Episode.3
ムツキを先頭に綺麗に整列した8隻は、星々が織りなす煌めきの空間を疾っていく。航宙機運用訓練が始まったようだ、搭載機である81式艦上複座偵察機が、艦橋の直ぐ傍を掠めて飛び去っていく。
「航宙機乗りになっていたら、もっと自由だったかな。」
船外モニターを見ながらタクヤ・イセは呟く。同僚のライアン・オーティスはコーヒーを飲みながら、
「航宙機乗りは航宙機乗りで、色々と大変みたいだぞ。日誌やらシミュレータやら」
と、あまり真面目に取り合っていない。
「…そういや、シミュレータがあったな。訓練時の機動はRECされているよな。」
「そりゃ、しているだろうけど、艦内にあるのは航宙機用だろ。」
「機動を確認するには十分だ、ちょっと行ってくる。」
そう言って、タクヤは走っていってしまった。
タクヤは憮然とした表情でシミュレータから出てきた。整備長に頼み込み、空き時間にバグ出しと称して使用させてもらったのだった。タクヤの表情を見て、整備長や整備員、噂を聞きつけた航宙科科員たちがニヤニヤしている。
「どうだ、ぼうず。なんかわかったか。」
「えぇ、よくわかりました。ありがとうございました。」
平然を装って歩いていくが、耐えきれず走り出し、トイレに駆け込む。後ろからは笑い声が聞こえてくる。タクヤは夕食のビーフストロガノフを全て嘔吐してしまった。
「くっそ…あんな無茶苦茶な機動だったのか。オーバーシュートとリカバリが連続して、洗濯機に突っ込まれているみたいだった…」
肩を落として兵員室に戻ったタクヤをライアンが見つけ、声をかける。
「おう、タクヤ。どうだった。」
タクヤはライアンを睨みつける。
「お前、なんですぐに言わねぇんだよ、あんな機動、操舵手以外みんな酔うに決まってんじゃねか。」
ライアンは逆に、キョトンとタクヤを見つめ返す。
「何言ってんだ、お前。慣性制御されてる艦内で酔う訳ねえだろ。」
タクヤの動きが止まる。艦内は乗組員を護るための慣性制御が為され、過大なGは自動的に打ち消されている。
「ははあ、整備長に一杯喰わされたな。きっと、シミュレータのモードを変更していたんだよ。」
タクヤは床を蹴る。
「ちくしょ!」
タクヤは乱暴に椅子に座る。ライアンは2杯のコーヒーを持ってきてくれた。
「まぁ、飲めよ。…でも、それだけ雑な機動だったってことはわかったんだろ。」
「…まあな。だけど、嚮導艦を追いかけないといけないんだから、しょうがねぇじゃねえか。」
ライアンはコーヒーをすすって返答する。
「しょうがなくない部分があるってことだよな。対策も課題なんだから、改善の余地が有る訳だ。」
「クッソ、なんかイラつくな。のんびり構えやがって。」
ライアンはタクヤの抗議に、どこ吹く風といった体で
「罪なき者に当たってみたところで、何も解決はしないぞ、タクヤ。お前の友人は今、良いことを言った。」
タクヤがライアンの胸ぐらを掴もうとした時、第1種戦闘配置の放送が入る。
艦橋要員の2人は狭い廊下を抜け、艦橋へと走る。艦橋に到着すると代替要員と配置を交代する。
艦長ズイカ・ヤマムラ少佐、副長ユーハン・リン大尉は既に艦橋に上がっていた。ヤマムラが艦橋を見まわして状況を説明する。
「航宙機運用訓練中の偵察機が、國籍不明の艦隊を発見した。当該艦隊には航宙母艦も含まれているようだ。」
艦橋内に無音のざわめきともいうべき緊張感が拡がっていく。
「我々は発見宙域に急行し、この脅威を排除する。」
タクヤは汗ばんだ手を膝で拭き、操艦レバーを握りなおす。
