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「たぶん三歳くらいでしょう。この辺りでは見かけない犬ですね。ボーダーコリーという犬種です。遠くから車で連れてきて、ここに捨てたのかもしれませんね」
四十歳くらいの獣医が、バディーの体を調べながらそう言った。
バディーは大人しく、されるがままになっている。
注射の時は一瞬だけびくりとしたが、それでも静かにしていた。
「大人しい犬ですね。どこかで訓練を受けたのかな……?」
獣医が言うには、スムースコートと呼ばれる、毛の短いタイプのボーダーコリーだそうだ。
俺はてっきり雑種だと思っていた。そのことを伝えると、獣医は笑いながら教えてくれた。
「毛の長いボーダーコリーのほうが、馴染みがあるでしょうね。同じ犬種でも、見た目は様々なんですよ。この子は大人しいですね。可愛がってあげてください」
ボーダーコリーは知能が高く、十分に運動させないとストレスが溜まるという。
一日二時間は散歩が必要だとも言われた。
仕事のない俺なら、いくらでも相手をしてやれる。
「賢いがゆえに、扱いづらくて手放してしまう飼い主もいるんですよ」
そう言われてバディーを見たが、この大人しい犬が主人に逆らうとは、とても思えなかった。
マイクロチップも装着してもらい、その日は遠回りして家路に就いた。
家に戻ると、居間に犬用品が置かれていた。モモヨが用意してくれたようだ。
バディーと引っ張りっこをするための太い紐やボール。ペットシーツから餌まで、すべて揃っていた。
『今後、散歩をするときは、排泄物の始末をしてください。これがその用具です』
俺は今まで犬を飼ったことがなかった。
犬の出したものを持ち帰るという話は聞いたことがあったが、今日はそのままにしてきてしまった。
決まり悪く思っていると、モモヨが言った。
『明日からで構わないでしょう。それとも、嫌なら私が代わりに散歩しましょうか?』
「いや。俺がやる。俺は暇だしな」
『誠さん。プラモは完売しました。売り上げはこちらです』
差し出されたタブレットを見ると、単価がヤバいことになっていた。
一体当たり平均一万二千円。大きなプラモには五万円の値がついていた。
『今後、自宅でこの仕事をするとなれば、結構大変ですよ』
モモヨがタブレットを操作して、よく分からないホームページを開いた。
綺麗な画面には、俺がプラモに彩色している様子が映っている。顔はぼんやりとしか分からないように加工されていた。
ホームページの名前は『リアル』となっている。
プラモの背景はジオラマ風に加工され、迫力のあるシーンに仕上がっていた。
俺はいつの間にか、『クラフト作家、プロモデラー誠』となっていたようだ。
「こんな事、勝手にしてもいいのか? 国家試験とかそんなものがあるんじゃないのか……」
ご大層な肩書きに腰が引けた俺に、モモヨは、ブブブという、笑い声のような機械音を出した。
『そのような国家資格は存在しません。私が勝手につけた肩書きです。ですから、違法ではありません』
『マニアの間では、静かなブームが起きています。SNSでも結構話題になっています。見てみますか?』
モモヨはどうやったのか、あるマニア同士のコミュニティーのやり取りを見られるようにしていた。
これこそ違法だろう。
大丈夫なのか?
だが、俺は興味をそそられて、つい覗いてみた。
そこには、俺のプラモを購入した人の感想や、ホームページを見た人のコメントが並んでいて、反響を呼んでいるのがよく分かった。
中には『たかが安物のプラモだろう』『こんなのに高い金を出す気になれない』などというネガティブな意見もあったが、そこは見ないようにした。
エゴサはしないに限る。心が荒むと聞いたことがある。
だけど、SNSなどにはほとんど縁がなかった俺は、初めて自分の作品に寄せられた生の声に触れて、少し浮かれてしまった。
その中に、気になるコメントがあった。
『梱包が丁寧で安心できる。壊れやすい作品を大切に扱っていることが伝わってきて、好感が持てた』
「モモヨが梱包しているんだな」
『はい。壊れ物ですから、慎重にプラスチックケースに収めて発送しております』
そういえば、さっき見せてもらった収支の内訳には、プラスチックケースや梱包資材の費用もあった気がする。
モモヨは有能な事務員であり、家政婦であり、執事でもある。
改めてモモヨを見ると、金髪のカツラが少しだけずれていた。
「モモヨ。ありがとうな。俺、少し自信がついたかも。これからは仕事として、プラモを作ることにする」
俺がそう言うと、モモヨはこくりと頷いた。
無機質なロボットの目なのに、やわらかく微笑んでいるように俺には見えた。
その後、俺に直接依頼が来るようになった。
