第二話 髙木遥
高木遥が兄の遺体を発見したのは、翌朝だった。
「昨日の夜、兄に電話したんです。でも出なくて……朝になっても連絡がないから、部屋に行きました」
遥は、何度も同じ言葉を繰り返した。
上野はメモを取りながら、静かに尋ねる。
「高木さんは、最近何か変わった様子はありませんでしたか?」
「特に……。真面目な人でしたから」
遥は少し考えてから続けた。
「ただ、仕事のことで悩んでいるようなことはありました。でも、詳しくは話してくれませんでした」
「仕事というのは?」
「会社のことです。兄と同じ会社の人に、何か問題があるようなことを言っていました」
上野の手が止まった。
「同じ会社の人?」
「はい」
遥は、それ以上は知らないという。
「名前は?」
「分かりません。」
上野は書き留めた。
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次に上野が向かったのは、マンションの管理人室だった。
古い建物だった。
廊下の照明も少し暗く、壁には長年の汚れが残っている。
管理人は、高木のことをよく覚えていた。
「高木さんは、きちんとした人でしたよ。ゴミの出し方なんかにも厳しくてね」
「住人に注意することも?」
「ありました。分別を守らない人がいたら、かなりきつく言ってました」
「誰にですか?」
管理人は少し考えた。
「……何人かいますからね」
そこから先は、はっきりしなかった。
「昨日、高木さんの部屋に出入りした人は?」
「うーん……」
管理人は腕を組む。
「正直、よく覚えてません」
「野上さんは?」
「ああ、それは覚えています」
即答だった。
「荷物を持ってましたからね。配達の人でしょう?」
「はい」
「昨日の夕方、野上さんが来たのは覚えています」
「他には?」
「……そこまでは」
管理人は首を横に振った。
古いマンションでは、人の出入りが多い。
誰がどこへ行ったのかなど、すべて覚えているはずもなかった。
ただ、管理人は一つだけ思い出した。
「そういえば、高木さんと同じ会社の人も、このマンションに住んでますよ」
上野が顔を上げる。
「同じ会社?」
「ええ。確か……古川さん」
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上野は、マンションの住人にも話を聞いた。
高木と同じ階に住む女性だった。
彼女は、その日の夕方に買い物から帰ってきた時のことを話してくれた。
「高木さんを見ました」
「何時ごろですか?」
「それが……よく覚えてないんです」
「夕方ですか?」
「はい。たぶん夕方だったと思います」
彼女は少し考えた。
「高木さん、誰かを呼び止めてて、」
「誰ですか?」
「男性だったと思います」
「顔は見ましたか?」
「いえ……そこまでは」
「何を話していたかは?」
「遠くでちらっと見ただけなんで聞こえませんでした」
「その後は?」
女性は首を横に振った。
「分かりません。私、そのまま部屋に入ったので」
それだけだった。
時間も、相手の顔も、会話の内容も分からない。
捜査に使えるほどの情報ではない。
それでも上野は、その話をメモに残した。
高木は、死ぬ前に誰かと接触していた。
その事実だけは残った。
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マンションを出ると、圭司が口を開いた。
「古川って人……同じ会社なんだな」
「そうみたいですね」
美咲がスマートフォンを見ながら言う。
「高木さんが仕事のことで悩んでたっていう話も気になります」
上野は少し考えた。
「まだ何とも言えない」
そして、古いマンションを見上げた。
昨日の午後六時。
圭司が高木の部屋に荷物を届けた。
その時、部屋の中から男の声がした。
――そこに置いてください。
だが、高木はその時にはすでに死亡していた可能性がある。
ならば、あの声の主は誰だったのか。
そして、荷物を持ち去ったのは誰なのか。
上野は圭司を見る。
「野上さん」
「はい」
「明日、古川さんから話を聞きましょう」
圭司は、静かにうなずいた。
まだ誰も知らなかった。
その男の話が、事件の見え方を大きく変えることを。




