黒い森 6
揺れは大きくはなかったが、しばらくの間続いた。
カタカタと棚の上の小物が音を立てる。
「――テーブルの下にいなさい」
「「う……うん……」」
ルティアとハルトはレイの手を引いて、テーブルの下に隠れた。
私は注意深く揺れを観察する。
初めのうちは地震かと思ったが、ここまで長く揺れることに違和感を覚える。
「だめなの……」
「レイ?」
まだ、揺れが収まっていないにも関わらずレイが四つん這いで這い出してきた。
「だめだよ、レイ」
「危ないよ! レイ」
ルティアとハルトが止めるが、レイはよろよろと立ち上がり、魔剣が置かれたソファーの前に立つ。
「まけんしゃん、いこう」
「レイ……?」
「まけんしゃん! いくの!」
レイが魔剣をペチペチと叩いた。
魔剣はピカリとも光らず、何か考え込んでいるようだ。
「奥様!」
「アンナ!」
揺れがようやくやんだ頃、アンナが飛び込んできた。
ルティアとハルトがテーブルの下から這い出てくる。
私はレイを抱き上げ、アンナと向き合った。
「何があったの? 把握してる範囲で教えてほしいわ」
「――黒い森から、魔獣があふれ出しました」
アンナの答えは想定よりもはっきりしていた。
彼女は今、眼鏡をしていない。
濃い青色の瞳が、時折赤く輝いている。
――赤い光は、ぴーちゃんの宝石を連想させる。
「……ぴーちゃんは、黒い森にいるの?」
「止める間もなく、第二騎士団長リーゼ卿の馬の尻尾にしがみついて行ってしまいました」
「まあ……!」
ぴーちゃんは、意思を持っているように行動するが、まさか黒い森の異変を察したのだろうか。
レイとも会話できるらしい蜘蛛型魔導具――レイが大きくなれば、何を話しているのかもっとはっきりとわかるのかもしれないが……。
「それで……魔獣はどこに向かっているの」
声が震えてしまっている。だが、出来ることを見つけなければ生き残れないことを、辺境伯領生まれの私は知っている。
「すでに、第二騎士団が戦闘準備に入りました。場所は、黒い森がかろうじて見える街道。明らかに王都に向かっていると思われます」
「わかったわ。……ところで、備蓄はどうなっていたかしら」
「……私たちだけであれば、一月でも二月でも」
「そう、王都全体ではどうなっているの?」
辺境伯領での習慣から聞いてしまったが、私が知ったところでできることはたかがしれている。
王都の壁が破られることはないだろうが……辺境伯領の中心部に空を飛べる魔獣が侵入したのは記憶に新しい。
「壁の中は一月程度でしょうか。おそらく、そこまで行かずに解決するかと」
「そうね。第二騎士団は遠距離魔導具を中心に扱うから、高位魔獣さえ現れなければ」
騎士団長様たちが、王都に集まっているのだから、すぐに問題は解決するだろう。
嫌な予感がする。辺境伯領に魔獣が侵入したのは、聖剣が目覚めた直後だった。
あのとき父様は「やはり、関係があったか」とつぶやいていた。
魔剣は光ることもなく沈黙を守り、呪剣は興奮したように激しく光っている。
「お父さまは……行っちゃうの?」
「また、この間みたいになる?」
「……大丈夫。王都の壁は丈夫だし、第一騎士団も控えているわ。何も問題は起こらないはずよ」
「「わかった……」」
ハルトは魔剣を手にした。
ルティアは呪剣を腰に差して、柄を握った。
「仮に魔獣が来るとしても、まだ時間があります。それに、蜘蛛型魔道具も交戦しているようです。それほど戦況は悪くありません――おそらく、第二騎士団から伝令が届くまで半日はかかるでしょう。私は陛下に状況をお伝えしてきます」
「ええ、お願いね……」
アンナは走り去っていった。
王都に魔獣が迫ってから三百年の月日が経っている。
日々、魔獣との戦いを目の前にしている辺境伯領の民は、避難にも慣れているが……王都の民はどうであろうか。
――フィアーゼ侯爵家の本邸は、王都防衛の要。
私は、いざというときに民を受け入れるべく、屋敷内の準備をするのだった。





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