第四話 荷物の違和感
病院の廊下は、昼間だというのに静かだった。
白い壁。
規則正しく並んだ病室の扉。
遠くから、看護師の足音だけが聞こえてくる。
圭司は自動販売機の前で、紙コップのコーヒーを握っていた。
隣には上野刑事がいる。
二人とも、ほとんど口を開かなかった。
やがて、診察室の扉が開いた。
昨日、小城咲を診察した医師だった。
「小城さんについて、少しお話があります」
上野が姿勢を正す。
「お願いします」
医師は二人を見ながら、静かに口を開いた。
「小城さんは妊娠されています」
圭司の手が止まった。
「……妊娠?」
「はい。まだ初期です」
「本人は……」
「今はかなり混乱していますので、本人から詳しく聞くことはできていません」
医師は続けた。
「ただ、少し注意が必要な状態です」
上野の表情が変わる。
「危険なんですか?」
「現時点で母体に大きな問題があるというわけではありません。ただ、強いショックを受けています。身体への負担もありますので、しばらく安静にしてもらいます」
「赤ちゃんは?」
圭司が思わず聞いた。
医師は一瞬だけ間を置いた。
「今は経過を見ています」
それ以上、医師は詳しく話さなかった。
「現在は点滴を打って、安静にしています。できるだけ刺激を与えないようにしてください」
「事情を聞くのは……」
「もう少し状態が落ち着いてからです」
「分かりました」
上野が頭を下げる。
医師が去っていく。
圭司は、しばらく病室の方を見ていた。
昨日の咲の姿が頭に浮かぶ。
床に座り込み、震えながらスマートフォンを握っていた。
そして、何度も窓の外を見ていた。
あのとき、彼女は何を考えていたのだろう。
圭司には分からなかった。
「行きましょうか」
上野に言われ、圭司は我に返った。
「はい」
二人は病院の廊下を歩き出した。
「野上さん」
「はい?」
「昨日の荷物ですが」
圭司が振り返る。
「何か分かったんですか?」
「少し気になることが出てきました」
「何です?」
上野は少し間を置いた。
「箱の裏側に、灰が付いていたそうです」
「灰?」
「はい。鑑識で確認したところ、線香の灰に近いものらしいです」
圭司は足を止めた。
「線香……」
「301号室に、遺影がありましたよね」
「ああ」
「唐津武雄さんの遺影です。その近くに線香立てがあった」
圭司は箱のことを思い出した。
自分が誤配した荷物。
「それで?」
「箱の裏側についていた灰と、遺影の近くに落ちていた灰が似ているそうです」
圭司は黙った。
「つまり……」
「一度、箱が部屋の中に置かれていた可能性があります」
圭司の眉が動いた。
「でも、俺が見たときは玄関の近くでした」
「そうなんです」
上野も頷いた。
「そこが、少し気になっています」
二人は病院の廊下の端に立った。
圭司は腕を組んだ。そして、手で箱を持つような仕草をする。
「一度、部屋の中に置いた」
「そして、そのあと玄関の近くに移動した」
「はい」
「誰かが動かした」
圭司は小さく呟いた。
「唐津大吾が持ってきたなら?」
「部屋の中に置いて、それから玄関へ」
「小城咲さんが持ってきたとしても同じです」
「そうですね」
「……何のために?」
上野は答えなかった。
圭司も、それ以上は言わなかった。
ただ、頭の中で荷物の動きを考えていた。
自分が310号室に間違えて置いた。
誰かが、それを301号室へ持っていった。
そして、一度部屋の中に置いた。
それから、玄関へ移動させた。
普通なら、そんなことをする理由はない。
もちろん、ただの気まぐれかもしれない。
荷物を置く場所を変えただけかもしれない。
それでも、圭司には妙に引っかかった。
「野上さん」
「はい」
「今のところ、事故の線が強い、だから.....、荷物のことも単なる偶然かもしれません」
「……そうですね」
圭司は頷いた。
そして、病院の窓から外を見た。
秋の空が広がっていた。
人は、荷物を持ってくる。
置く。
また動かす。
そんな何気ない動作の一つ一つに、普通なら意味なんてない。
だが。
今回だけは違う気がした。
圭司には、理由のない移動がどうしても気になった。
「俺が誤配しなければ……」
小さく呟く。
上野が振り返った。
「野上さん?」
「いや……なんでもないです」
圭司は苦笑した。
「俺の仕事ですから。気になるだけです」
病院を出る。
圭司は駐車場へ向かった。
その途中で、もう一度だけ301号室のことを考えた。
事故。
そうなのかもしれない。
警察もそう見ている。
自分だって、今のところはそれを否定する材料を持っていない。
ただ――。
あの荷物だけは、何かがおかしい。
圭司には、その答えだけが見えなかった。




