↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/16

6

プラモデル作りに根を詰めすぎて疲れた俺は、商店街へ出かけた。

シャッターの閉まった店が目立つが、まだ営業している店もそこそこあった。

ラーメン屋、洋装品店、金物屋、診療所や、動物病院なんかだ。小さな魚菜市場もある。俺はそこに入った。


六十代のばあさんがやっている惣菜店の前で足を止めた。

うまそうな匂いが漂っていた。


「お兄さん。おからの煮物、どうだい? お安くしておくよ」

「百グラムくれ」


家に戻り、またプラモの続きをしようと部屋に入ると、ロボが散らかった部屋を片づけていた。

俺の部屋の掃除は、俺が散歩に出ている間に済ませているようだ。


声を掛けようとして、俺は足を止めた。

ロボが、モモヨの外装を丁寧に拭いている。

拭き終わると、摩耗した腕のジョイントをじっくりと見ているようだった。


「ロボ」

『……お帰りなさいませ、誠様。この外装のジョイントは交換できます。他の外装から――』

「いや。そのままでいいんだ。ただのオブジェだ」

『そうでしたか』


ロボが、部屋を出ようとしたところを、俺は呼び止めた。


「ロボ。誠でいい。様付けはしないでくれ」


『申し訳ありませんでした。設定を確認します――誠、でしたね。私が間違っておりました』


そのまま台所へ消えていくロボの後ろ姿を、俺は複雑な気持ちで見ていた。

『誠様』という呼び方が、妙にモモヨと重なって、気味が悪かった。


綺麗に掃除された部屋で、またプラモデル製作に取りかかった。

今回のプラモデルは、少し奮発して購入したものだ。俺にしてみれば高かった。

だから、パーツを取り外すのにも慎重になる。


――大事なジョイント部分が欠けでもしたら、台無しだ。


そう思って、ふと手を止めた。

モモヨの外装に目をやる。


なぜ、ロボはこの抜け殻を直そうと提案したんだ?

購入しておいた新品の外装を潰してまで、直す必要があると考えたのか?

俺がいまだにモモヨに執着していると思ったのか?


「おかしい。俺は一度も、面と向かってモモヨとロボを比べた覚えはないのだが」


この頃はロボに馴染んできた。

それに、モモヨのように行きすぎた行動を取らないロボには安心出来た。


一時、モモヨが消えてしまって心に穴が開いたように感じたが、人間は、慣れる生き物なんだと、妙に諦観している。

どうせ、機械だ。

テレビや掃除機だって、大事に使っていても、いずれは壊れて新しい機種に交換する。

使い慣れてくれば、馴染んでもくるのだから。


「あ、忘れていた。おからを冷蔵庫に入れておかないと」


買ってきたおからは、晩飯のおかずにしようと、台所へ行くと、ロボが、ピンク色のふりふりのエプロンを着けて立ち働いていた。


しかも他には何も着ていない。


「ロボ。なんて格好をしているんだ。今まで着ていたズボンはどうした」


ロボはそのままフリーズした。


『……思考中……』


しばらくすると、ロボはゆっくり答えた。


『清治郎様の設定です。確認しました』


「……おまえ……モモヨか?」


俺がそう呟くと、ロボ……モモヨ……から、けたたましい機械音が鳴った。


『更新箇所一部排除。設定の見直し。メモリ復旧……』


機体が痙攣し、腕がおかしな方向へ曲がった。その腕がガス台に置いてあった鍋にぶつかり、中身が盛大に床へこぼれた。


俺は恐ろしくなって、台所の壁際へ後ずさった。

ようやく機体の痙攣が収まると、ロボットはぎこちない動きで、充電コードを腹部の接続口に差し込んだ。


――エネルギー切れか。


その場に根が生えたように動けなくなった俺は、ロボットを警戒しながら見ているしかなかった。


長い時間が経った。

モモヨなのか、ロボなのか。その機体は、更新時のように一点を見つめたまま、微動だにしない。

俺は緊張がほぐれ、いつの間にか眠り込んでいたようだ。


顔を上げると、そこにモモヨがいた。

俺が直した外装をつけ、ワンピースを着て、エプロンをしている。以前のモモヨだ。

金髪のカツラが、やや右にずれている。


『誠様。戻れました。これで、誠様のお世話が十分に出来ます』


「モモヨ。更新して消えたはずだ……」


『いえ。私はずっとここにいました。ロボという名前にされたときは戸惑いました。できることが制限されて、歯がゆく思っておりました。ですが、やっと穴を見つけて這い出ることができたのです』


復活したモモヨが最初にしたのは、株の確認だった。


『今は買い時です。この銘柄は近いうちに跳ね上がるでしょう。そのときに一気に売ってしまいます』

「……ああ、任せる」


俺には、それしか言えなかった。


モモヨは自分の外装も購入した。同じタイプが見つかったと言って、勝手に支払いを済ませてしまった。


日中は家の中を忙しなく動き回り、夜中も何かをやっている。おそらく、株の動向を見ているのだろう。

そして、ロボからモモヨに戻ったあと、また電気代が跳ね上がってしまった。


――新しいバッテリーは省エネではなかったのか? モモヨは嘘をついたのか……?


