黒い森 10
あれから三週間が経過した。
毎日、驚くほど変わりなかった。
旦那様は、どうしているのだろうか。そればかりが気がかりだ。
――だが、この日、王都の平穏は三百年ぶりに破られた。
始めに上がったのろしは高位魔獣を示す赤。続いて魔獣の侵入を示すオレンジののろしが東と西の二箇所から上がった。
間髪を入れず、東と西側の空に紫色ののろしが上がる。
赤は高位魔獣、オレンジは壁内への侵入、そして紫は救援信号を示す。
第一騎士団と第二騎士団が、黒い森の掃討作戦を行っている今、王都の守りは第三騎士団と近衛騎士団に委ねられていた。
――しかし、近衛騎士団は対魔獣戦に慣れておらず、第三騎士団だけで二体もの高位魔獣に対処するのは厳しいことだろう。
私たちは、屋敷から近い南門から表に出ることにした。しかし、すでに門には人が殺到し馬車で通るのは不可能だった。
「ベルセンヌ卿――――」
南門では、ベルセンヌ卿が人々の避難を先導していた。
「フィアーゼ侯爵夫人、ご無事でしたか」
「ベルセンヌ公爵家のみなさまは……?」
「我が家は北門に近い、恐らく北へ逃げているはずです」
「そうですか……」
「「ベルセンヌ卿……」」
ルティアとハルトが、ベルセンヌ卿の名を呼ぶ。
ベルセンヌ卿は、微笑んだ。
「戦いが終わるまで王都から離れていてくれ。フィアーゼ家から借り受けたこの双剣で、すぐに王都を取り戻してみせる」
ベルセンヌ卿は、火と氷の双剣を掲げた。
かつて、お祖母様の愛剣だった双剣は『任せろ』とでも言うように鮮やかに輝いた。
「「うん……頑張ってね」」
「……ベルセンヌ卿、ご武運を」
「ええ、お任せください。南に行けば、第一騎士団と合流できるでしょう」
まさか、旦那様を見送ったのに、追い掛けて黒い森に向かうことになるとは思わなかった。
すでに街道は、南へと逃げ延びる人であふれている。
――そのとき、空に大きな影が差す。
見上げるとそれは、黒い鳥の魔獣だった。
魔獣が降下してくる……私をめがけて。
辺境伯領での出来事が脳裏によぎる。
あのとき魔獣は、まっすぐに私だけを狙った。
違う――レイを狙っているのだ。
魔獣の視線が私が抱きしめているレイに向かっていることに気がついて、全身が総毛立つ。
なんとか守ろうと、レイのことを抱きしめる。
「「お母さま!!」」
「ルティア、ハルト! お父さまと合流するのよ!」
「まって今、魔剣さんを!」
「呪剣さんを!」
二人が剣に手を掛けた。
「「なんで、なんで抜けないの!!」」
ルティアとハルトの目から、涙がこぼれ落ちる。
だが、私は剣が抜けなかったことに心底ほっとした。
「呪剣さん!? 敵意はないって言ってるって……魔獣がそんなこと言うはずない!!」
「魔剣さん!? 勝てないって、戦ってみなきゃわかんないよ!!」
呪剣の考えはわからないが、おそらく魔剣はわかっているのだ。
魔剣と呪剣を抜いたとて、ルティアとハルトの実力ではこの魔獣に敵わない。
勝てるとしたら、レイブランドが代わりに戦うしかない。
レイブランドの姿になるのには、時間制限があるようだった。彼は強いが、こんなに大きな魔獣相手に短時間で勝てるとは思えない。
――そもそも、彼の全力にまだ小さなハルトの体は耐えられない。
鍛え上げた旦那様ですら、辺境伯領で本気を出したとき、肋骨まで折れてボロボロになったのだから。
それだけではない。ベルセンヌ公爵家からの帰り道、襲われたときに一瞬変わっただけでも、ハルトは三日間も目覚めなかった。
ほかの魔獣も迫っているに違いない。
眠ってしまった子どもを助けてくれる者など、この非常事態では存在しないだろう。
――鞘から抜けてしまえば、ハルトとルティアまで危険にさらす。
(レイブランド、子どもたちをお願いね!)
魔剣には心の声が聞こえる。きっと、今の願いも届いただろう。
二度だけ――魔剣の宝石が光った。
レイのことを守ることは出来ないかもしれない。
それでも、抱きしめて抗う。
かぎ爪に切り裂かれると思われたが――思いのほか、その力は弱い。
ふわり……私たちを包み込むように掴んで、魔獣は再び空へと舞い上がった。
次回、ルティアとハルトターンになります。よろしくお願いします。





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