Episode.1
Episode.1
『682年式乙型航宙艦艇第2番艦』
今のところ上記の名である眼前の船は、電磁波吸収層の塗装作業中であった。戦闘艦に必須のステルス性はこの作業によって得られる。電波、赤外線、可視光領域をも吸収する塗料を使用するため、この時代『軍艦色』とは漆黒のことを指している。
「まあったく、いつになったら乗艦できるんだ。早く乗せてくれよ。」
彼はタクヤ・イセ。最近、軍立航宙艦艇乗組員養成所を修了したばかりの新米下士官だ。小柄な体格の彼は、女の子に間違えられることを何よりも嫌うが、嫌うということはその頻度が高いということだ。度々混同され、その都度激しく抗議している。
まだあどけなさが残る若者は、連絡通路から身を乗り出し、周囲に人気がないことを確認してから船に語りかける。
「オレがご主人様だ。いいか、忘れんなよ。」
だが、2段になっている通路の下段から否定の声がかかる。
「忘れていいぞ。こいつはただの船頭だ。」
下段通路にいたのはタクヤの同期、ライアン・オーティス。共に養成所を修了している。彼は中肉中背で銀髪、なかなかの美男子にも見えるのだが、口が悪く女性を引かせることに長けている。上段連絡通路で頭を抱える若者は、下段にいる同僚に非難を浴びせる。
「居るなら居るって言えよ!恥ずかしいじゃねぇか!」
ライアンも黙ってはいない。
「恥ずかしいのはこっちだ!なにが『オレがご主人様だ。』だ!操舵手ごときが主人ヅラするな、ご主人様は艦長だろうが!ボケ!」
「なにぃ、オレが舵を握るんだ。ご主人様と言っても過言ではないだろうが!役立たずの通信士が僻んでんじゃねぇ!」
「通信士が役立たずだと、てめぇ!情報の重要性も理解できねぇか、この能無し船頭が!」
育ちの悪さを露見しているかのような、低レベルな言い争いが続く。あまりの馬鹿さ加減と声の大きさに、作業中の整備兵達も注目する。
「おい!そこの2人、ちょっと降りてこい。」
作業の監督中だった士官が大声で叫ぶ。2人は罵詈雑言の応酬を止め、バツの悪そうな顔をして適当な言い訳を考える。その士官は、背が高い上に引き締まっているのが遠目にもわかる、何より切長の眼から発せられる眼光が半端じゃない。
「も、申し訳ござ…」「お騒がせし…」
再び、士官が叫ぶ。
「サッサと降りてこんかぁ!」
「は、はい!」
2人は同時に返事をして、大急ぎでタラップを降りる。そして、士官の前で整列し、これ以上心象を悪くしないよう、精一杯背筋を伸ばす。
「お前ら、所属と氏名は。」
睨みつけるように士官が尋ねる。2人は叱責と上官への報告を覚悟する。
「はい!乙型航宙艦艇第2番艦、操舵手を拝命しました、タクヤ・イセ軍曹です。」
「同じく、通信士を拝命しました、ライアン・オーティス軍曹です。」
「よし。では、ついて来い。」
そう言って、士官は作業用エレベーターの方へ歩いていく。2人は恐る恐る付いていくが、小声で何やら相談している。
「やばい…上から落とす気だ…」
「マジか!さすがにそこまでは…」
「この船は最新鋭で秘匿艦だぞ、あぁ、せめて宇宙に出てから死にたかった…」
「マジかよ…そりゃねえよ…」
士官が、遅れる2人を再び睨みつける。
「ひぃ!」「は、はい!」
3人は作業用エレベーターに乗り込み、甲板に上がる。士官は怯える2人をタラップの端から、一気に突き落とし、はせずに説明を始める。
「見ての通りだが、上甲板だ。こいつの主兵装は、連装12.7センチレーザーカノン4基、対宙対艦どちらにも使える汎用砲だ。まぁ、これは普通だな。」
2人は、どうも殺されずにすみそうな気配を感じ取り、胸を撫で下ろす。と同時に、未来の乗艦の武装に眼を輝かす。
「おぉ、すげぇ!」「これが旋回するのか!」
艦内に入り後部の方向に進むと、だだっ広い空間に行き着いた。士官が2人に尋ねる。
「ここがなんだかわかるか。」
タクヤは首を傾げる。ライアンが答えた。
「格納庫ですか。でも、内火艇用にしては広いですね。」
「そうだな。内火艇も収めるが、航宙偵察機を装備することになる。それが本艦の最大の特徴だ。」
2人は驚き、更に眼を輝かせる。
「偵察機!乙型にですか!それは凄い!」「駆逐艦に偵察機が載ったら索敵範囲が倍増しますね!」
「だが、軍機だ。他言するなよ。」
「は、はい!」「わかりました!」
2人は緊張して返事をする。そして、先程から気になっていたことを士官に尋ねる。
「あ、あの、なぜ、我々に艤装中の艦を見学させて頂けたのでしょうか。」
士官は苦笑しながら振り返る。
「お前らが馬鹿でかい声で大騒ぎしているとな、艦の品位ってモノが問われるんだよ。ここんところ毎日通っていたみたいだし、ちょっと先に見るぐらいは大目に見てもらえるだろ。という訳で、見せてやった。オレは副艤装委員長のユーハン・リン大尉だ。普通にいけば本艦の副長になる。」
タクヤとライアンは改めて背筋を伸ばして敬礼する。
「失礼致しました!副長でいらっしゃいましたか。艦を見せて頂きまして誠にありがとうございました。非常に勉強になりました!では!」
タクヤがライアンの袖を引き、その場から離れようとする。リンが去っていく2人の背中に尋ねる。
「あぁ、お前ら、何月生まれだ。」
タクヤはその場に固まり、顔を向けずに答える。
「はっ、自分は2月生まれです。」
ライアンは振り返り、タクヤを親指で指して答えた。
「自分も2月です。こいつとは3日違いでして。」
リンは一瞬驚いたような表情を見せたが、
「それはラッキーだったな。」
そう言って作業に戻っていった。
タクヤに引きずられるライアンが抗議の声をあげる。
「なんだよ。なんで急に逃げ出そうとすんだよ。」
作業エリアを抜け、周囲に人気がなくなったことも確認してタクヤが答える。
「おまえ、バカだな!オレたちは副長に、艦に乗る前から眼を付けられちまったんだぞ!散々絞られるに決まってんじゃねぇか。」
ライアンはピンと来ていないようだ。
「そうかぁ、部下いびりするような人じゃないんじゃないか。」
「あーんな短い時間で、何がわかるって言うんだ。副長だぞ!副長!どの艦でもシゴキ役が副長じゃねぇか!あー、オレの軍人人生、早速地獄からスタートか…」
ガックリとうなだれるタクヤを見て、ライアンも不安になってきた。
「え、本当にそうなの…じごく…。」
3日後、正式に彼らの乗艦の名が発表された。同型艦が12隻建造されるということで、古代の暦、月の読み名が当てられることとなり、2番艦は『キサラギ』と命名された。
興味を持って頂いた方には、本編の方も読んで頂けましたら嬉しいです。
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