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美咲のオヤジの配達記録簿  作者: 空雨 素志


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第一話 最後の配達


 その日の最後の配達は、午後六時だった。


 野上圭司は、トラックを古い賃貸マンションの前に止めた。


 エンジンを切り、時計を見る。


 18時02分。


「……少し遅れたか?」


 独り言を呟き、荷台から小さな箱を取り出した。


 伝票を確認する。


 宛名は高木。


 荷物は片手で持てる程度の小さな箱だった。


 圭司はマンションの中へ入った。


 古い建物だった。


 エレベーターで二階を押す。


 廊下の突き当たり近くに、高木の部屋があった。


 圭司はインターホンを押した。


 ピンポーン。


 返事がない。


 もう一度押す。


 今度は、少ししてから中で物音がした。


 そして、


「そこに置いてください」


 男の声がした。


 圭司はドアを見た。


「分かりました。伝票と一緒に置いておきますね」


「お願いします」


 それだけだった。


 圭司は箱を玄関脇に置いた。


 スマートフォンを取り出し、配達完了の処理をする。


 写真を撮る。


 伝票を確認する。


 間違いない。


「よし」


 圭司は立ち上がった。


 そのままエレベーターに向かった。


 一階を押す。


 荷物を受け取った人物の顔は見ていない。


 他の住人も見なかった。


 そして、その数時間後に自分が警察から事情を聞かれることになるなど、考えもしなかった。


---


 翌朝。


 圭司は一階の事務所で、配送の予定を確認していた。


 二階から美咲が降りてくる。


「圭司、コーヒーある?」


「その前にお母さんに手を合わせろ」


「はいはい お母さん行ってくるね」


 圭司は微笑ましくみる


 「はい、コーヒー」


 ガラスジャグを置く。


「朝から自分で入れろってこと?」


「大学生だろ」


「大学生だからコーヒーくらい入れてよ」


「意味が分からん」


 いつもの朝だった。


 圭司は笑いながら支度をした。


 そのとき、スマートフォンが鳴った。


 見たことない番号。


「はい、野上です」


『野上さんですか。警察の上野です』


「上野刑事?」


 圭司の手が止まった。


 昔から知っている刑事の名前だった。


『ご無沙汰しています。今回少しお聞きしたいことがありまして。』


「久しぶりじゃないですか?元気でしたか?あぁ、今日はどうしました?」


『昨日、高木さんという方のところへ配達に行かれましたよね』


 圭司は考えた。


「……高木?」


『はい』


「ああ。昨日の最後の配達したところです」


 上野の声が少し低くなった。


『その件なんですが……高木さんが今日亡くなってるのが発見されまして。』


「……え?」


 圭司は言葉を失った。


「本当ですか?」


『まだ詳しいことは言えませんが、野上さんに少し確認したいことがあります。』


 圭司は昨日の光景を思い出した。


 18時。


 高木の部屋。


 インターホン。


 男の声。


 そして、


 ――そこに置いてください。


「……上野刑事」


『はい』


「俺は昨日荷物を届けた……」


 少し間があった。


『それが、その荷物が見当たらないんです』


「……なくなった?」


『高木さんの部屋にはありませんでした』


 圭司は黙った。


「どういうことです?」


『それを確認したいんです』


---


 昼過ぎ。


 圭司は上野とマンションにいた。


 美咲も一緒だった。


 圭司は自分が届けた荷物が消えていることに不思議に思った


 高木の部屋の前には、警察官がいた。


 圭司は中へ入らず、廊下から部屋を見る。


 昨日、自分が立っていた場所。


 そこに、もう荷物はない。


「本当に、ここに置いたんですね?」


 上野が確認する。


「はい」


「直接渡しましたか?」


「いいえ」


「声だけ?」


「そうです」


「男の声だった?」


「はい」


 上野はメモを取った。


「高木さん本人でした?」


 圭司は少し考えた。


「……分かりません」


「声は?」


「高木さんを知りませんから」


 上野は頷いた。


「これが高木さんです」


 上野は写真を見せた。


 圭司はそこで初めて、自分が何も知らなかったことに気づいた。


 高木という男が何をしている人なのか。


 どんな声なのか。


 誰と付き合っていたのか。


 なぜ死んだのか。


 何一つ知らない。


 ただ荷物を届けただけだった。


---


 マンションの防犯カメラの映像を、上野が見せてくれた。


 画面の中に、自分が映っている。


 18時。


 圭司が荷物を持ってマンションへ入る。


 数分後。


 圭司が出てくる。


 もちろん、荷物は持っていない。


 美咲が画面を見ながら言った。


「圭司、何も持ってないね」


「当たり前だろ。置いてきたんだから」


「でも、その荷物は今ない」


 圭司は黙った。


 上野も画面を見ていた。


「そこなんです」


「何が?」


「野上さんが荷物を持って入った」


 上野が画面を指した。


「そして、何も持たずに出てきた」


「……」


「ところが、その荷物は部屋から消えている」


 圭司は眉をひそめた。


「俺が盗ったって言いたいのか?」


「そんなことは言ってません」


 上野はすぐに答えた。


「でも、映像だけを見ると、怪しくみえるのも事実です」


 圭司は苦笑した。


「冗談じゃない」


「分かっています」


 上野は画面を止めた。


「だから、私も引っかかってるんです」


「何が?」


「高木さんと野上さんに、接点がない」


 圭司は黙った。


「何か不自然すぎるというか」


 上野はそう言った。


 そしてもう一度、画面を再生した。


 圭司が建物に入る。


 数分後、出てくる。


 その間、他の人間は映っていない。


 なのに、荷物は消えた。


「野上さん」


「はい」


「昨日、部屋の中から聞こえた声を、もう一度思い出してください」


 圭司は目を閉じた。


 昨日の記憶を探る。


 低い男の声。


 短い言葉。


「……『そこに置いてください』」


「それだけ?」


「はい」


 上野は黙っていた。


 美咲が画面を見る。


 そして、小さく言った。


「ねえ」


「何だ?」


「圭司が入ってから出てくるまでの間……」


 美咲は画面を指差した。


「誰も入ってないよね?」


 上野が答えた。


「そうだ」


「じゃあ……」


 美咲が言葉を止める。


 圭司も同じことを考えていた。


 自分が荷物を置いたとき。


 部屋の中には、誰かがいた。


 しかし、高木はその時間にはもう死んでいた。


 では、あの声は誰だったのか。


 そして――


 消えた荷物を持っていったのは、誰なのか。


 上野は防犯カメラの映像を止めた。


 画面には、何も知らない顔でマンションを出ていく圭司が映っていた。


 それが、


 **「最後の配達」**


 だった。


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