第十話 沈黙の理由
病室に、重い沈黙が落ちていた。
隆の言葉が残っている。
「どうなんだよ!」
美紀が慌てて口を開く。
「違っ――」
その瞬間、達夫が美紀を見る。
目で訴えていた。
――言うな。
美紀は言葉を止めた。
上野は二人の様子を見ていた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「……そういうことですか」
圭司と美咲が上野を見る。
上野は遼に視線を向ける。
「佐伯さん。あなたは、お父さんのことで、以前から達夫さんをよく思っていなかった」
遼は黙っている。
「だから、お母さんにお父さんの遺品を送った」
遼の目が動く。
「ところが、その荷物は送り返されてきた」
上野は続ける。
「何らかの情報から、あなたは……その荷物を送り返しているのが達夫さんだと思った」
遼は何も答えない。
「だから事件当日、あなたは別府家へ行った」
病室にいる全員が、遼を見る。
「そこで、そのことについて達夫さんと口論になった」
上野の声が静かに響く。
「そして、達夫さんを殴った」
達夫は俯いた。
遼も俯いたままだった。
「そのときガラスが割れた」
上野は続ける。
「あなたは足に傷を負った。そして、そこから逃げた」
圭司が遼を見る。
あの日、逃げていった男。
右足を引きずっていた。
そして、今の遼も右足を引きずっている。
上野は圭司を見る。
「圭司さんに、それを見られた」
圭司は黙って頷いた。
上野は再び遼を見る。
「……そういうことですね?」
遼は何も言わない。
上野は少し間を置いた。
「隆君も、殴ったのですか?」
遼は答えない。
達夫も、うつむいたままだった。
その沈黙を見て、美咲が隆を見る。
「遼を見たのに……言えなかった?」
「違う」
隆が小さく答える。
「違うんだ」
顔を上げる。
そして、震える声で言った。
「……俺だよ」
病室が静まり返る。
「俺がやったんだ」
美紀が息をのむ。
達夫が顔を上げる。
遼も隆を見る。
隆は続けた。
「遼じゃない」
「俺が父さんと喧嘩した」
上野は何も言わず、隆の言葉を聞いていた。
「俺が……置物を投げた」
隆の目に涙が浮かぶ。
「父さんに当たって……そのあとガラスが割れた」
遼が口を開きかける。
「隆……」
しかし隆は首を振った。
「遼は、俺を止めようとしただけだ」
圭司と美咲は顔を見合わせる。
これまでの遼の沈黙。
達夫の沈黙。
そして隆の沈黙。
すべてが、少しずつつながっていく。
隆は俯いた。
「遼は……何も言わなくていいって言った」
達夫も黙っている。
遼も何も言わない。
上野は三人を見つめた。
――遼は隆を守ろうとした。
――そして達夫も、隆を守ろうとしていた。
誰も、自分のことを話そうとはしなかった。
病室には、しばらく誰も言葉を発しなかった。




