第五話、末吉教授
圭司と美咲は事件の背景を探るため、大学のキャンパスへと足を運んでいた。
研究室の周辺や、普段教授が使っていたエリアで、学生や関係者たちに地道な聞き込みを重ねる。
二人が集めた情報は、少しずつ教授の知られざる素顔を浮き彫りにしていった。
「ねえ、圭司。さっきの学生さんたちの話、聞いた?」
キャンパスのベンチに腰掛け、美咲が手元のノートをめくりながら声を潜めた。
「教授、家族とはずっと別居状態だったみたい。それに、ときどき『女性ものの香水の匂い』がしていたって、何人もの学生が証言してたよ」
「女性ものの香水……か」
圭司は腕を組み、考え込むように目を細めた。
「海洋学の先生が、香水の匂いとはな」
「うん。なんでも教授は、何人かの女生徒と親しくしていたらしいの。噂好きの学生たちの間では、その誰かと特別な関係だったんじゃないかって言われてる。その中には……あの吉田澪の名前も入ってた」
「エースと呼ばれる大学院生の吉田が、教授と個人的に親しかった……」
「それだけじゃないよ」
美咲はノートの次のページを指し示した。
「教授、深海探査のデータとは別に、個人的に妙なものを調べてたんだって。大学のパソコンの検索履歴や、研究室の机の端にあったメモ帳から分かったんだけど……教授が調べていたのは、星について……正確には『星座』の配置だったらしいの」
「星座、だと?」
「そう。深海を探査する海洋学の教授が、どうして夜空の星や星座なんかをしつこく調べてたのか、みんな首をかしげてたって。星の本も何冊か借りていたみたい」
そこへ、上野刑事から一本の電話が入った。圭司が通話ボタンを押すと、受話器の向こうの上野の息が荒い。
『野上さん、こっちでも動きがありました。』
上野は言葉を切り、険しいトーンで続けた。
『大学院生の吉田澪の足取りについてです。事件当日、准教授の国分と同じように研究室へ向かっていた。だが、中庭あたりで、警備員が倒れている教授を発見しているのを見てすぐに駆け寄り、救急車に電話をかけたみたいです。』
「その時、何か見ていたんですか?」と圭司が問い返す。
『えぇ、救急車を呼んだとき、近くに准教授の国分らしき男の姿を見たそうです。「昨日、国分さんが警察に連れていかれたのを見て、あの人が何かこの事件に関わっているのでは」と怯えていたらしいです』
「国分が近くに……。だが、肝心の証拠はどうなんですか?」
『そこなんですが。先ほど、遺体の司法解剖の結果が出て。……やはり、事故ではなさそうです。後ろ向きに落ちてたのもうなずけます。』
「やっぱり他殺……!」
傍らで聞いていた美咲が、思わず息を呑んだ。
『ですが、転落現場となった窓枠や、教授が抱えていた荷物の箱からは、国分の指紋は一切出て来ませんでした。あいつが手袋をしていたのか、あるいは本当に、国分が部屋に入った時にはすでに教授がいなかったのか……。指紋が出ないせいで、決定的な証拠が固まりません』
大学での聞き込みによって見えてきた、教授の別居生活、女性の影、そして「星座」の調べ物。
一方で、警察署に届いた解剖結果は「他殺」を裏付けながらも、容疑者から指紋が出ないという新たな壁を突きつけていた。




