楚王からの使者
令尹就任の儀が終わると、楚王が主催する酒宴が行われた。蔿艾猟という新たな令尹の誕生を祝う席であることは言うまでもない。
蔿艾猟は王の近くに座を与えられた。不貞腐れる心を抑えながら座っていると、その前に次々と参列している大臣たちが訪れる。彼らは朗らかな表情を浮かべて口々に祝辞を告げていったが、蔿艾猟を間近で見て品定めしようとしているのは明白だった。
その沈鬱をせめて酔いで誤魔化そうと杯を煽りながら、蔿艾猟は心の中だけで嘆息した。
――どうして、このようなことになってしまったのやら。
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数か月前のことである。その日まで、蔿艾猟の日々は穏やかなものだった。
蔿艾猟の父は楚の貴族であり、政争に巻き込まれて死んでしまった。古代中国では家内に死者が出ると、二十五か月の服喪を行う。外に出ず、俗世との関りを立って父を弔う日々が続いた。
ただし蔿艾猟は、喪が明けても、変わらず引きこもった生活を続けていたのである。
父、蔿賈は楚王から官職と領地を与えられていた。家宰に任されていた領地経営については引き継いだが、楚王から出仕するよう要請されたのを、蔿艾猟は断っていたのである。
「何故、出仕されぬのですか?」
孫忌という老家宰は、蔿艾猟に聞いた。蔿賈の代から蔿氏に仕えた人であり、楚王室への忠誠も知っている。だからこそ、喪が明けたなら蔿艾猟も楚王に仕え、父の意志を継ぐものであると当然のように考えていたのだ。
「今の楚王は好きではない」
蔿艾猟はそう言うだけで、それきり答えようとしなかった。領主として最低限の仕事をこなしつつ、処士と呼ばれる立場であり続けた。ちなみに処士とは、学識を持ちながら在野のまま出仕しない人を言う。
蔿艾猟は元来、学問を好んだ。父が死に、子としての責任を終えると、いっそう学問に熱中するようになったのである。まだ二十代であったが、既に世捨て人のような気でいた。そしてそんな己を不満に思うことなどなく、むしろ充足しているとさえ感じていたのである。
そんな生活を続けて暫く経った頃、楚王からの使者がやってきた。
「私は病だと言って、丁重に帰っていただけ」
孫忌にそう命じた蔿艾猟だが、見せられた牘(木製の名刺)を見て考えを改めた。
使者としてやってきたのは、楚で今まさに令尹の地位にある虞丘子だったからだ。蔿氏と縁故などなく、蔿艾猟にも面識などはない。だが、貴位にある人が自ら足を運んできたのを門前払いするほどの非礼を行う気にはなれなかった。
仕方なく、蔿艾猟は虞丘子を客間に通した。
後々を振り返ってみれば、これがすべての間違いだったのだと蔿艾猟は思う。しかしこの時の蔿艾猟には、これから我が身に降りかかることを見抜く慧眼を持ち合わせていなかった。
「さて、虞氏よ。令尹の顕職にあられる貴方が、私のようなしがない処士にいかなる用があるのでしょうか?」
慇懃で貴人に対する礼を失せぬままに、蔿艾猟は目を細めていった。
目の前に座る虞丘子という人は、初老を少し過ぎたくらいの男である。黒髪にところどころ白髪が混じり、全体的にふくよかさがある。よく言えば好々爺で、人としての嫌らしさを感じない。それが蔿艾猟には不気味であった。
――政界に足を踏み入れてなお、毒々しさや陰謀の匂いが表に現れないというのは、なんとも恐ろしいことだ。この人はよほど擬態が巧いらしい。
それが蔿艾猟の、虞丘子への評であった。
そんなことを思われているなど知らず、虞丘子は朗らかに笑っていた。そして、
「艾猟どのに、私の後任として令尹になっていただきたい」
と言った。
蔿艾猟は我が耳を疑った。そしてもう一度言って欲しいと頼んだのである。しかし、虞丘子から発せられた言葉は同じであった。蔿艾猟に楚の令尹となるように、との請願である。
何もかもが分からなかった。令尹とはつまり、執政の長である。どれだけ若くとも三十半ばから四十という齢まで経験を積んで初めて抜擢されるものであり、二十代で、しかも今まで出仕さえしていない者をその座に就けるなど聞いたことがない。
「それは、虞氏の意志ですか? それとも楚王の?」
「私は令尹を辞することを決め、後任を問われたので推挙致しました。王も、艾猟どのにその意があるならば用いると仰せでございます」
どんな王なのだと、喉まで出かかった言葉を蔿艾猟はどうにか呑み込んだ。
当代の楚王は破天荒だと噂には聞いていたが、ここまでとは思わなかった。それに、執政の地位を辞するにあたって、自分の息子でもおかしくないような齢の若者を推挙する虞丘子という老人についても同様の所感を抱いたのである。
「私はまだ若く、何の実績もない者でございます。令尹にはもっと相応しい方がおられるでしょう」
「いいえ、貴方しかおりません。王は、私が艾猟どのを連れてこなければその時は自らこちらに赴くと仰せになられました」
「楚王が、私の廬に……?」
これもまた、前例のない話である。しかし今の楚王は、父の死に際して服喪を行わず、二十五か月の間、後宮に籠りきって遊興に耽った人である。常識で語れる相手ではなく、故に、どんなことでもやりかねないという恐ろしさがあった。
――楚王直々に来られては、もはや退けなくなる。
それならば虞丘子と共に楚王の下へ行き、そこで断ろう。そう考えた蔿艾猟は渋々、楚の都、郢へ赴いたのである。
ところが、郢へ着いた蔿艾猟はいきなり王宮に招かれたのである。二人を迎えに来た廷臣の一人は、
「蔿氏よ、よくぞ参られました。これより、新たなる令尹就任の儀が執り行われます。既に王は文武百官と共に、蔿氏の到着を待っておられます」
と告げたのである。
蔿艾猟は眉宇を狭くして虞丘子を睨んだ。虞丘子は相変わらず、穏やかな顔で笑っている。その顔が、蔿艾猟には悪辣な狐狸のように思えてならなかった。
――図られた。この人は初めから、私の意志を汲むつもりなどなかったのだ。
虞丘子は蔿艾猟と共に発った時点で、密かに郢に人を遣っていたのである。そして到着の期日を伝え、その日に合わせて令尹就任の儀を行う算段を付けていたのだ。こうなるともはや、蔿艾猟に退路はなかった。
こうして蔿艾猟は、虞丘子の後任として楚の令尹になってしまったのである。




