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九時間寝る俺は怠け者扱いでしたが、ハズレスキル《休養》で昨日の失敗を定着させ、眠らない迷宮を生き残る  作者: 他力本願寺


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第42話 百八十年前の正解

王都アルシオン、ギルド本部に設けられた臨時作戦室。


《永夜潮》の再来予測から数時間。室内は、防衛物資の再配置と過去の迷宮記録の照合に追われる職員たちの怒号で、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。


『――緊急連絡! 第三防衛線へ向かっている補給隊へ告ぐ。魔獣の群れを迂回するため、予定ルートを変更。直ちに【旧鐘楼】前へ移動せよ!』


 慌ただしい喧騒の中、前線の指揮官名義で、本部の魔導通信機に新たな移動命令が飛び込んできた。


 通信士が即座に受領の復唱をし、中継用の広域回線へその命令を転送しようと手を伸ばす。


「待って! その命令、転送しないで!」


 卓上に広げた羊皮紙の束と睨み合っていたフィアが、血相を変えて通信士の手を掴んだ。


「フィアさん、どうしました?」


「レン、今の通信の末尾……ノイズに紛れて、ごく微かに聞こえたわ。迷宮の崩落現場で聞いたのと同じ、あの音が」


 フィアの言葉に、俺の脳裏にあの不吉なリズムが蘇る。


 ツッ、ツッ、ツー。


 旧避難区画の旧式術式の壁裏で見つけた、欠損した中継図。そこに記されていた『三連の信号印』と全く同じ波形の雑音だ。


「補給隊の本来の目的地はどこです?」


「ええと、東門の第一倉庫です。指示された【旧鐘楼】は、そこから大きく西へ外れた放棄区画ですが……」


 通信士が戸惑いながら答える。


 状況証拠は揃いすぎている。俺は迷わず通信機の卓へ身を乗り出し、回線のスイッチを強引に切り替えて、補給隊の小隊長宛ての直接通信を開いた。


「レン・アルヴァです! 補給隊、直前の移動命令は敵の偽装です。絶対に動かず、現在地で待機陣形を固めてください!」


『なっ……偽装だと!? 了解した、現ルート上で待機する!』


 通信を切ってからわずか十分後。


 別ルートを走っていた偵察隊から、「旧鐘楼の広場に、無数の夜行種が待ち伏せのために伏せている」という戦慄の報告が飛び込んできた。


 もしあのまま偽の命令に従って進んでいれば、補給隊は丸ごと魔獣の巣へと歩いて入り込み、全滅していただろう。


 歴史記録と『三連の雑音』を照合したことで、補給隊一隊を待ち伏せから救えた。


「……見事な判断だ」


 作戦室の重い扉が開き、稼働管理局長であるグレン・ヴォルクが厳めしい顔で入ってきた。


「フィア君から送られてきた旧式術式の裏の図面……あの解析が終わった。君たちが未然に防いだ偽命令の正体も、な」


「やはり、ただの獣の群れじゃないんですね」


 俺が問うと、フィアが手元の晶板を操作し、作戦室の壁に王都の地図と解析データを投影した。


「ええ。百八十年前、王都を襲った夜間災害《永夜潮》。あの群れは本能で暴走しているわけじゃなく、全体を統率する明確な頭脳――移動式の指揮中枢が存在する。当時の記録には、それを『潮核(ちょうかく)』と呼称しているわ」


「その《潮核》が、人間の回線に偽の通信を流したと?」


「偽信号だけじゃないわ。当時の被害記録を照合した結果、《潮核》の持つ特性は大きく分けて三つあることが分かった」


 フィアは投影された地図の上に、三つの要点を順番に表示していく。


「一つ目は、常に一定の軌道で『移動し続けている』こと。


 二つ目は、人間の通信網に『偽信号』を混ぜ、さらに魔導時計の表示時刻を狂わせる『時刻ずらし』を使って、我々の指揮系統と連携を物理的に破壊しにくること。


 そして三つ目は――」


 彼女は、先ほど俺たちが聞いた波形のログを画面の中央に大写しにした。


「奴の唯一の弱点。膨大な魔獣の群れに対して『命令系統を切り替える』瞬間だけ、奴自身の隠蔽が短く薄れる。その時、群れへ命令を渡す魔力線――当時の記録でいう『中継刻印』が外へ露出する。特有の魔力波形が、あの『三連の雑音』よ」


