第一話 荷物を持ったまま
「だから俺じゃないです」
野上圭司は、何度目か分からない説明をしていた。
「俺は荷物を届けただけですよ」
向かいに座る刑事は、黙ったまま圭司を見ている。
しばらくして、取調室のドアが開いた。
入ってきたのは、見覚えのある男だった。
「野上さん……」
上野刑事だった。
上野は圭司の向かいに座ると、深いため息をついた。
「また、なんで?」
「またって言うなよ。俺だって好きでここにいるわけじゃない」
「分かってます」
「じゃあ帰してくれ」
「その前に、もう一度だけ確認させてください」
圭司は椅子にもたれた。
「……はいはい」
上野は手帳を開いた。
「昨日、大学へ配達に行きましたね?」
その言葉を聞いた瞬間、圭司の頭に昨日の朝の光景が浮かんだ。
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朝。
いつものように、圭司は自宅前でトラックを洗っていた。
水を流し、ボディを拭く。
「よし」
最後に荷台を確認する。
圭司はトラックを眺めながら、小さく笑った。
「今日も綺麗だ」
事務所に戻ると、昨日集荷した荷物の伝票を確認する。
その中に、一枚見覚えのある宛先があった。
「……大学か」
宛先を確認する。
美咲が通っている大学だった。
圭司は二階に向かって声をかけた。
「美咲!」
「なに?」
「今日、お前も一緒に配達してやるよ」
階段から美咲が顔を出す。
「え?」
「ついでに送ってやるって」
「私の大学?」
「いいから乗れ。どうせ同じ方向だ」
美咲は少し呆れた顔をした。
「私は、荷物か?」
「まぁ、‘‘お荷物‘‘だな」
圭司は笑う
「どういう意味?」
「そういう意味」
美咲はふくれてトラックに乗り込んだ。
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大学に到着すると、美咲を降ろす。
「じゃあ、行ってくる」
「講義遅れるなよ」
「圭司こそ、事故らないでね」
「誰に言ってるんだ」
美咲は手を振り、大学の中へ入っていった。
圭司は荷物を確認する。
宛先は大学の研究所。
末吉教授。
「研究所か……」
荷物を抱え、建物の中へ入る。
受付で名前を告げると、研究室の職員が案内してくれた。
「末吉教授はあちらです」
「どうも」
研究室の前。
「末吉先生はいらっしゃいますか?」
「はい。」
研究室の奥から、白衣姿の男が出てきた。
「末吉です」
「配送の野上です。こちら、お荷物です」
「ああ、ありがとうございます」
教授は荷物を受け取った。
圭司は伝票を確認する。
「それじゃ、失礼します」
「はい。ご苦労さまです」
圭司は研究室を出た。
それだけだった。
いつもの配達。
何も変わったことはなかった。
その時は、そう思っていた。
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大学を出て、次の配達先へ向かう。
しばらく走っていると、前からサイレンが聞こえてくる。
パトカーだった。
「何だ?」
パトカーが一台、二台。
さらにもう一台。
すべて大学の方向へ向かっていく。
圭司はアクセルを少し緩めた。
「大学で何かあったのか?」
だが、すぐに気にするのをやめた。
「まあ、俺には関係ないか」
次の配達先へ向かう。
そして、荷物を届け終え帰宅した。
帰って美咲に大学で何かあったか聞いてみた。
「そう言えば今日、大学でなんかあった?」
圭司が言う。
「なんか誰か転落したみたいよ?詳しくは知らない」
「そっか」
それでその会話は終わった。
次の日の朝、洗車しようと
外に出ると、警察官が立っていた。
「野上さんですか?」
「はい……」
「少しお話を伺いたいのですが」
「何か?」
警察官は、大学の名前を口にした。
「昨日、大学で事故がありまして」
「事故?」
「末吉教授が……」
そこで一度、言葉を止めた。
「転落しました」
圭司の顔が変わった。
「……え?」
「研究室の窓からです」
「まさか……」
美咲が言ってたことは末吉教授のことだった。
「その人、大丈夫なんですか?」
警察官は答えなかった。
「詳しい内容は話せませんが念のため、昨日大学にいた方からお話を伺っています」
「俺は、荷物を届けて、すぐに出ましたけど」
「ええ分かっています」
「じゃあ……」
「でもあなただけなんですよ、転落する前研究室にいたのは。」
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そして現在。
圭司は取調室にいた。
「だから俺じゃないです」
圭司はもう一度言った。
「俺は荷物を届けただけです」
上野は黙って圭司を見ている。
やがて、静かに口を開いた。
「分かっています」
「じゃあ、なんで俺がここにいるんだよ」
上野は一枚の写真を机の上に置いた。
圭司は写真を見る。
大学の研究室。
そして、その窓。
「末吉教授は、あなたが配達した荷物を持ったまま、ここから落ちています」
圭司の表情が固まった。
「……荷物を持ったまま?」
「はい」
圭司は写真を見つめた。
昨日、自分が教授に手渡した荷物。
その荷物を抱えたまま、教授は窓から転落した。
圭司は小さく呟いた。
「……何でだ?」
上野は答えなかった。
ただ、圭司をじっと見ていた。
**――事件は、まだ始まったばかりだった。**




