第七章 21 大和(やまと)の雫―――絞り出される奇跡 2
「頼む、みんな生き残るんだ……!」
「ダグラス様、冷えないでくれ……!」
触れ合う掌から、言葉にならない150人分の思いが、ひしひしとダグラスの肉体に流れ込んでくる。この凍土で「生きたい」「誰も死なせたくない」と願う、純粋な祈りのエネルギー。それがダグラスの肉体を媒介として、じんわりとした消えることのない奇跡の熱量へと変換され、大樽を完璧な適温へと包み込んでいった。
樽の中から、プツプツ……プツプツ……と、生き物のような凄まじい発酵の音が聞こえ始める。
そして――凍土の知性戦から、新たな朝日が昇った。丸半日、十二時間の限界レースを、彼らは全員の心で繋ぎぎったのだ。
「……よし、完璧だ。アルトくん、諸味を布に包んで、押し絞って!」
アルトが震える手で、熟成しきった赤黒い塊を麻の布に包み、木製の圧搾機にセットした。150人の視線が、その一点に集中する。
ギチ……ギチギチ……。
アルトが木の手梃を引いた、その瞬間だった。
麻布の隙間から、じわり、と濁りのない美しい漆黒の液体が染み出しできた。それが下の木の器に滴り落ちた瞬間、広場全体の空気が一変した。
圧倒的な豆のコク。どこかフルーティーで、香ばしく、脳髄を直接揺さぶるような、芳醇極まりない「醤油」の匂いが爆発したのだ。
「出来た……これが、私の故郷の知恵……『大和の雫』だ……!」
村長が震える声で呟き、地面に跪いた。湊(inダグラス)は、真っ白な歯を見せてニカッと笑った。
そしてすぐさま、広場の隅に並ぶ「もう一つの戦果」へと目を向けた。
豆を醸造している間、老人や女性、子供達もまた限界を超える下処理の戦いを繰り広げていたのだ。




