第七章 22 大和(やまと)の雫―――調理開始
広場の片隅に山積みになっているのは、ボアくんの採取隊が泥だらけになって掘り起こしたり、摘んできた大量の「野生の木の実や根っこ」だった。そのままでは、硬くて渋くて食べられない代物だ。子供たちは小さな爪を真っ黒にしながらも皮を剥き、老人たちがそれを何度も石で叩いて粉状にすりつぶした。さらに、貴重な水を何度も替えながら灰を混ぜて煮込み、一晩かけてようやく強烈な「アク」を抜き去ったのだ。それに僅かな小麦粉を混ぜて練り上げ、両手で何度もたたいて丸めた「木の実団子」の準備を済ませた。
その横には、狩猟隊が命がけで仕留めた野生のイノシシや寒冷鳥の肉が並んでいた。凍土の野生肉は、筋肉質でカチカチに硬く、何より獣特有の「強烈な生臭さ」がある。女性たちは冷たい水で何度も肉を洗い、血を抜き、食べやすい大きさに切って一本ずつ丁寧に木の串に刺していった。
これまでなら、味付けといったら貴重な塩をほんの少し振るだけ。それでも生臭さは消えず、ただ餓死しないために無理やり胃袋に詰め込むだけの「生きるために食べる肉」のはずだった。
「みんな、本当によく頑張って下処理してくれたね……それじゃぁ、仕上げに行こうか」
みんなの合図で、アルトが作った簡易テーブルの横の炭火が一気に熾される。
網の上に、白っぽく固い木の実団子と、生臭さの残る野生の肉の串がずらりと並べられた。
炭火の熱で、肉の表面から脂がじんわりと浮き上がり、団子がうっすらとキツネ色に乾いていく。
そこへ、湊(inダグラス)は搾りたての『大和の雫』を刷毛にたっぷりと浸し、まずは木の実団子の表面にトントンと塗った。
ジュ―――ッ!!!
激しい音と共に、香ばしい醤油の焼ける、悪魔的な匂いが広場中に広がった。
醤油が焦げるあの最高の香りは何とも言えない。野生の木の実のどこか素朴で香ばしい香りと、醤油の焦げた匂いが完璧に融合し、広場の空気を一瞬で支配する。
続けて、野生の肉の串に醤油を豪快に塗っていく。滴り落ちた漆黒のタレが、炭火に降れ、モクモクと立ち上る煙が肉を包み込んでいく。醤油の持つ酵素が、カチカチだった獣肉の繊維を柔らかく解きほぐし、生臭さを消し去って、濃厚な「タレ焼き肉」の暴力的な芳香へと生まれ変わらせていく。
湊(inダグラス)は嬉しそうに、みんなに話しかけた。
「はいっ!みんなお疲れ様です。みんなの手で下処理して、みんなの祈りで勝ち取った、最高の御馳走だよ。有難う」
焦げ目の付いた団子と肉を口に含んだ瞬間、アルトくんも、ボアくんも、みんなその美味さに感動していた。
「美味い。……美味しいねえ……あの苦かった木の実が、アクを抜いて、こんなに香ばしくなるなんて」
ボアくんが丸い身体を丸めて、泣いている。
「なんだこれは……!肉の臭みが飛んで、口の中でとろけるようなこの脂……。炭火とこの黒い液体が合わさるだけで、どうしてこんなに極上の味に変わるんだ……⁉」
元敵兵の精鋭たちが、お互いの顔を見合わせながら、子供のように貪り食っている。
味気ない塩だけの世界に、突如として現れた「アミノ酸の暴力」。それはただお腹を満たすだけではなく、絶望していた150人のこころに、「明日も生きる」という圧倒的な活力を叩き込む、最強の兵站物資だった。
見た目は恐ろしい軍神、中身は高校生の藤代 湊。魔力に頼らず、人間の絆と日本の知力で極寒の凍土をねじ伏せたマレの開拓地は、今、誰も侵すことのできない最強の「大和の味」を持つ小さな村へと、確かな第一歩を踏み出すのであった。




