Episode.2
「あー、もー無理だ。身体がミシミシいってる。」
タクヤ・イセは就寝室の2段ベッド上段で眼を覚ます。彼のプライベート空間と言えるのは、カーテンを隔てたこの中だけだ。だが、それすらも専用ではなく、自分が勤務している時は別の乗組員が使用しているのだった。
連日の猛訓練で、身体中の各所から痛みの緊急連絡があがっている。
下のベッドに寝るライアン・オーティスも身体を軋ませて
「ダメコンがキツいよな。実際に被弾した時、あんなことしている暇ねぇっつの。」
上官に知れたら大目玉を喰らう台詞を吐きながら、ライアンがあくびをかみ殺す。
ダメージコントロールとは、艦が戦闘や事故で被害を受けた時、その被害を最小にするために行われる作業のことである。迅速かつ正確な作業が要求されるが、戦闘艦にその為の人員などいない、非番の者は全員がダメコン班となる。艦橋勤務者は副長班、航行長班、砲雷長班と3班に分かれて猛訓練に勤しんでいる。彼らは事前に知己を得てしまったが故か、はたまた唯の偶然か、副長班の配置となり予想通り散々にしごかれていた。
「どうせ、訓練しているだけなんだからさ。そんなに必死になっても意味ないよな。」
「全くだ。適当にやっときゃいいのに、艦長もクソ真面目だから…」
彼らはこれから、レーザー砲が飛び交い、列を為した航宙機が次々に襲いかかってくる戦場に放り込まれることになるのだが、現在のところ、それを予見できている者は皆無であった。情報の乏しい閉鎖された艦内で、開戦が近いなどと考えるのは、何らかの特殊能力を持っているか、何かが欠落しているかのいずれかであろう。
キサラギの艦長は、新任少佐のズイカ・ヤマムラ、女性である。士官学校を次席で卒業し、一貫して駆逐艦勤務を続けている、女性では珍しいケースだ。彼女は、士官学校で一度も首席になれなかった。それ故に、早い段階で艦長というトップになれる可能性が高い駆逐艦乗りを希望したと噂されていた。ヤマムラや他の士官候補生の能力が劣っていた訳でないことは、この年の首席マコト・カイが任官してからの実績で証明してくれるのだが、この時点ではまだ、無責任な意見や予測に溢れていたのである。
「片意地張らずに、にっこり笑ってくれればなかなか可愛いのに。あんなにムッスリしてたんじゃな。」
タクヤの言葉にライアンが反応する。ニヤけてタクヤをおちょくる。
「なんだ、お前。ああいうのが好みか。」
「別に好みじゃねえよ。歳も随分上だし…大体、上官なんてお願いされたって無理だっつの。」
ライアンは肩を落とす。
「そうだよなぁ、女も乗艦しているって聞いたから期待してたのに、よりによって艦長かよ…それもあんな…」
「あんな、なんだって言うんだ。」
2人は聞き慣れた声に背筋が凍る。カーテンの向こうには副長ユーハン・リン大尉が立っていた。
「遅い!起床ベルは敵襲警報だと思え!サッサと支度して持ち場につかんかぁ!」
タクヤとライアンは大慌てでベッドから飛び出した。
キサラギは、自身を含め8隻の姉妹艦で構成される第12駆逐戦隊に所属している。この戦隊の司令官スニール・ラジ少将は『超』が付く鬼教官で、特に艦隊機動訓練の激しさは他の戦隊を圧倒していると評判であった。
「ムツキに追随!距離60を維持しろ!」
艦長の号令に復唱が返り緊張感を増していく艦橋で、タクヤは操艦する。彼は自分が航宙艦艇を操艦できる時間を何よりも愛していた。
キサラギはムツキを追いかける。ムツキは、『嫌がらせか?』と問い質してやりたくなるような急激な回頭、急上昇急下降、急加速急減速を繰り返す。その都度、タクヤの反射神経と操艦技術が試される。度重なる急機動にヤヨイ以下の後続艦は振り切られ、距離が大きく離されてしまった。
(よおし、いいぞ。付いていけているのはキサラギだけだ!)
内心、誇らしげにタクヤは操艦レバーを倒し込む。だが、艦長ヤマムラの次の指令は彼の予想とは全く異なっていた。
「全くダメだな。ムツキに発光信号を送れ。『我、追随を断念。ハヅキ後尾に付く。』だ。」
その言葉にライアンも驚く。彼もタクヤの操艦技術は非常に高いと考えていたし、キサラギだけ付いていけていることが、その証拠であると考えていたからだ。だが、一介の通信士が意見するなど許されることではない。
「はっ、ムツキに発光信号、『我、追随を断念。ハヅキ後尾に付く。』送ります。」
通信を送り視線を動かすと、操舵手席にいるタクヤは悔しさに顔を顰めている。
(そりゃそうだよな。タクヤだから付いていけたんじゃないか。なんで最後尾に…)
キサラギがハヅキの後ろにまわり、艦列を整え直した第12駆逐戦隊は、再度艦隊機動を始める。タクヤは顰めっ面のまま、操艦を続けていた。
訓練が終了し、タクヤが真正面を見つめたまま舵をとっていると、ヤマムラから声をかけられた。
「操舵手、訓練で明らかとなった問題点とその対策を、報告書にまとめて本日中に提出すること。不明点があれば、副長か航行長に尋ねること。いいな。」
タクヤの返事も聞かずに、ヤマムラは艦橋を降りて行ってしまった。
「ちくしょう、何が問題なんだ。」
当直を離れたタクヤは大股で食堂兼兵員室に向かう。
「おい、待てよ。ちょっと落ち着けって。」
ライアンの言葉にも耳を貸さない。と、思いきや突然立ち止まった。ライアンがぶつかりそうになる。
「おっと、いきなり止まんな。危ねぇな。」
「なぁ、ライアン。オレの操艦になんか問題があったか。最後尾に廻った後も、他の艦はムツキにちっとも付いていけてなかったじゃないか。オレだけが付いていけていたのに。」
「だから、副長か航行長に聞いてみようぜ。艦長が聞けって言ったんだからさ。」
タクヤはまた歩き始める。
「そんなもん、聞けるか!ぜってぇ、自力で答えを見つけてやる。」
そう言って、食堂に入っていく。
「やれやれ、聞いちまえばいいのによ。馬鹿な奴。」
ライアンは呆れ顔でタクヤの後ろ姿を見送る。




