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九時間寝る俺は怠け者扱いでしたが、ハズレスキル《休養》で昨日の失敗を定着させ、眠らない迷宮を生き残る  作者: 他力本願寺


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第10話 九時間対九十分、初日

王都アルシオンから馬車で半日の距離にある『大断層渓谷』。


 荒々しい岩肌が剥き出しになったこの渓谷の入り口で、俺たちとレグルス・クロウのパーティーは向かい合って立っていた。


「両班、準備はいいな」


 立会人として派遣されたギルドの査定官が、羊皮紙を手に確認を取る。


 今日から始まる十日間の比較遠征。ギルドが定めた評価軸は『活動量(踏破距離と討伐数)』『成長(実技精度の向上)』『負傷率』、そして『未知状況への適応力』の四点だ。


 ただ長く起きて狩り続ければ勝てる、という単純なルールではない。俺の《休養》とレグルスの九十分休息が、長期の実戦で何を残すかを測るための総合評価だった。


「レン」


 俺の隣に立つセレナが、腰の剣帯を締め直しながら口を開いた。


「言っておくけれど、私はあなたに守られる気も、盲従する気もないわ。あなたのデータを最も近くで取るための同行よ。現場のルート選定と、これ以上は危険だという撤退の基準は、副指揮として私が判断させてもらうわ」


「助かります。俺一人じゃ、どうしても判断が保守的になりすぎるんで」


 俺が素直に頷くと、彼女は少しだけ調子を狂わせたように目を瞬かせたが、すぐに剣姫らしい凛とした表情に戻った。


 一方、数メートル先で準備体操を終えたレグルスが、爽やかな笑顔でこちらへ片手を上げた。


「俺たちは西の最短ルートを真っ直ぐ進む。互いに最高の成果を出そう、レン!」


「ええ。そちらも怪我には気をつけて」


 午前八時。査定官の開始の合図とともに、比較遠征がスタートした。


 レグルス組は、まさに風のような速度で渓谷の奥へと消えていった。


 無駄のない足運びと、一切の迷いがないルート選択。彼らは一日九十分の睡眠で完全回復するため、この先もほとんどペースを落とすことなく走り続けるだろう。


 対する俺とセレナは、西の最短路ではなく、あえて東の『迂回救助ルート』を選んだ。


「地形図によれば、この先は地盤が緩く、落石や崩落の報告が多い初見殺しのエリアよ。速度ではレグルスに置いていかれるわね」


「構いません。速度で勝てる相手じゃないのは分かってます。俺たちは俺たちで、明日の朝に繋がる素材を丁寧に集めましょう」


 俺たちは慎重に歩を進めた。


 渓谷の東側は、日差しが遮られて薄暗く、足元には泥と苔が入り混じったぬかるみが続いている。


 開始から数時間が経過した頃、前方の崩落した岩壁の下から、微かなうめき声が聞こえた。


「――っ、痛ぇ……誰か、頼む……!」


 駆け寄ると、薬草の採取業者と思われる軽装の冒険者が、崩れた岩の間に右足を挟まれて身動きが取れなくなっていた。


「セレナ、周囲の警戒をお願いします。俺が岩を退かす」


「了解」


 俺は剣を置き、男の足を挟んでいる岩の隙間に持参した鉄の楔を打ち込んだ。テコの原理で岩を浮かせ、素早く男を引きずり出す。


 骨に異常はないが、酷い打撲だ。手持ちのポーションを振りかけ、応急処置を施している最中だった。


「チィィィィッ!」


 頭上から、耳障りな鳴き声が降ってきた。


 岩肌に完全に擬態していた中型魔獣、ロックイーターの群れだ。硬い外殻に覆われた四足歩行の魔獣が、岩壁を這うようにして俺たちへと殺到してくる。


「レン、下がりなさい!」


 セレナが抜刀し、先頭の一匹を斬り伏せる。


 俺も立ち上がり、傷ついた男を庇うように剣を構えた。


 負傷者を逃がすには、闇雲に斬るより、群れが飛び込む順を読む必要がある。俺は先頭の動きを見た。


(速いが、直線的だ。いや……違うな)