(本当の戦争が始まるのか。いや、まさか。15年も戦っていなかったのに…)
ヤマムラが続ける。
「通信士、通信封鎖は継続だ。偵察機やツクヨミ航宙機隊からの通信、旗艦・僚艦からの発光信号に注意を払え。」
「は、はい!」
ライアンの声も上ずっている。艦長のヤマムラ始めこの艦に乗る多くの者には実戦の経験がない。
(本当に戦えるのか…)
タクヤの疑問は、おそらくは乗組員全員に共通するものであったろう。だが、それを表に出すことは許されない。そしてそれは、階級が高ければ高いほど堅守されるべき約束事であった。
「ツクヨミからの航宙攻撃隊が敵艦隊に到達した模様です。」
ライアンの報告にヤマムラとリンが頷く。
「航宙隊が宙母を潰してくれないと、厳しいな…」
「搭載機がおよそ60から70機、駆逐艦8隻を沈めるには充分でしょうね。」
通信士のライアンは、ツクヨミ航宙隊が送る戦果報告の傍受に躍起になっている。
「ツクヨミ航宙隊より戦果報告、『ルバドス級軽巡へ命中弾4、撃沈確実!』」
艦橋に歓声が上がる。続けざまに戦果報告が入る。
「更に戦果報告、『敵航宙母艦に命中弾、大破、敵駆逐艦2に命中弾、中破程度。』」
歓声の中、ヤマムラが頷く。
「宙母に損害を与えたな。その損害が復旧される前に間合いを詰めねば。会敵まではどのくらいだ。」
ライアンが発信位置までの距離と時間を伝える。ヤマムラがリンを近くに呼び寄せる。
「操舵手はあの新任軍曹か、代替要員と代えるか。」
リンはその意見には反対する。
「正操舵手はタクヤ・イセ軍曹です。確かに代替要員の方が経験はありますが、今後に影響します。交代には反対です。」
「そうか、では、本人に直接聞いてみよう。ダメそうなら、ムツキに連絡して最後尾にまわしてもらおう。」
ヤマムラがタクヤに声をかける。
「操舵手、先刻の課題に対する答えは得られたか。状況がこうなった故、レポートにはできていないだろうが、口頭で構わん。この場で報告せよ。」
タクヤは、ヤマムラがリンを呼び寄せた時から、自分に関する相談をしていることに気付いていた。軽く深呼吸をしてヤマムラに向かう。
「はい。対応策については未だ検討中であります。ですが問題点について、自分の機動には後続の僚艦が追随できないことが解りました。」
「ほう、それは何故だ。技量の問題か。」
「違います。自分の機動には無駄と不確定要素が多く、接近すると衝突の危険が生じるからです。ヤヨイの操舵手は、暴れまわる本艦に接近するのは危険と判断し、距離を取らざるを得なかったものと考えます。」
ヤマムラはチラッとリンを見る。
「そうか。それを教えてくれたのは、副長か航行長か。」
「いえ、おふたりではありません。強いて言えば、整備長に教えて頂いたのかもしれません。シミュレータに有G状態で搭乗し気付きました。」
「なるほど。それは、整備長の指導だな。検討中の対応策についてはどうだ、全く見当がつかないか。」
タクヤは答えられない。必死に考えるが、やはり浮かんではこない。
「よろしい。自力で答えを見つけようとした努力に免じて、ヒントをやろう。いいか、嚮導艦を追おうとするな。以上だ。」
タクヤは頭の中でヤマムラの言葉を繰り返す。
(嚮導艦を追おうとするな。一体、どういうことだ。追わずにどうやって艦列を維持するんだ。)
ライアンが報告する。
「ムツキより発光信号、『隊列を単縦陣へ、当該宙域に向かう、、、発動!』」
キサラギはムツキの後を追い、戦場の宙へと疾っていく。




