第三話 研究室
パイプ椅子の冷たさが、圭司の腰にじんと残っていた。
缶コーヒーを両手で包み込んだ美咲と圭司。
ベンチに並んで腰を下ろすと、美咲は声をひそめ、今日大学で調べてきたノートを見ながら話し始めた。
「圭司、事件のこと……色々聞いて回った。まず、第一発見者なんだけど」
「第一発見者?」
「うん。圭司を案内してくれた、あの警備員さんなんだって」
圭司は昨日の記憶を辿った。受付で声をかけ、研究室の場所を教えてくれた警備員だ。
「あの人、圭司を案内した後、ちょうどシフトの交代時間だった。だから荷物検査の書類を提出し、そのまま中庭を通って帰る途中で……転落した教授を見つけたみたい」
「交代の時間、か……」
「そうだよ。ちょうどその時間帯、警備員さんの交代と講義の空き時間が重なってて、あの棟にはほとんど誰もいなかった。圭司以外に誰も見てなかったっていうより、見られる状況じゃなかったのが本当みたい」
圭司は貰った缶コーヒーを、一口含んだ。
「それからね、研究室のことも分かったよ」
美咲はノートのページをめくった。
「末吉教授の研究室には、准教授の国分隼人さんと、何人かの生徒が所属してるんだけど……教授から特別にお気に入りとして扱われてたのが、院生で研究員を目指してる吉田澪さんっていう人。すごく優秀な人らしい」
「国分隼人と、吉田澪……」
「うん。研究室には他の学生も出入りはできるんだけど、実質的に教授の部屋にいつでも入れるのは、その二人だけなんだって。研究室にある大事なパソコンを操作できるのも教授以外だと国分さんと吉田さんだけだから、用がない限り他の人は部屋に行かないみたいね」
圭司の目が細くなった。
「つまり……部屋の構造やパソコンのデータについて熟知していて、教授と二人きりになっても怪しまれないのは、その二人だけってことか」
「そういうことになるね」
美咲は真っ直ぐ圭司を見つめた。
「もしこれが事故じゃなくて、誰かが教授を追いつめて落としたんだとしたら……」
「その二人のどちらか、か」
圭司は呟いた。教授が抱えていた「プラネタリウム」という謎の荷物。そして、研究室に入れる限られた二人の存在。事件の裏に隠されたどす黒い欲望の影が、少しずつ形を成し始めていた。
「プラネタリウムの件も気になるが……まずはその国分と吉田っていう二人を調べる必要がありそうだな」
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同じ頃。警察署にある鑑識・画像解析室。
暗がりの中で、上野刑事はモニターが発する青白い光を見つめていた。
画面に映し出されているのは、事件当日の大学B棟一階入り口の防犯カメラ映像だ。
「上野さん、該当の時間帯の映像です」
部下の刑事がタイムコードを操作する。
午前十時十分。
画面に野上圭司の姿が映る。ダンボール箱を抱え、警備員に案内されて一階の入り口へと入っていく。
午前十時十五分。
三階の研究室から配達を終えた圭司が一人でまた一階の入り口に戻ってきた。
「問題は、この直後です」
部下がコマ送りをする。
圭司が去ってからわずか数十秒後——十時十六分。
画面の端、圭司が戻って行った、逆の方から一人の男が入れ違いで入口から入っていった
拡大された男の顔を見た瞬間、上野刑事の目が険しく光った。
「こいつは……」
准教授の国分隼人だった。
「国分准教授……圭司と入れ違いで入っていやがる」
上野は腕を組み、画面の中の国分を睨みつけた。
第一発見者の警備員は交代時間でその場を離れていた。
圭司が去った直後、国分隼人が入っていたという決定的な事実。
「上野さん、国分の取り調べに入りますか?」
部下の問いに、上野は静かに立ち上がった。
「ああ。国分隼人……あの男が何を隠しているのか、訊きましょう」
取調室の冷たい空気が、新たな容疑者を飲み込もうとしていた。
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