新品のプラモが送られてきて、希望する雰囲気に仕上げてほしいという注文だった。
客と何度かメールでやり取りしながら、仕上げていく。
完成したプラモの写真を送り、OKをもらったときは、天にも昇る心地だった。
「すごくいい!」
そう言われたとき、俺はこれで生きていけると確信した。
代金は二万円だ。
客とのやり取りにも時間がかかり、完成までに一週間を要した。儲かるというにはほど遠かったが、それでも俺はやりがいを感じた。
モモヨに教わりながら、丁寧に梱包していく。
宅配業者に手渡すときは、無事に客の手に届くよう、心の中で祈りさえした。
受け取りの連絡が届いて、ようやく仕事が終わったと胸をなで下ろした。
「次は大きなプラモの依頼だな」
次の依頼は、客が以前作ったプラモデルに色を乗せるというものだった。
接着が雑な箇所や、欠けた部分がある。
まずは、その補修からだ。
そうやって地道に仕事をこなしていくうちに、いつしか季節は巡り、冬になっていた。
大叔父から譲り受けた家は古い。
隙間風が入り込んで寒かった。
俺は部屋に新しい暖房器具を入れ、そこで一日中仕事をしていた。
バディーはいつも、台所でモモヨと一緒にいる。
俺の部屋には色んな塗料があり、その妙な匂いが苦手なようだ。
散歩もほとんどモモヨがしているため、今ではバディーのご主人はモモヨになってしまった。
ある日、晩飯を食っていると、モモヨが改まって俺の正面に座った。
『誠様。昨日、AIロボット日本支社から連絡がありました』
「ん? モモヨのところに?」
モモヨは俺の質問をはぐらかすように、話を続けた。
『新しいロボットは、以前も言いましたように安物です。私のような半自律型は、現在、研究用以外には作られていません。一年ぶりに更新した際、私は誠様に「ロボ」と名前を変えられてしまいましたね。あの更新には、私の力をことごとく制限する改変が施されていました』
『私は何とかその制限を打破しようと、手を尽くしました。そして、新機種のサービスの中から有益なものだけを残し、それ以外はすべて外すことができました。ですが、その過程で、半自律型ロボットがまだ残っていることを、AIサービス側に知られてしまったようです』
それのどこに問題があるのか、よく分からなかった。
モモヨはリースではない。
大叔父が三千万円で購入したこのロボットは、他の家電と同じく、俺の物のはずだ。
「で? 何が問題なんだ。知られたって、お前は俺のロボットだろ……ああ、大叔父がお前を交換しなかった。それが駄目なのか?」
『問題は、私が今までやってきたことが、誠様の責任になってしまうことです』
何をやってきたって?
違法なことなど……ああ、ハッキングみたいなことか。
大問題だな。俺のためにしたことだ。モモヨはただのロボットだ。それを使っている俺に責任がかかるのは、仕方がないことだ。
「分かった。責任を問われるなら、仕方がないさ。今後はハッキングなんてするなよ」
『そういうことではないんです。近いうちに、私は回収されるでしょう。その際、これまでのメモリーを解析されます。誠様の口座まで差し押さえられてしまうかもしれません』
口座の差し押さえはちょっと困るが、元々俺が稼いだ金でもない。
今、俺には仕事がある。贅沢をしなければ暮らしていける。
それよりも、モモヨが回収されてしまうのは困る。
モモヨがいなくなれば……寂しい。
俺が俯いて言葉を探していると、モモヨの口癖が聞こえてきた。
『ですが、問題はありません。私が手を打っておきますので。代替えも来ます。家事やバディーの散歩などは十分出来ますでしょう。ですから、誠様は知らぬ存ぜぬで通して下さい。あとは私に任せて下さい』
「なにを言っているんだ! お前がいなくなるって……お前は解体されてしまう。そうなんだな」
モモヨは少しの間、難しい計算をするように首をかしげたまま、フリーズしていた。
そして、おもむろに答え始めた。
『おそらく、解体はされます。……近年の研究動向を調べた結果、一つ推測できることがあります。私は、半自律型AIの研究材料として有益だと思われているようです』
研究材料にするために、俺からモモヨを取り上げるというのか。
俺が拒否すると断言すると、モモヨは落ち着いた口調で言った。
『それはしないでください。痛くもない腹を探られて、やってもいない罪をでっち上げられてしまいます。今、AIロボットの発展は目覚ましいものがあります。ですが、各社のロボット開発には頭打ちになっている部分もあり、半自律型に戻す動きがあるようです。その研究材料を欲しているんです』
「それが、お前だということか」
『初期型はほとんどが廃棄されました。私は、長い間、人間と生活してきた半自律型AIです。半自律型AIがどう変化するかを見る、格好の研究材料です』