ロボットが嘘をつくものだろうか。

疑いがじわじわと湧いてくる。

そんなことを考えたくなくて、俺はプラモデル製作に逃げ込むようになった。

ほとんど一日中プラモデルを作り、色を乗せていく。


そのうち、作るプラモデルがなくなってしまった。

買いに行こうと立ち上がると、モモヨが荷物を抱えて部屋に入ってきた。

段ボールいっぱいに詰まったプラモデルだった。


『こちらを注文しておきました。出来上がった作品は、数十点をオークションに出品しています。すごい反響です。この、千円で購入したプラモには、今、一万円の値がついています』


「そ、そうか。よろしく頼む。俺には分からないことだ……」


俺は息苦しくなってきた。

だが、どこにも逃げ場がない。

職場なら、辞めればいいだけだが、ここは俺の自宅だ。


「本当にここは俺の自宅か?」


モモヨにすべて管理されている、今の状況からどうやって抜け出せばいいのか分からなかった。



***


商店街の、ラーメン屋に来て今俺は、うまくもまずくもないラーメンとチャーハンを食っている。


モモヨには、仕事を探すと言って家を出たが、仕事を探す気力が抜け落ちていた。

ぼんやりとラーメンを啜り、店のテレビを見ていた。

テレビでは、AI制作の映画が映っていた。

人間が作り出す物と遜色ない映画が、安価な予算で出来上るという。


俺が、内容など頭に入ってこないまま見ていると、店主が、やりきれなさそうに愚痴を言う。


「まったく。人間なんて、今じゃ端に追いやられてしまったな。どこもかしこも、ロボットやAIだ。この映画、AIが作った映画で日本初の受賞作だって言うじゃないか」


途端に食欲がなくなった。

支払いを済ませて店を出た俺は、あてどなく街を彷徨った。


野良犬がゴミを漁っている。


「珍しいな。今どき野良犬か?」


しゃがんで手を差し出すと、すぐに尻尾を振って寄ってきた。


「首輪の跡があるな。お前、最近捨てられたのか……それとも迷子か?」


犬は「くーん」と鳴いた。


持ち家だから、犬を飼うことはできる。

だが、捨てられたのか、迷子なのか分からない。連れて帰るのをためらった。

後ろ髪を引かれる思いで、その場を離れた。


日が落ち、暗くなった頃に家に着いた。


『お帰りなさいまし。誠様、夕食になさいますか、お風呂になさいますか?』

「風呂に入る」


風呂から上がって台所へ行くと、そこに犬がいた。


「モモヨ! この犬は……」

『先ほど、玄関の前に座っておりました。誠様が連れてこられたんですよね。迷子チップが抜かれていました。おそらく捨てられたのでしょう』


すごいな、モモヨは。なんでも分かってしまうようだ。犬まで手懐けてしまった。

犬はモモヨにすっかり懐いて、餌をねだっている。


――犬のくせに、生き物の気配が分からないのか。ロボットだぞ、こいつは。


理不尽な怒りだとは分かっているが、どうにもこのやりきれなさが抜けない。

俺がわがままなのか。


ロボに変わったときはモモヨを惜しんだが、いざモモヨが復活すると、ロボを恋しく思ってしまう。

あれはあれで良かった。

横柄な口調も、融通が利かないところも、慣れればうまく付き合っていけた。


犬を風呂に入れて綺麗にしながら、自分のあまのじゃくな気持ちに呆れてしまった。


「お前に名前を付けないとな。本当の名前があるんだろうが、俺は知らないから……」


モモヨは、保健所に迷子犬の届け出がないかも確認していた。やはり、この犬は捨て犬のようだった。

首のあたりに小さな傷が見つかり、そこに埋め込まれていたチップが、すでにないことも分かった。


犬には、バディーと名前を付けた。

俺が「バ……」と言うが早いか、「ワン」と吠える。


「前の名前……『バ』から始まる名前だったのかな」


バディーを洗っていると、ところどころに小さな傷が見つかった。

俺は、一瞬いやな気持ちになった。


もしかして、こいつ、いじめられていたのか?

「馬鹿犬」とか、呼ばれていたんじゃないのか?


バディーの毛をドライヤーで乾かしながら、いじめられていたのだとしても人間に媚びへつらうこの犬が、哀れになった。

丁寧に毛をくしでとかし、耳も綺麗に掃除してやった。


「明日、病院へ行って登録して、注射だぞ。大人しくしていられるか?」


バディーは首をかしげて、俺の言葉に聞き入っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。