黒い森 2
* * *
「お帰りなさいませ」
「ああ。ただいま……子どもたちは眠ったのか?」
「ええ、ぐっすりと眠っていますわ」
私たちは、一足早く屋敷に戻ってきたが旦那様は夜遅くに帰ってきた。
旦那様は笑みを浮かべるが、今日も疲れを隠し切れていない。
仕事中の旦那様は、とても素敵だった。
でも、いつもあのように自分の本心も優しさも隠して過ごしていたら疲れ切ってしまう。
「食事を召し上がりますか?」
「ああ……君も一緒にいてくれるか」
「もちろんです」
元々そのつもりだった。旦那様ときたら、いまだに私に対して遠慮がちなところがある。
手を手を差し出すと心得たように引き寄せられた。
旦那様の笑顔は、今日もとても可愛らしい。
食堂に行く前に、私たちは子ども部屋に向かった。
子どもたちの寝顔を見守っているような魔剣と呪剣。
その横に聖剣を置けば、三振りの剣はそれぞれがチカチカと輝いた。
ハルトもルティアも、魔剣や呪剣を鞘から抜くことができない。
もしかしたら、以前のように危機的状況で2人が力を合わせたら抜けるのかもしれないが。
そんな危機、ないにこしたことはない。
食卓に軽食とお酒を並べる。
ランプに照らされた旦那様の瞳は、柘榴石のように美しい。
その瞳から目が離せずにいると、旦那様が食事中の手をピタリと止めた。
「……あまり見られると、その」
「すみません。つい、見蕩れてしまって」
「……」
旦那様が、カトラリーを置くと珍しいことにカチャンと音が鳴った。
彼の手が、自身の口元を押し隠す。
その仕草の間中、私は自身の発言を後悔していた。
「――君は、妙なところで大胆だ」
「……旦那様」
旦那様の手が、今度は私の頬を覆った。
「今夜は君と――」
「おかあしゃま!」
私たちは、これ以上ないほど勢いよく距離を取った。
扉が開いていることに気がつかなかった。
私たちの様子を見て小首をかしげたあと、レイが食堂に入り込んできた。
「レイ、起きちゃったの?」
「うん、まけんしゃんうるさいの」
魔剣は心の声が聞こえるという。
何となくではあるが、私たちの様子を観察して盛り上がっていたような気がする。
「ちょっと、レイを寝かしつけてきますね」
「ああ、もうすぐ終わるから執務室に来てくれ」
「わかりました」
旦那様はまだ食事中だ。私はレイを抱き上げて子ども部屋に戻る。
ベッドに寝かして胸のあたりをポンポンとしていると、レイはすやすやと寝息を立て始めた。
――起こさないようにしてください。
心の中でつぶやくと、魔剣が面目なさそうにチカチカと光った。
私は執務室へと向かう。
旦那様は食事を終えて、資料を確認していた。
少し休めばいいのに、と思いながら隣に座る。
「……第二騎士団による黒い森の本格的な調査が始まる」
「黒い森も気になりますが、辺境伯領はどうなっているのでしょうか」
「不思議なほど、魔獣の数が減っているらしい」
「……」
「三百年前の状況とよく似ている」
背筋が粟立った。
三百年前、黒い森から魔獣があふれ王都を目指したという。
「そして呪剣についてだが、陛下はああ言っておられたが、呪いという名前には意味があると思う。最後に宝物庫が開いたのが三百年前、無関係とは思えない」
「旦那様――」
「第一騎士団は、不測の事態に備えて王都に留まることになった。君が心配するような事態にはならないだろう」
「承知いたしました」
「――さて、先ほどの続きだ」
旦那様が私の頬を覆う。
いつもよりも旦那様の唇は冷たい気がした。
彼ですら緊張する事態なのだ――そんな不安を覚えながら私は目を瞑った。





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