スピンオフ 第一話 ボアの鼻と土の記憶
「畑の平和は、僕たちが守るのだ」
大見えをきって広場を飛び出したボアくんだったが、その短い足を止めると、ふう、と大きなため息を吐いた。
(……ダグラス様は簡単には言うけれど、この凍土で『見張り』なんて、本当はめちゃくちゃ大変なんだぞっ!)
ボアくんは自分の丸っこいお腹をポンと叩いた。彼はその名の通り、イノシシ(ボア)にそっくりな、少しふくよかで鼻の丸い人間の少年だ。その容姿のせいで、村でも戦場でも「ただの大食い」とお荷物扱いされてきた過去がある。戦う力もなければ、アルトのように手先が器用なわけでもない。
ただ、食いしん坊だということで、人一倍鼻が利き、野草やキノコなどには詳しいボアくんを「調達官」として大抜擢してくれたのはダグラス(中身は湊)だったのだ。
(そうだ!ダグラス様の期待に絶対こたえなければ!)
ボアくんはふんっと丸い鼻を鳴らし、採取隊の老人や子供たち、狩猟隊の何人かを引き連れて、ダグラスの魔力がしみ込んだ「奇跡の畑」の周囲を回り始めた。
驚くべきことに、ダグラスの大技によって品質が変わった土壌は、周囲の凍土とは明らかに「匂い」が違っていた。これまではただ凍り付いた鉄のような無臭の土地だったのに、今の畑からは、香ばしい大地の匂いとダグラスの魔力の残り香である「甘いパチパチとした匂い」が漂っている。
「……くんくん、……ああっ、危ない!全員、そこの茂みから離れてっ!」
ボアくんが叫んだ瞬間、ただの氷の塊だと思っていた地面の一部が、鎌首をもたげた。全身が透明な氷の鱗で覆われた猛毒蛇【アイスヴァイパー】だ。
姿は見えなくとも、ボアくんの「鼻」だけは騙せなかった。
みんなが恐怖で動けなくなり中、ボアくんはアルト特製の木槌を握りしめ、蛇がとびかかるよりも早く、その丸い鼻の直感を信じて泥を蹴った。
「僕たちの畑に、近寄るなぁ!」
氷の鱗を叩き割る、ボアくんの一撃――。
姿が見えない猛毒の恐怖を、ボアくんの「五感(鼻)」が完全に無力化する。
猪突猛進、生身の人間とは思えぬ執念の一撃。木の床を叩き割るような衝撃音が響き、見えないはずのアイスヴァイパーの脳天が正確に粉砕された。砕け散った氷の鱗が、日の光にキラキラと輝きながら泥にまみれていく。
「みんな、大丈夫?予想通り、この畑の美味しそうな匂いに釣られて、危険な奴らが動き出しているんだ。ここからが、僕たち採取・見張り隊の本当の戦いだよ」
ボアくんの頼もしい背中に、さっきまで怯えていたみんなは「おおお……!」と感嘆の声を上げる。ただのお荷物だった少年が、この開拓地で本当の「隊長」になった瞬間であった。




