第七章 18 大和(やまと)の雫―――開拓地の醸造兵站と一年間の不戦条約 1
泥蟹と氷蓮のスープがもたらした奇跡の翌朝。
スープの温もりが冷めやらぬ開拓地の広場で、元敵兵も、元味方の兵士も、そして昼得ていた村人たちも、まだ昨夜のスープの余韻に浸りながらぼんやりと集まっていた。
そんな彼らの前に、堂々と立ちはだかる男が一人。熊をも倒しそうな体躯に、数々の視線を潜り抜けてきた鋭い眼光。誰もが恐れる王国の軍神ダグラスその人である。
兵士たちが無意識にピシッと背筋を伸ばし、ゴクリと唾を飲み込んだ。
その張りつめた空気の中、ダグラス(見た目は軍神、中身は藤代 湊)は小脇に抱えた「あの東洋人の古い壺」を大事そうに撫でながら話す。
「あ……皆さんお早うございます。昨日はよく眠れましたか?……さて、昨日はスープでとりあえず飢えは凌げました。……昨日のスープのこの『壺の中の残った泥』は「味噌」という生きた菌の塊なんです。これを使って大和の雫を作ります」
見や目は凶悪なほど威厳があるのに、口調はまるで高校生の弁論大会のようであった。
しかし、このギャップにもすっかり慣れ、村民も兵士も仲良く生活出来ていることに皆感謝して、もうすでに「軍神様がまた何か新しいことを始めるつもりだぞ」と真剣な目で、耳を傾けていた。
村長が申し訳なさそうに頭を下げる。
「ダグラス様、ですがわが村には瘦せた土地しか無いのです。こんな立派なものを作る材料も熟成させる設備さえ……」
「あ、それなら全然心配いらないよ」
湊(inダグラス)は不敵に笑うと、村の外に広がっていた家畜の餌にしかならない、それも成長が遅い実が入らない、出来ても小さな固い豆しか取れない畑へと歩き出した。湊は体内のダグラスの意識に語り掛ける。
「ダグラス、お願い」
(小僧め……全く私の身体を便利な道具扱いしおって!……ただし連用は出来ぬぞ、分かったな?)
人々を下がらせて、ダグラス(in湊)は自身の身体に眠る、その圧倒的な力を目の前の貧しい畑へと一気に注ぎ込む。荒れ果てた大地が黄金色の光に包まれ、地中から凄まじい生命力が噴き出す。豆が芽吹き花をつけ実が成りだしていく……。
「うわわあああああっ⁉豆が……豆が一気に成長し始めたぞ……」
人々は、腰を抜かした。魔力の熱と刺激を受けた固い豆は、一瞬にしてつやつやと丸く太り、そのまま食物になりそうな豆へと急成長をとげたのだ。
軍神の戦力を「農業の急成長ドーピング剤」に使うなどあり得ない。
「よし、材料はそろったね……ではアルト君、急いで樽と木枠を作ってくれ。皆さんは精製されていない小麦を兵たちには軍用パンの材料の小麦が残っているはずだ。僅かでも協力してくれ」
「……分かりました」
アルトというのは元敵軍の職人だ。大樽を組み上げる技術を持っていた。ダグラスに助けられたことにより、彼はダグラスに信頼を寄せている。大鍋に乗せる木枠も作らなければならない。突貫工事だ。アルトは仲間たちと早速仕事にとりかかった。
軍神を信頼すればもう飢えることもない。食べ物を分けて貰えることを知った者は、隠し持っていた少しの小麦を出してきた。スターターだから、そんなに大量はいらない。
早速、女性たちはその小麦をそれぞれの家の竈門で炒り始めた。
さて、湊(inダグラス)の指示のもと、村中が蜂の巣をつついたように大騒ぎで動いている。アルトたちが突貫で作り上げた木枠を、湯を沸かした大鍋の上に枝や割り竹で編んだ「すのこ」を載せて、その上にはめるように乗せた。
「麻の布」を敷き詰め水に浸しておいた豆を入れて包み上から木の板で蓋をする。
豆を蒸しあげるのだ。




