第22話 抗議するより証明する
王都アルシオンのギルド本部前。
新制度《覚醒指数》が発表されてから数日、王都の世論は喧騒に包まれていた。「夜間災害に備えるための方針は正しい」と支持する声がある一方で、「現場の救助実績を無視して起きている時間だけを評価するのはおかしい」と反発する声も少なからず存在した。
そんな中、大断層渓谷の遠征で『九時間睡眠を維持したまま、最多の救助実績を出した』俺たちレン班の存在は、一部のメディアにとって格好の餌だったらしい。
「レン・アルヴァさんですね! 本日の魔導放送の討論番組に、ぜひゲストとして――」
ギルド本部の階段を上ろうとしたところで、派手な身なりの放送作家らしき男が立ちはだかり、出演依頼の羊皮紙を突きつけてきた。
グレン局長の強引な方針に対し、若手の代表として異を唱えてほしい。そんな意図が見え透いていた。
「お断りします。俺は忙しいので」
俺は羊皮紙を受け取ることなく、男の横をすり抜けた。
「ま、待ってください! 今のギルドの評価基準がおかしいと思わないんですか!?」
「思いますが、魔導放送で偉い人を論破したところで《静穏区》の家は手に入らないでしょう」
背中越しに冷たく言い放ち、ギルドの扉を押し開ける。
討論番組で世間の喝采を浴びたところで、俺の生活目標は一ミリも進まない。ギルドが《覚醒指数》を評価の絶対基準にするというのなら、他機関の予算と目的が絡む共催競技『百時間迷宮』で実力を証明し、強引に推薦状を勝ち取って家を買う。抗議するより、結果で殴る方が圧倒的に早いのだ。
「相変わらず、割り切りが早いわね」
ロビーで待っていたセレナが、苦笑交じりに歩み寄ってきた。その後ろからは、大きな鞄を抱えたフィアもついてくる。
「フィアさん、記録の準備はいいですか?」
「ええ。百時間分の魔力波形を記録する大容量の晶石を持ってきたわ」
フィアはそう言いながら、ギルドの壁に大きく貼り出されている『覚醒王』レグルス・クロウの講習会広告を見上げた。
《受講生の九割が九十分睡眠に成功! 時間拡張法で君もS級へ!》という、煽り文句が踊っている。
「……この『九割』、分母が書かれていないわ。途中離脱者を数えているか、運営へ照会しておく」
「レグルスさんは、それを知ってて宣伝してるんでしょうか」
「彼自身の《瞬眠》は本物よ。問題は、その実績を『誰でも削れる』という広告に広げている側ね」
フィアの短い指摘に、俺とセレナは無言で頷いた。
レグルス個人の強さは疑いようがない。だが、適性のない者にまで同じ正解を押し付ければ、先日の吊り橋事故のように人が死ぬ。俺たちはそれを、現場の最前線で直接見てきたのだから。
「さあ、迷宮への参加申請と、装備の選定に行きましょう」
俺たちは専用の窓口へ向かい、『百時間迷宮』へのエントリーを済ませた。
この競技では、参加者にあらかじめ一定の『支給枠』が与えられ、運営が用意したリストの中から迷宮に持ち込むアイテムを選択するルールになっていた。
周囲の参加者たちの声が聞こえてくる。
「俺は移動速度が上がる『風呼びの軽量ブーツ』にするぜ」
「こっちは徹夜を乗り切るための『高純度覚醒薬』のセット一択だろ」
やはり大半のパーティーは、少しでも早く深く到達するための速度強化や、長時間の連続稼働を可能にする薬にポイントを注ぎ込んでいた。
そんな中、俺が支給枠のリストに書き込んだ装備を見て、窓口の係員が目を丸くした。
「えっと……アルヴァさんのパーティーは、魔物避けの『防音幕』と、振動を逃がす『衝撃吸収床布』。それに、高精度の『白地図資材』のセット……ですか? 速度系の魔導具は一つもありませんが、よろしいのですか?」
「ええ。それでお願いします」
俺が迷いなく頷くと、隣でリストを覗き込んでいたセレナが、呆れるどころか深く納得したように微笑んだ。
「さすがね、レン。王立保険院と迷宮管理局が定めた採点表の規約、ちゃんと読み込んでいるじゃない」
「まあ、俺たちの一番の武器は『休むこと』ですからね。安全な睡眠環境を構築できなきゃ、勝負になりません」
セレナは手元の羊皮紙に書き留めた戦略メモを広げた。
「速度ボーナスの上限は低いわ。保険院と管理局が残した他の採点項目を使えば、その防音幕は足止めじゃなく得点源になる」
彼女の指が、俺の選んだ装備のリストをトントンと叩いた。
「私たちは無理に急がない。しっかり休んで前日の失敗を完全に定着させ、判断の精度を極限まで保った状態で、罠と地図のポイントを根こそぎ刈り取る。私たちの武器は『起きている時間の長さ』じゃない。『一歩あたりの質の高さ』よ」
現場指揮官であるセレナが、俺の《休養》を活かすための完璧な作戦を言語化してくれた。
一方、ギルド本部の奥のバルコニーからは、稼働管理局長のグレンが、広場に集まる冒険者たちを見下ろしていた。彼やレグルスは、総合基準であっても、最終的には活動量で圧倒する覚醒組が勝つと信じて疑っていないだろう。
やがて、配信枠と参加班の最終リストが確定した。
王都の地下深くに口を開ける、巨大な『百時間迷宮』の入り口。
数百人の冒険者たちがスタートラインに並ぶ中、正面の巨大な晶板に、この競技の採点板が表示された。
そこには『到達・主要目標』『地図作成』『罠解除』『救助貢献』『素材品質』『休息地登録』『速度ボーナス』という七つの項目が並んでいる。
ゴォォォォン……!
百時間に及ぶ、過酷なサバイバル競争の開始を告げる鐘が、重々しく鳴り響いた。
俺は防音幕の入った背嚢をしっかりと背負い直した。
背後から「競技に寝具を持ち込む気か」と笑う声が飛んだが、開始鐘がそれを呑み込む。
俺はセレナ、フィアと共に、薄暗い迷宮の入り口へ足を踏み入れた。




