黒い森 1
ベルティナから婚約の話を聞いて、父様はどんな顔をするだろうか?
いつも表情を変えない父様だが、案外子どもたちのことを想っているのでは――。
そんな風に考えられるようになったのは、ルティアとハルトを生んでからだ。
でも、イースト卿となら、立派な後継者ができると安堵するかもしれない。
「では、この録音魔導具に誓いの言葉をお願いします!!」
元気なハルトの声が、室内に響いた。
ハルトはいつも音を記録する魔導具を持っているのだ。
まるで、結婚式で誓いの言葉を促す神官のような口ぶりで魔導具を差し出す姿は今日もも可愛らしい。
「さあ、ルティーも一緒に!」
「え……私も一緒なの? でも、とてもめでたいことだもんね」
ルティアとハルトが、イースト卿とベルティナの前に立った。
「「では、お祖父様に婚約の報告をお願いします!」」
イースト卿が急に獰猛な表情を浮かべた。
いつも表情をあまり変えず冷静な彼にしては珍しい。
「――ゴホン、ロレンシア辺境伯、決闘を申し込みます」
「「言うことって、それなの!?」」
ルティアとハルトが驚くのも無理はない。
だが、ロレンシア辺境伯領で、結婚を申し込む場合には妻になる人の父親に決闘を申し込むのが伝統だ。
とはいえ、最近は力だけがすべてではないという考え方が主流になりつつあり、必ずしもそうとは言い切れないのだが……。
「「え……懐かしいな?」」
ハルトの腰に下がった魔剣がチカチカと光った。
懐かしい――ということは、レイブランドも千年前に決闘を挑んだのだろうか。
「え? 魔剣さんが始めたの?」
「『ウィンブルーの王になる者にしか娘はやらん』と言うロレンシア小国の王を決闘で黙らせた!?」
ロレンシア辺境伯領は、良くも悪くも力がすべてだ。
それは過酷な場所で、強い力を持つ者が周囲を守り、守られた者は彼らを尊ぶべきと言う考え方が根本にあるからだと思うのだが――。
その考え方の一端に、初代騎士レイブランドが関係している気がしてきた。
「え? ロレンシア小国の王より」
「妹の剣の乙女のほうが強かった!?」
「「だが、もちろん俺が勝った?」」
ルティアとハルトは、魔剣の話に夢中になってしまった。
しばらくして、ハルトが目を見開いた。
「あ……録音の魔導具、切り忘れちゃった」
「まだ録音時間はあるわね。貸してもらっていいかしら」
「ベルティナ叔母さま……?」
ベルティナが録音の魔導具を手にして、口の端を吊り上げた。
「父様、辺境伯領、当主選定の儀を開催することを提案いたします」
「ベルティナ!?」
――まさか、数百年前を最後に開催されていない当主選定の儀を開催を提案するとは。
「なるほど、俺はまだ仮の婚約というわけですか」
「ロレンシア辺境伯家の当主は、一番強い者でなければ」
ベルティナの言い分は、今時の考えではとても受け入れられないものだろう。
とはいえ、彼女が恋や愛と同時に辺境伯領――そして、王国を守ることを第一にしていることを誰にも否定はできないはずだ。
「参加します」
全員が、その声の主を凝視した。
「ラペルト・リーゼ、当主選定の儀に参加いたします」
さすがに部屋の中は、ざわめいた。
すでに辺境騎士団長であるシノア・イースト卿がベルティナとともに辺境伯領の次期当主になったとしても、騎士団の再編は必要ないが……。
「あら、リーゼ卿は私に興味がおありなのですか?」
「ええ、気がついておられなかったのですね」
「――困りましたわね」
おそらく、当主選定の儀に参加するのは、リーゼ卿だけではないだろう。
ベルティナは、辺境伯領の男たちの憧れの姫君なのだ。
だが、当の本人はさして困っていないようにも見える。
「これは楽しくなりそう。そうそう、私も参戦いたしますわ、父様」
「ベルティナ!?」
「女が当主になれなくなったのは、わずか数百年前からです。決まりを変えるには、全員の同意を得る必要がある――ふふ、そのための当主選定の儀ですわ」
そこでピーッと音を立てて、録音の魔導具が動きを止めた。
私の脳裏に、こめかみに指を当てて眉根を寄せる父様の顔が浮かんだ。
「さて、とはいえ開催は黒い森の件を解消してからですね
「……ベルティナ殿」
「リーゼ卿は、この目を気にして私に婚姻を申し込んだのでしょう? 騎士としては、素晴らしいと思いますが、責任なら黒い森の件を解決することが一番ですわ」
「……そうですね。参加資格を得るには、最低限それが必要でしょう」
騎士団長様たちが、会議室で何を話していたのかは私にはわからない。
現状では、先ほど見た駒だけが手がかりだ。
旦那様に視線を向ける。
彼はすでに、このあとの戦いについて思考を巡らせているようだった。





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