第七話 いつもの居酒屋
赤提灯の暖簾をくぐり、駅裏の居酒屋の隅の席に腰を下ろす。
湯気の立つ焼き鳥の香ばしい匂いの中、上野刑事は丁寧な手つきでお猪口に熱燗を注ぎ、ふうと小さく息をついた。
「あの隠し扉と屋上へルート偶然とはいえ、凄い発見でしたよ」
上野は語る。
「本当に驚いたよ。まさか、本棚の裏があの倉庫に繋がっているなんて思わないもん」
美咲は冷えた烏龍茶を一口飲みながら、腕を組んで首をかしげた。
「ねえ、上野さん。あの隠し扉のルートを使えば、一階の正面玄関にある防犯カメラを完全に避けて、誰にも見られずに出入りできたってことよね」
「はい、そうです」
上野はスマートフォンの画面に映し出した大学の構造図を二人に差し出した。
「防犯カメラが捉えていたのは、あくまで『正面入り口の出入り』のみです。ですが、あの隠し扉から備品倉庫を抜け、外階段から屋上へ出て、隣の棟を経由すれば……正面口の目を完全に欺くことができる。つまり、あれを知っていればほかの人でも可能になる」
圭司はグラスを置いて静かに口を開いた。
「となると、疑わしい人物が増えたってことになる――あの時、中庭で警備員を発見したと証言している大学院生の、吉田澪にも可能になる」
「そうですね。」
上野は顔をあげた
「吉田澪は事件当日、国分と同じように研究室へ向かっていました。ですが、彼女が主張する『中庭で警備員を見つけた』というタイミング。そして、その直後に救急車を呼んだというアリバイそのものが、隠し扉のルートを使えば、すべて『作られた偽装』であった可能性が出てくる」
「自分で最初に発見者のふりをして救急車を呼んでおけば、まさか自分がその直前までいた犯人だなんて疑われないもんね……」
美咲が背筋をゾクリとさせるように身震いした。
「ええ。彼女には、データを巡る教授との対立という噂もあります。それに、先ほど判明した『教授のプライベートにおける女性の影』。その関係者リストの中にも、彼女の名前はしっかりと含まれていたのですから」
上野が饒舌になる。
「明日、改めて彼女を署に呼び出し、本格的な事情聴取を行う予定です。隠し扉と屋上ルートの存在を突きつければ、彼女の鉄壁に見えるアリバイにも必ず綻びが生じるはずです」
湯気の向こうで、上野は静かに熱燗を口に含んだ。
隠し扉の秘密を手に入れた警察が、いよいよ核心へと踏み込んでいく。
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