第一話 荷台の死体
朝。
野上家の二階には、焼いたパンの匂いとコーヒーの香りが漂っていた。
「今日、一限からだから」
美咲がトーストをかじりながら言った。
「そうか」
圭司はフライパンを洗いながら返す。
「圭司は?」
「今日は近場が多い。昼過ぎには戻れるだろ」
「じゃあ、帰りに買い物頼んでいい?」
「卵か?」
「あと牛乳」
「昨日も買っただろ」
「昨日使った」
「誰が?」
「私」
「犯人、自白したな」
美咲が笑う。
「圭司、最近おやじギャグ多くない?」
「朝からうるせえな」
美咲は立ち上がり、窓の外を見た。
一階の駐車場には、圭司の配送トラックが停まっていない。べつのトラックが止まってある
「今日、トラックが違う」
「牧田のとこの車庫に置いてきた。朝一でこのトラックの荷物を配達して欲しいんだと」
「ふーーん」
「そう言うこともあるんだ?」
「たまにな」
「へぇーー、」
「……行ってこい」
「はいはい」
美咲が玄関へ向かう。
「圭司も、気をつけてね」
「ああ」
「今日、荷物多いんでしょ?」
「いつもと同じだよ」
「じゃあ――」
美咲が靴を履きながら振り返った。
「誤配の次は、誤って別の荷物を積むとかかな?」
「バカ言え、変なこと言うな」
圭司は笑った。
美咲は笑いながら外へ出ていった。
圭司は、その後ろ姿を見送った。
その何気ない一言が、ほんの数時間後に別の意味を持つことになるとは、このときはもちろん知るはずもなかった。
*
午前十一時。
圭司は朝一の配達を終えて自分のトラックに乗り換えた。いつものように市街地の細い道を、走る。
やっぱり自分のトラックがいいな、そう思いながら運転していた
信号で止まるたび、配達伝票を確認する。
昼前の街は人も車も多い。
いつもと変わらない。
何も変わらないはずだった。
マンション前にトラックを寄せる。
配達先は三階。
「さて……」
圭司は運転席を降り、荷台の扉を開けると、伝票チェックをし、荷物を一つ取った。
荷台の扉を閉め、マンションの中へ入った。
*
配達を終え、圭司が外へ戻ってきたのは十分ほど後だった。
トラックの横まで歩き――
足を止めた。
「……ん?」
圭司は眉を寄せた。
「こんな荷物あったっけ……」
近づいて確認する。
「おかしいな……勘違いか?」
独り言を呟き、奥まで目をやる。
特に変わったものはない。
圭司は一度扉を閉めた。
「……気のせいか」
そう言って、運転席へ戻った。
そのときは、本当にそう思った。
*
午後一時過ぎ。
最後の配達先に行く圭司は、トラックを走らせていた。
腹が減っている。
昼飯を食う時間もなかった。
「今日はハズレだな……」
信号が赤になった。
トラックが止まる。ゴトン、少し荷台の中から音がした。
ヤバい荷物がずれたか?。長年の経験から直感した。
圭司は次の路地でトラックを停めた。
エンジンを切る。
車内が静かになった。
外から聞こえるのは、遠くを走る車の音だけ。
圭司は運転席から降りた。
荷台の後ろへ回る。
扉に手をかける
「……破損とかなければいいけどな」と扉を少し開けた。
鼻をつく、妙な臭いがした。
ほんのわずか。
嗅いだことのないような臭い。
圭司は眉を寄せた。
「何だ……?」
扉をもう少し開く。
荷台の中は薄暗い。
昼間なのに、奥まで光が届かない。
その奥。
何かが置いてある気配。
「……ん?」
圭司は目を凝らした。
段ボールから中身が出ている。破損かと頭を抱えるがその中身が気になる。
「……何だ?」
確認せずにはいられなかった。
鼻をつく臭いが、さっきより強くなった。
「……何だよ、これ」
足が見えた。
圭司の手が止まった。
「……え?」
足
その先には、ズボン。
さらに、その上。
人の身体。
圭司は息を呑んだ。
「……おい」
声が出ない。
もう一度、覗き込む。
男が仰向けに倒れている。
目は閉じている。
胸が動いていない。
圭司は反射的に一歩、後ろへ下がった。
「……まさか」
自分のトラック。
自分が毎日使っている荷台。
そこに――
知らない男の死体が積まれている。
圭司の喉が鳴った。
そして、ようやく言葉が出た。
「……誰だよ、お前」
返事はなかった。
静まり返った荷台の奥で、男はただ横たわっていた。




