第21話 起きているほど偉い点数
大断層渓谷での比較遠征から王都アルシオンへ帰還して、数日が経った頃。
俺とセレナは、ギルド本部の査定窓口で信じがたい通告を受けていた。
「――申し訳ありませんが、レン・アルヴァさんの王都《静穏区》への住宅購入に関するギルド推薦枠は、今回の査定で『見送り』となりました」
「見送り、ですか」
「はい。そしてセレナ・ヴァイスさんのA級昇格につきましても、本部委員会の決定により、当面の間『保留』という形になります」
申し訳なさそうに頭を下げる受付係の言葉に、俺は思わず眉間を揉んだ。隣に立つセレナの纏う空気が、剣を抜く寸前のようにピリッと冷たくなるのを感じる。
「理由を聞かせてちょうだい」
セレナが静かに、だが明確な怒りを込めて問う。
今回の遠征で、俺たちは予定外のスタンピードという災害に対し、無傷で生還しただけでなく複数のパーティーを救助した。討伐数こそレグルス班に及ばなかったものの、救助点と未知の状況への適応力という点では最高評価を得ていたはずだった。
「先日発表された、新制度《覚醒指数》の本格導入によるものです」
受付係は手元の書類を示した。
「今月から、冒険者の評価基準に『連続稼働時間の実績』と『覚醒術への耐性』が強く加味されることになりました。お二人は遠征中、極限状況下においても連日長時間の休息を取られていた記録が残っています。これが、新制度の基準では大幅な減点対象となってしまったのです」
俺はギルドの壁に掛けられた晶板のランキング表に目を向けた。
遠征前は上位に食い込んでいた俺の新人ランキングは、見る影もなく急落している。
「起きている時間が短いから、評価を下げる。……現場でどれだけ命を救おうと、その結果は見てくれないというわけね」
セレナが吐き捨てるように言った。
無理もない。彼女はあの極限状況で、俺の作ったシステムを信じて休息を取り、その明晰な判断力で崩落事故から人々を救ったのだ。その「休んだ」という事実そのものが、今になって彼女の昇格を阻む理由にされている。
『――王都の市民よ、そして誇り高き冒険者たちよ』
不意に、ギルドの広場に設置された巨大な晶板から、厳格な声が響き渡った。
映し出されているのは、冒険者ギルド稼働管理局長、グレン・ヴォルクだ。彼の顔には、百戦錬磨の戦士としての凄みと、都市を守る官僚としての責任感が刻まれている。
『近年、夜間における魔獣の活性化、および先日の大断層渓谷でのスタンピードなど、想定外の災害が増加している。いつ起こるか分からない夜間災害に即応するためには、平時から覚醒術に耐性を持ち、長く起き続けられる人員を優遇し、都市の防衛体制を強化する必要がある。我々は過去の《百夜戦役》の教訓に立ち返り、冒険者たちの覚醒能力を正当に評価する新制度を推進していく――』
広場の冒険者たちの中には、その演説に深く頷いている者も少なくなかった。
グレン局長の言っていることは、単なる悪徳官僚の妄言ではない。災害対応や都市防衛というマクロな視点で見れば、「長く起きられる人間がたくさんいる」ことは確かに強い。彼なりの安全保障上の合理的な判断なのだ。
だから俺は、その社会的な正しさを広場で否定するような真似はしない。「休息こそが正義だ」なんて演説をぶって、新しい教祖になる気は毛頭なかった。
「……ギルドの理屈としては正しいんでしょうね」
俺は窓口に置かれた査定結果の紙を手に取り、小さく息を吐いた。
「ただ、俺の『静かな家』が遠のいたことには、最高に腹が立っていますが」
俺の望みはただ一つ、誰にも起こされず午後十時に眠れる環境を手に入れることだ。そのための《静穏区》の家であり、そのためのギルド推薦だった。
制度の目的がどうあれ、単一の指標で俺の生活目標を理不尽に遠ざけられたことだけは、どうしても納得できなかった。
「同感よ。努力の回収効率を無視して、起きている時間の長さだけを偉いとするなんて、非合理的すぎるわ」
「お二人さん、随分とご立腹みたいね」
振り返ると、大量の資料を抱えたフィアが歩いてくるところだった。彼女の丸眼鏡の奥の瞳は、どこか楽しげな光を帯びていた。
「フィアさん。まあ、家と昇格をお預けにされたところですからね」
「だったら、その失われた評価をまとめて取り返せる場所があるわよ」
フィアは抱えていた資料の中から一枚の派手な羊皮紙を引き抜き、俺たちの前に突き出した。
「ギルド単独の評価は、もうグレン局長の《覚醒指数》一色よ。でも、他機関の予算と目的が絡む場所なら、ギルドも自分たちの単一指標だけを押し通すことはできないわ」
「他機関……?」
「王立保険院と迷宮管理局よ。彼らは災害時の『保険損失の抑制』と『正確な地図データの確保』を重視している。だから、彼らがギルドと共催するイベントでは、昔ながらの『災害対応総合基準』が維持されるの」
フィアがそう言った直後、ギルド広場の巨大晶板が、グレン局長の演説から派手な告知映像へと切り替わった。
『全冒険者に告ぐ! 年に一度の特別共催競技――《百時間迷宮》の開催が決定!』
けたたましい音楽と共に、複雑な迷宮の映像が映し出される。
「《百時間迷宮》……」
「そう。百時間ぶっ通しで行われる大規模な迷宮探索競技よ。上位入賞者には莫大な報奨金と、王立保険院および迷宮管理局からの強力な『特別推薦状』が与えられる」
フィアは眼鏡を光らせ、俺の顔を覗き込んだ。
「その推薦状があれば、ギルドの《覚醒指数》が低くても、静穏区の家を買うには十分すぎる信用になるわ。もちろん、セレナの昇格保留をひっくり返すこともね」
俺は晶板に映し出される告知映像を見上げた。
百時間の長丁場。短眠エリートたちが狂ったように走り続けるであろうその場所で、総合的な精度を競う。
抗議して社会の制度を変えるより、あそこで結果を出して家を買う方が圧倒的に早い。
「決まりですね」
俺は査定結果の紙をポケットにねじ込み、セレナを見た。彼女もまた、不敵な笑みを浮かべて晶板を見据えていた。
俺たちの実績逆転の機会となる『百時間迷宮』の幕が、今まさに開こうとしていた。