 俺へと飛びかかってきた二匹目のロックイーター。


 その動きをよく見ると、泥濘んだ岩場を蹴って跳躍する直前、奴らは必ず『右前足を一度外側に滑らせて、不自然なタメを作る』という踏み込み癖を持っていた。


 地盤の緩いこのエリア特有の、足場を確かめるための本能的なフェイントだ。


「っ……!」


 俺は半歩だけ外し、剣の腹で突進を斜めに流した。腕に痺れが走る。だが、右前足が滑ってから肩が沈むまでの間は測れた。


 二匹目はセレナが止める。その一合を横から見て、同じ予備動作を確かめた。


「レン、魔獣の増援が来るわ。これ以上は消耗戦になる。撤退線を割る前に退くわよ!」


「了解! 素材は十分回収しました!」


 俺は男を背負い、セレナの援護を受けながら、彼女が設定した撤退ラインを絶対に越えないよう安全地帯まで一気に退いた。


 無理な深追いはしない。右前足、肩、跳躍。その順番は持ち帰れる。明日、同じ動きに一度で合わせられるか試す。


* * *


 午後二時。開始からちょうど六時間が経過した頃。


 安全なベースキャンプへ負傷者を送り届けた俺たちは、ギルドから支給された通信用の小型晶板で、初日の中間集計結果を確認していた。


《経過時間:六時間》


《レグルス班/踏破距離:一二キロ。討伐数:四五。負傷率:〇%》


《レン班/踏破距離:五キロ。討伐数:一二。負傷率:〇%。救助実績:一名》


 数字は残酷なほど明確だった。


 討伐数と踏破距離――いわゆる『活動量』において、レグルス組は俺たちのほぼ倍のスコアを叩き出していた。彼はこの六時間の間にも短い休憩を挟み、それでも常人離れしたペースを落としていない。


「……圧倒的ね。これがS級、『覚醒王』の地力」


 セレナが晶板を見つめながら、悔しさよりも純粋な感嘆の声を漏らした。


 速度勝負では絶対に勝てない。レグルスの実力は、虚仮威しでもなんでもない『本物』だった。


『やあ、レン。そちらも無事に進んでいるようだな』


 通信用の晶板から、レグルスのよく通る声が聞こえてきた。息の乱れ一つない、爽やかな声色だ。


『地形の悪い東ルートを選んだと聞いたが、一人救助したそうじゃないか。さすがだよ。だが、俺たちの西ルートは順調そのものだ。このペースなら、明日は今日の倍の距離を進めるだろう。君たちも、無理のない範囲で頑張ってくれ』


 そこには悪意や嫌味はない。


 ただ純粋に、自分の活動量が相手を凌駕しているという自信と、ライバルへのエールだけが詰まっていた。


「差をつけられたわね。どうする? 夕方以降も少しペースを上げる?」


 セレナが俺の顔を覗き込んでくる。


 数字で見せつけられた倍近い活動量の差。並の冒険者なら、ここで焦って無理な夜間行軍を選び、怪我をするパターンだ。


 だが、俺は晶板の数字から目を逸らさず、静かに首を振った。


「いいえ。俺たちは十日間で、最後に何が残るかを見ればいいんです」


 通信用の魔導具に向かって、俺ははっきりと告げた。


「レグルスさん。そちらのペースは流石です。ですが、俺たちは明日の朝のために、午後十時の撤収時刻は絶対にルーズにしません。そちらも怪我には気をつけて」


 俺の返答に、通信の向こうでレグルスが楽しそうに笑う気配がした。


 初日の活動量では完敗だ。それを隠すつもりはない。


 だが、今日持ち帰る『未定着経験』が、明日の朝どこまで動きに変わるかは試せる。


 明朝、今日受け流し損ねたロックイーターの踏み込みで、九時間と九十分が何を残すのか最初に測る。

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