第五話 いつもの居酒屋
夜。
圭司と美咲は、いつもの居酒屋の奥の席に座っていた。
事件が起きた日の夜ということもあり、店内はいつもより静かに感じる。
圭司は生ビールを一口飲み、美咲はウーロン茶を飲んでいた。
「……まさか、配達に行って事件に巻き込まれるとはな」
「圭司が事件を呼んでるんじゃない?」
「俺のせいかよ」
「そういう意味じゃないって」
美咲が笑う。
そのとき、店の入口から声がした。
「すいません、遅くなりました」
上野だった。
「お、上野さん」
「お疲れさまです」
「今日はありがとうございました」
上野は二人の向かいに座った。
「何か食べる?」
「いや、今日はいいです。」
圭司と美咲の表情が変わる。
上野は一度、店内を見回してから口を開いた。
「現場検証の結果が出てきました」
「何かありました?」
美咲が身を乗り出す。
「別府家の人間とは一致しない指紋が、いくつか出ています」
「……やっぱり」
圭司が呟いた。
「今は強盗の指紋、という、線で追ってます」
「でも、何も盗られてないんですよね?」
「そうなんですけどね」
上野が頷く。
「そこが引っかかる」
圭司は腕を組んだ。
「それに……」
上野が続ける。
「割れたガラス。あれは外からではありませんでした。**中から割られていた**という事です」
美咲が黙る。
圭司もグラスを置いた。
「中から……」
「そうです」
上野は静かに話した。
「外から侵入するためにガラスを割った強盗なら、普通は外側から割った痕跡が残る。ところが今回は違う」
「じゃあ、最初から家の中にいた?」
「それも考えられます」
三人の間に沈黙が落ちた。
圭司が事件を整理するように話し始める。
「別府達夫さんは、ディーラーの役員」
美咲が続ける。
「別府美紀さんの前の旦那さんが、佐伯和也さん」
「そして――」
圭司が言った。
「佐伯遼から、美紀さん宛てに佐伯和也さんの遺品が送られてきた」
上野が頷く。
「しかも、その荷物は一度送り返されている」
「送り返していたのは達夫さん」
美咲が確認する。
「そういう話だったな」
圭司は腕を組んだ。
「そして今日、もう一度送られてきた」
「その直後に事件が起きた」
上野が言う。
「しかも、家の中からは別府家の人間とは違う指紋」
美咲が考え込む。
「強盗だとして……何も盗ってない」
「そこなんだよ」
圭司が言った。
「本当に強盗だったのか?」
三人が黙る。
圭司はゆっくりと言葉を続けた。
「もし、狙っていたものが金品じゃなかったとしたら……」
美咲が顔を上げる。
「佐伯和也さんの遺品?」
「そう」
圭司は頷いた。
「犯人の目的が、あの荷物だったとしたら説明がつく」
上野も考え込む。
「つまり、犯人は荷物が別府家に送られてくることを知っていた?」
「そこが問題だ」
圭司が答える。
「偶然、配達の日に押し入ったとは考えにくい」
美咲が静かに言う。
「じゃあ……誰かが、遺品が送られてくることを知っていた」
「あるいは、知ることができた人物」
上野が付け加えた。
圭司はしばらく黙っていた。
そして、ふと美紀の言葉を思い出す。
――佐伯和也。
――東央精密。
――別府達夫。
圭司が口を開いた。
「なあ……」
「何?」
美咲が見る。
「佐伯和也さんの遺品の中に、何か残ってるんじゃないか?」
「何か?」
「犯人につながるものだよ」
圭司は続けた。
「あるいは、犯人が知られたくないもの」
美咲の表情が変わる。
「東央精密……?」
「そう」
圭司が頷く。
「和也さんは東央精密に勤めていた」
上野も思い出す。
「そして達夫さんは、東央精密に発注していた」
「ディーラーと東央精密」
美咲が呟く。
「そこに何か関係がある?」
「まだ分からない」
圭司はグラスを手に取った。
「でも、偶然にしては重なりすぎてる」
上野は黙って二人を見た。
「佐伯和也の遺品」
「東央精密」
「ディーラー」
「そして、別府家に侵入した誰か」
圭司は一つずつ言葉にしていく。
「もし本当に遺品が目的だったなら……」
美咲が続けた。
「その中に、何かある」
圭司は頷いた。
「犯人が欲しがるような何かがな」
居酒屋のざわめきの中で、三人はしばらく黙っていた。
まだ、何も分からない。
ただ一つだけ。
**佐伯和也の遺品は、単なる遺品ではないのかもしれない。**




