はなかったかと」
「車庫に、ほかの人が入ることはできますか?」
「入ろうと思えばできます。ただ、荷台には鍵をかけています」
「予備の鍵は?」
「事務所にあります」
上野のペンが止まった。
「事務所に入れる人は?」
「会社の人間と外注で受けている俺らとかは普通に入れます。……でも、外から絶対に入れないとも言い切れません」
「鍵の管理状況も確認する必要がありそうですね」
「そうですね」
圭司は素直に頷いた。
ここで嘘をついても仕方がない。
自分自身、何が起きたのか分からないのだから。
「今日の配達について、朝から順番に教えていただけますか?」
「もちろんです」
圭司は、出発した時刻から順に説明を始めた。
最初の配達先。
荷物を届けるためにトラックを離れた時間。
そして、最後の配達の時、遺体を発見したこと。
上野は途中で何度か確認を挟みながら、丁寧に話を聞いていった。
「最初の配達先から戻ったとき、荷物の並びが不自然だった?」
「はい。昨日の積み方と若干違う気がして」
「そのとき、荷台の中を確認しましたか?」
「してませんよ、時間指定の荷物ばっかりなので、そんな暇ないです。ざっとは見ましたけど」
「遺体には気づかなかった?匂いとか?」
「……はい」
圭司は言葉を選んだ。
「奥まで徹底的に調べたわけじゃないですし。色んな荷物があるから匂いまでは気にしてなかったです、」
「分かりました」
上野は記録を続けた。
「遺体がいつ積み込まれたのかは、今のところ分からないということですね」
「そうですね」
圭司は上野の目を見た。
「俺は、本当に何も知りません。誰かを乗せた覚えも、荷台に遺体を積んだ覚えもありません」
「分かっています。今は、野上さんの話と現場の状況を照らし合わせているところです」
「……俺、疑われてるんですか?」
上野はすぐには答えなかった。
「遺体が見つかった車両の持ち主ですから、詳しく確認する必要はあります。ただ、遺体が見つかったからといって、野上さんが犯人だと決まったわけではありません」
「そうですか……」
「それに、野上さん自身が通報していることも、こちらでは把握しています」
圭司は少しだけ肩の力を抜いた。
とはいえ、安心できる状況ではない。
自分のトラックから人が死んでいる。
それだけで、いつもの生活が大きく変わってしまった。
「上野さん」
「はい」
「これから、どうなるんですか?」
「まずは身元の確認と、死因の特定です。そのうえで、いつ、どこで亡くなったのかを調べます」
「俺のトラックも?」
「もちろんです。荷台の状態や、荷物の配置も詳しく確認します」
圭司はため息をついた。
「仕事、どうしよう……」
「申し訳ありませんが、しばらくトラックをお預かりすることになると思います」
「ですよね」
圭司は頭を掻いた。
仕事道具がなければ、配達はできない。
だが、それよりも気になることがあった。
どうして、よりによって自分のトラックだったのか。
偶然、そこに停まっていたからなのか。
それとも――。
「野上さん?」
上野の声に、圭司は我に返った。
「すみません。考え事をしてました」
「何か思い当たることがあれば、どんな小さなことでも教えてください」
「分かりました」
圭司は頷いた。
上野はもう一度、荷台を振り返った。
「今日は、こちらで確認を続けます。野上さんには、改めてお話を伺うかもしれません」
「はい」
そう答えたものの、圭司の胸の中は晴れなかった。
警察が調べれば、何か分かるかもしれない。
それは分かっている。
それでも――
自分が知らない男の死体を運んでいたという事実は、あまりにも現実離れしていた。
上野たちが再びトラックの方へ向かう。
圭司は、その背中を見送った。
その日の配達は、もう続けられそうになかった。
圭司はスマートフォンを取り出し、美咲の名前を表示させた。
電話をかけようとして、手を止める。
どう話せばいいのだろう。
トラックから死体が見つかった。
警察が来ている。
上野に事情を聞かれている。
どれも冗談では済まされない。
圭司は、画面を見つめたまま呟いた。
「……まいったな」
いつもなら、時間は待ってくれない。
だが今日だけは、少しでも時間が止まってほしかった。