 作戦室が静まり返る。


 俺たちを襲う敵は、単純な腕力で押し潰してくるだけの化け物ではない。俺たちが迷宮で築き上げた「時間を区切って交代する」という戦術の根幹である『通信』と『時刻』を、ピンポイントで破壊しにくる知性を持った悪意なのだ。


「敵が偽信号と時刻ずらしでこちらの連携を分断しにくるなら、我々の取るべき防衛戦術は一つだ」


 重い沈黙を破り、グレン局長が腕を組んだまま口を開いた。


「指揮官と精鋭部隊が《覚醒術》と薬を使い、睡眠を削ってでも同一の人間が前線を指揮し続ける。一律の連続覚醒部隊による防衛――それが百八十年前、《永夜潮》を凌ぎ切った旧軍の正解だ」


 グレンの言葉には、確かな歴史的合理性があった。


 指揮官が交代すれば、引き継ぎの隙や伝達ミスを狙って偽信号を滑り込ませられる。時刻がずらされれば、交代のタイミングそのものが狂って陣形に穴が空く。


 ならば「誰も寝ない」「最初から誰も交代しない」という力技で盤面を固定してしまえばいい。情報戦の隙を物理的な稼働時間で埋め尽くすその戦術は、災害初動の対応としては極めて理にかなっている。彼が悪意ある商人だからではなく、本気で都市を守るための安全保障として導き出した答えだ。


「局長の言う通り、短期的にはそれがもっとも安全な正解でしょう」


 俺はグレンを否定せず、彼の提示した旧方式の利点を真っ直ぐに認めた。


「現にレグルスさんのように適性のある人間が一貫して指揮を執り続ければ、偽信号に騙されるリスクは減る。……ですが、フィアさんが解析した旧軍の記録の『後半』を見てください」


 俺の言葉に合わせ、フィアが記録欄を送るる。


「旧軍の連続覚醒部隊は、初日と二日目こそ前線を維持しました。ですが、日を追うごとに過労による認知の低下を引き起こし、最終的には味方の部隊を敵と誤認して同士討ちするなどの甚大な被害を出している。相手の土俵で何日も消耗戦を続ければ、人間の脳が先に限界を迎えます」


「ならばどうする。交代の隙を突かれると分かっていながら、時間を区切って呑気に寝るというのか」


「遊撃には、レグルスさんのような短期即応の部隊を残します。ですが、本隊の運用は、複数のルートから情報を確認する『二系統照合』と、権限を分散させた『交代指揮』によって精度を守ります」


 俺はグレンの厳しい視線を正面から受け止め、はっきりと告げた。


「疲労で濁った頭のまま一人の人間が無理をして指揮を続けるより、澄んだ頭の人間が順番に盤面を見る方が、絶対に誤認は減らせる」


「……」


 グレンは眉間によった皺をさらに深くし、手元に持っていた分厚い書類――『旧式連続覚醒案』を、ドンッと卓上に叩きつけるように置いた。


「アルヴァ。君たちが迷宮内で見せた交代戦術の有用性は、私も評価している。だが、あの閉鎖空間と、数十万の命を預かる都市の防衛戦は規模が違うのだ」


 グレンの言葉は重かった。


「未曾有の大規模災害において、個別に睡眠時間を確保し、指揮権限をいくつも分散させるような悠長な運用が、この広い戦場で成立するとは思えん。……私は、この旧式案を本会議へ提出する」


「分かりました。俺も、口だけの議論で局長や上層部を納得させられるとは思っていません」


 思想の善悪じゃない。これは運用という実務の差だ。


 俺は壁に投影された王都の巨大な白地図を見上げた。


「《永夜潮》の第一波が地上へ到達するまで、あと三日」


 俺は振り返り、局長の目を真っ直ぐに見返した。


「この三日で、俺がぐっすり眠っていても絶対に崩れない、『任せて眠れる』完璧に回る戦場を実地で作ってみせます」


 議論の時間は終わった。ここから先は、俺の生活を守るための証明だ。

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