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美咲のオヤジの配達記録簿  作者: 空雨 素志


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第一話 もう一度



 昼過ぎの空は、薄い雲に覆われていた。


 野上圭司は、古びたマンションの前でトラックを停めると、運転席から降りた。


 エンジンを切る。


 途端に、車内にこもっていた冷房の音が消え、蝉の声が妙に大きく聞こえた。


 圭司は助手席に置いていた伝票を手に取った。


 届け先を確認する。


 **佐伯遼。**


 住所はこのマンションで間違いない。


「二階か……」


 圭司は荷台を開け、小さな段ボール箱を一つ取り出した。


 少し重い。


 中身は書籍か、電気製品か、それとも通販の商品か。


 最近は大学生の一人暮らしにも、いろいろな荷物を届ける。


 仕事としては珍しくもない。


 圭司は箱を抱え、マンションの階段を上った。


 二階の廊下。


 一番奥の部屋の前で足を止める。


 表札には、**佐伯**とだけ書かれていた。


 圭司はインターホンを押した。


 返事はない。


 もう一度押す。


 しばらくして、部屋の中から足音が聞こえた。


 鍵が回る。


 ドアが開いた。


「佐伯遼さん?」


「はい」


 出てきたのは、二十歳くらいの青年だった。


 大学生だろう。


 Tシャツにスウェットパンツというラフな格好で、髪は少し伸びている。


 ただ、圭司が最初に気になったのは、その顔だった。


 どこかで見覚えがあるような顔。


 だが、美咲の学校の友達関係だろうと


 圭司は特に気に留めなかった。


「荷物です」


「ありがとうございます」


 遼は箱を受け取った。


「ここ、サインお願いします」


 圭司が伝票を差し出す。


 遼はペンを受け取り、伝票に名前を書いた。


 佐伯遼。


 整った字だった。


「はい」


 遼は答えた。


 箱を見つめたまま、遼が小さく息を吐く。


 ため息。


 いや――。


 圭司には、怒りを抑えているようにも聞こえた。


「……もう一度、送ってくれませんか」


「もう一度?」


 圭司が聞き返す。


「ああ」


 遼は苛立ったように答えた。


「送り返されてきたんです」


「送り返された?」


「はい」


「じゃあ、もう一回送るの?」


「ああ」


 短い返事だった。


 圭司は箱を見る。


 送り先は『別府美紀』


 住所も書かれている。


「住所、これで合ってる?」


「合ってます」


「受け取り拒否されたとか?」


 遼は一瞬黙った。


「……たぶん」


「たぶん?」


「いいです。とにかく、もう一度送ってください」


 圭司は遼の顔を見た。


 大学生にしては、ずいぶん疲れた顔をしている。


 荷物一つで、ここまで苛立つ理由があるのだろうか。


 だが、客の事情に首を突っ込むのが圭司の仕事ではない。


「分かった。明日になるけど、それでいい?」


「はい」


「じゃあ、預かるよ」


 圭司は箱を持ち上げた。


 さっきより重く感じる。


「……何が入ってるのですか?」


「大したものじゃないです」


 遼はそう言った。


 しかし、その目は箱から離れなかった。


 まるで、箱の中にあるものを心配しているようだった。


 圭司はそれ以上聞かなかった。


「じゃ、明日届けます」


「お願いします」


 階段を下りる。


 途中で圭司は、手にした箱を見た。


 **別府美紀。**


 一度送り返されてきた荷物を、もう一度同じ住所へ送る。


 珍しいことではない。


 住所の確認を間違えたのかもしれない。


 受け取りを拒否されたのかもしれない。


 何か事情があるのだろう。


 それだけだ。


 圭司はトラックの荷台に箱を積み込んだ。


 運転席に乗り込み、エンジンをかける。


 ふと、マンションを見上げた。


 二階の窓。


 カーテンの隙間から、遼がこちらを見ていた。


 圭司と目が合う。


 遼はすぐにカーテンを閉めた。


「……なんだ?」


 圭司は小さく呟いた。


 だが、すぐに前を向いた。


 まだ仕事は残っている。


 アクセルを踏む。


 トラックがゆっくりとマンションを離れていく。


 この時の圭司は知らなかった。


 明日、この荷物を届けた先で――


 事件に巻き込まれることを


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