第七章 20 大和(やまと)の雫―――絞り出される奇跡 1
「……上がった……蒸し上がったぞォォォ!」
歓声が広場に響く。ガタガタと震える木枠の蓋を開けると凍土の冷気を一瞬でねじ伏せるような濃厚で甘い豆の香気が広がった。
不眠不休で鍋を監視し、力を注いでいた湊(inダグラス)は、顔を真っ黒に汚し、その強靭な視線で木枠を覗き込む。ふっくらモチモチと蒸し上がった豆。指でそっと潰せば、ねっとりと極上のアミノ酸の感触が伝わってくる。
「ボアくん、アルトくん、……みんなで、やったね。これで最高の材料が揃ったよ」
湊(inダグラス)の太い声に、疲労困憊の人々だったが、歓声を上げる。だが、湊の兵站思想はここからが本番だった。
「さあ、全員休んでいる暇はないよ。次はその豆が人肌程度に冷めるまでに、炒った小麦とあの『壺の底の泥(麹)』を均等に混ぜ合わせなくちゃならないんだからね。菌が死んじゃわないように、優しくかつ素早くね」
広場に作られたアルトたち職人の木製テーブルが並べられ、蒸し上がった豆が広げられた。残った者たちで手際よく小麦と混ぜていく。ボアくんが「ダグラス(中身は湊)様、大事な壺の泥ですよ」と底に残っていた茶色い塊に水を含ませてのばして持ってきた。
元敵兵も老人も、全員がテーブルを囲んで一気に手を動かす。それはまるで、一つのの巨大な生き物のように統率された見事な作業だった。
全ての材料が混ざり合い、アルトたちが丹精込めて組み上げた「大樽」へと注ぎ込まれていく。
「ようし。……ここからが大和の醸造マジックの仕上げだ」
湊(inダグラス)は、大樽の前にドカッと座り込むと、その太い両手を樽の側面にペタッと当てた。
本来なら、ここから四季を巡らせて一年待つ。一時間を一か月に進めるためには、丸半日――じゅうにじかんもの間、樽の中金たちが最も喜ぶ「三十度」の適温に保ち続けなければならない。
だが、畑を成長させる段階で、あの大技を使ってしまったため、ダグラスの肉体は疲労困憊である。自分だけの体温だけで温め続けるには、あまりにも凍土の寒さは過酷で、十二時間という時間は長すぎる。徐々に、彼の体温は奪われ、ダグラスの強靭な身体をもってしても、意識が遠のきそうになる。
(だめだ……ダグラスの身体の体温だけじゃ足りないよ……このままでは樽が冷えてしまう)
その時、兵士の一人が静かに歩み寄る。
「ダグラス様……俺たちの熱も使ってくれ」
その後……ぞろぞろと集まってきたのは、終了から戻った元敵兵たちだった。彼は畏れ多くも、ダグラスの大きな背中をにそっと、その泥まみれの手を重ねた。
「ダグラス様、僕たちの熱も持っていく……」
ボアくんが丸っこい身体を寄せ、小さな手をダグラスの腰に当てる。アルトが、調理版の女性たちが、村の子供たちが交代でシフトを回しながら不眠不休のダグラスの身体を支えるために、一人……また一人と静かに手を重ねていく。
それは皆が一堂に会する密着ではなく、生きるための「祈りのローテーション」だった。




