第三話 唐津武雄
小城咲は、そのまま救急車で病院へ運ばれた。
怪我をしているわけではなかったが、強いショック状態にあり、まともに話ができる状態ではなかった。
救急隊員に支えられながら、咲は何度も後ろを振り返っていた。
その視線の先には、301号室があった。
そして、その下に倒れている男。
「小城さんには、病院で改めて話を聞くことになります」
上野刑事が言った。
「重要参考人……ですか?」
「まあ、そうなりますね」
「でも、事故の可能性もあるんですよね?」
「今のところは、そちらの線が強いです」
上野は301号室へ目を向けた。
「ベランダからの転落です。部屋の中を見ても、今のところ殺人を裏付けるような決定的なものはありません」
圭司は黙っていた。
確かに、現場だけを見れば事故に見える。
けれど、どうしても気になることが一つあった。
荷物だった。
「上野さん」
「はい?」
「間違えて310号室に置いた荷物……」
「ああ」
「なんで301号室にあるんです?」
上野は少し考えた。
「小城さんが持ってきたんじゃないですか?」
「それならいいんですけど……」
圭司は言葉を濁した。
順子は、荷物なんて受け取っていないと言った。
それなのに、荷物は301号室にあった。
しかも、咲はそれを見て、
「なんで……? それに、この荷物、何……?」
そう呟いていた。
「まあ、荷物のことは確認しておきます」
上野はそう言って、301号室へ戻っていった。
警察では、別の確認も始まっていた。
倒れている男の身元だ。
部屋の名義人。
郵便物。
室内に残された写真や書類。
一つずつ確認していく。
やがて、名前が出た。
「唐津大吾、二十一歳」
上野が資料を見る。
「301号室の住人です」
「家族は?」
「父親がいましたが今は亡くなっています。」
そこにあった遺影に目を向ける。
「名前は?」
「唐津武雄です」
その名前を聞いた瞬間、圭司が顔を上げた。
「……唐津武雄?」
上野が振り返る。
「知ってます?」
「いや……」
圭司はそこで言葉を止めた。
知っている。
だが、すぐには思い出せない。
何かが引っかかっている。
どこかで聞いた名前だった。
「野上さん?」
「……いや。すみません。ちょっと考えてました」
上野はそれ以上、聞かなかった。
「唐津武雄についても、調べてもらっています」
「そうですか」
「大吾さん本人についても、交友関係や仕事、最近の生活状況を確認します。小城さんとの関係も含めて」
「なるほど」
上野は資料に目を落とした。
「五年前にも、少し気になる記録があります」
その言葉に、圭司が顔を上げる。
しかし、上野はそれ以上は言わなかった。
「まだ確認中なので」
「……はい」
それだけだった。
圭司は301号室を見た。
なぜ自分が310号室に誤配した荷物が、301号室にあるのか。
その荷物を、誰が動かしたのか。
そして――。
圭司は、もう一度だけ310号室のドアを見た。
事故なら、それでいい。
けれど。
荷物だけは、どうしても事故では片づけられない気がした。




