↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美咲のオヤジの配達記録簿  作者: 空雨 素志


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/52

第五話 五年前の事故


その日の夕方。


圭司は自宅の二階にあるリビングで、テレビをつけたままソファに座っていた。

画面の内容は、ほとんど頭に入ってこない。


テーブルの上には、飲みかけのコーヒー。

その横には、今日の配達伝票が置かれている。


圭司は一枚ずつ確認していた。

だが、何度見ても目が止まる。


三〇一号室。


三一〇号室。


数字が頭の中で入れ替わる。


「……まいったな」

圭司は伝票を置いた。


今回の誤配は、自分の単純なミスだ。

それ自体は分かっている。


だが、その荷物が301号室にあった。

しかも、その部屋では男が転落している。


そして箱には、一度部屋の中に置かれた痕跡まで残っていた。

「偶然……なのか?」


そう呟いたとき、スマートフォンが鳴った。


画面を見ると牧田だった。


「もしもし」


『野上、今いいか?』


「何だよ」


『昨日の件、ちょっと聞いた』


「もう耳に入ったのか」


『ああ。営業所の連中も話してた』


圭司は黙った。


『301号室の男、唐津大吾っていうんだろ?』


「警察はそう見てる」


『そうか……』


牧田の声が少し低くなった。


『唐津って聞いて、俺も思い出したんだ』


「何を?」


少し間があった。


『五年前の事故』


圭司の手が止まった。


「……やっぱりか」


『知ってるのか?』


「名前を聞いたときから、なんとなく引っかかってた」


『唐津武雄』


その名前を聞いた瞬間、圭司の記憶の奥に、古い映像が浮かんだ。


雨。


道路。


潰れた車。


そして、物流倉庫で交わされた会話。


五年前。


唐津武雄は、牧田の勤める物流会社の倉庫に出入りしていたドライバーだった。

圭司も、何度か見かけたことがある。


無口な男だった。


仕事は真面目で荷物を受け取るときも、余計なことは言わない。

そんな印象しかなかった。


だからこそ、あの事故のニュースは圭司の周りでも大きな話題になった。


『あの日、唐津は運転中に体調を崩したんだ』


牧田が言った。


「病気だったのか?」


『詳しいことまでは知らない。突然、意識がもうろうとして、そのまま前の車に追突したらしい』


「……被害者は?」


『女性だったと思う』


圭司は息を止めた。


「女性……」


『名前は覚えてないな』


少し間があった後、思い出したように続けた。


『そういえば事故のとき、女性は妊娠中だったんだよ』


圭司は何も言えなかった。


『産婦人科の帰りだったらしい』


テレビの音が、遠くに聞こえる。

圭司は立ち上がった。


窓の外を見る。


夜の街に、車のライトが流れている。

『事故で……お腹の中の子は助からなかった』


「……」


圭司は言葉を失った。

五年前。


唐津武雄が起こした追突事故。

そして、そのとき失われた子供。


圭司は、ゆっくりソファに座った。


「唐津武雄は……その後どうなった?」


『事故のあと、しばらくして亡くなった』


「そうだったな」


『だから、もう本人に話を聞くことはできない』


電話の向こうで、牧田が息を吐いた。


『大吾が、その唐津の息子だ』


「……そうだったな」


圭司はテーブルの上の伝票を見る。


301。


310。


二つの数字が、また頭の中で重なった。


『圭司』


「ん?」


『あまり一人で考え込むなよ』


「分かってる」


電話が切れた。


テレビの音は、まだ遠くに聞こえる。

圭司はしばらく動かなかった。


 そして、ふと思い出した。


 ――上野刑事。


 警察も、唐津大吾について調べている。

 もしかすると、何か分かっているかもしれない。

 圭司はスマホを手に取った。


 上野に電話をかける。


 数回の呼び出し音のあと、つながった。


「もしもし、上野さん?」


『はい。野上さん、どうしました?』


「唐津武雄のことなんですけど」


 圭司がそう言うと、上野は少し間を置いた。


『唐津武雄……』


「牧田から聞いたんです。五年前に事故を起こしたって」


『……はい』


 上野の声が少し低くなった。


『私も、そのことについて、ちょうど調べていたところです。

今回の件で唐津大吾さんのことを調べていたら、父親の唐津武雄に行き着きまして』


「被害者の名前って分かります?」


『ええ.......上峰順子です』


その名前を聞いた瞬間圭司の表情は変わった。


 圭司が誤って配達した310号室。

 扉を開けた女性。青ざめた顔。


「何も受けとっていません」そう言ったあの女性。


 上峰順子。


『わかってます。偶然にしては気になります。五年前の事故、今回の件、もう少し調べる必要があるみたいですね。』


そう言い残し電話は切れた。


圭司はスマホをテーブルに置いた。


 五年前の事故。


 唐津武雄。


 上峰順子。


 失われた子供。


 そして今。


 301号室で倒れている男。


 圭司は、ふと昨日の順子の顔を思い出した。

 荷物を受け取っていないと言ったとき。

 あの表情は、ただの困惑だったのか。


 それとも――。


 何かを知っていたのか。


 まだ分からない。


 ただ、一つだけ確かなことがある。


 五年前の事故で、二つの家族の人生が変わった。

 そして今、その二つの家族が、同じマンションの中で向かい合っている。


 偶然なのか。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。