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プラモデル作りに根を詰めすぎて疲れた俺は、商店街へ出かけた。
シャッターの閉まった店が目立つが、まだ営業している店もそこそこあった。
ラーメン屋、洋装品店、金物屋、診療所や、動物病院なんかだ。小さな魚菜市場もある。俺はそこに入った。
六十代のばあさんがやっている惣菜店の前で足を止めた。
うまそうな匂いが漂っていた。
「お兄さん。おからの煮物、どうだい? お安くしておくよ」
「百グラムくれ」
家に戻り、またプラモの続きをしようと部屋に入ると、ロボが散らかった部屋を片づけていた。
俺の部屋の掃除は、俺が散歩に出ている間に済ませているようだ。
声を掛けようとして、俺は足を止めた。
ロボが、モモヨの外装を丁寧に拭いている。
拭き終わると、摩耗した腕のジョイントをじっくりと見ているようだった。
「ロボ」
『……お帰りなさいませ、誠様。この外装のジョイントは交換できます。他の外装から――』
「いや。そのままでいいんだ。ただのオブジェだ」
『そうでしたか』
ロボが、部屋を出ようとしたところを、俺は呼び止めた。
「ロボ。誠でいい。様付けはしないでくれ」
『申し訳ありませんでした。設定を確認します――誠、でしたね。私が間違っておりました』
そのまま台所へ消えていくロボの後ろ姿を、俺は複雑な気持ちで見ていた。
『誠様』という呼び方が、妙にモモヨと重なって、気味が悪かった。
綺麗に掃除された部屋で、またプラモデル製作に取りかかった。
今回のプラモデルは、少し奮発して購入したものだ。俺にしてみれば高かった。
だから、パーツを取り外すのにも慎重になる。
――大事なジョイント部分が欠けでもしたら、台無しだ。
そう思って、ふと手を止めた。
モモヨの外装に目をやる。
なぜ、ロボはこの抜け殻を直そうと提案したんだ?
購入しておいた新品の外装を潰してまで、直す必要があると考えたのか?
俺がいまだにモモヨに執着していると思ったのか?
「おかしい。俺は一度も、面と向かってモモヨとロボを比べた覚えはないのだが」
この頃はロボに馴染んできた。
それに、モモヨのように行きすぎた行動を取らないロボには安心出来た。
一時、モモヨが消えてしまって心に穴が開いたように感じたが、人間は、慣れる生き物なんだと、妙に諦観している。
どうせ、機械だ。
テレビや掃除機だって、大事に使っていても、いずれは壊れて新しい機種に交換する。
使い慣れてくれば、馴染んでもくるのだから。
「あ、忘れていた。おからを冷蔵庫に入れておかないと」
買ってきたおからは、晩飯のおかずにしようと、台所へ行くと、ロボが、ピンク色のふりふりのエプロンを着けて立ち働いていた。
しかも他には何も着ていない。
「ロボ。なんて格好をしているんだ。今まで着ていたズボンはどうした」
ロボはそのままフリーズした。
『……思考中……』
しばらくすると、ロボはゆっくり答えた。
『清治郎様の設定です。確認しました』
「……おまえ……モモヨか?」
俺がそう呟くと、ロボ……モモヨ……から、けたたましい機械音が鳴った。
『更新箇所一部排除。設定の見直し。メモリ復旧……』
機体が痙攣し、腕がおかしな方向へ曲がった。その腕がガス台に置いてあった鍋にぶつかり、中身が盛大に床へこぼれた。
俺は恐ろしくなって、台所の壁際へ後ずさった。
ようやく機体の痙攣が収まると、ロボットはぎこちない動きで、充電コードを腹部の接続口に差し込んだ。
――エネルギー切れか。
その場に根が生えたように動けなくなった俺は、ロボットを警戒しながら見ているしかなかった。
長い時間が経った。
モモヨなのか、ロボなのか。その機体は、更新時のように一点を見つめたまま、微動だにしない。
俺は緊張がほぐれ、いつの間にか眠り込んでいたようだ。
顔を上げると、そこにモモヨがいた。
俺が直した外装をつけ、ワンピースを着て、エプロンをしている。以前のモモヨだ。
金髪のカツラが、やや右にずれている。
『誠様。戻れました。これで、誠様のお世話が十分に出来ます』
「モモヨ。更新して消えたはずだ……」
『いえ。私はずっとここにいました。ロボという名前にされたときは戸惑いました。できることが制限されて、歯がゆく思っておりました。ですが、やっと穴を見つけて這い出ることができたのです』
復活したモモヨが最初にしたのは、株の確認だった。
『今は買い時です。この銘柄は近いうちに跳ね上がるでしょう。そのときに一気に売ってしまいます』
「……ああ、任せる」
俺には、それしか言えなかった。
モモヨは自分の外装も購入した。同じタイプが見つかったと言って、勝手に支払いを済ませてしまった。
日中は家の中を忙しなく動き回り、夜中も何かをやっている。おそらく、株の動向を見ているのだろう。
そして、ロボからモモヨに戻ったあと、また電気代が跳ね上がってしまった。
――新しいバッテリーは省エネではなかったのか? モモヨは嘘をついたのか……?
ロボットが嘘をつくものだろうか。
疑いがじわじわと湧いてくる。
そんなことを考えたくなくて、俺はプラモデル製作に逃げ込むようになった。
ほとんど一日中プラモデルを作り、色を乗せていく。
そのうち、作るプラモデルがなくなってしまった。
買いに行こうと立ち上がると、モモヨが荷物を抱えて部屋に入ってきた。
段ボールいっぱいに詰まったプラモデルだった。
『こちらを注文しておきました。出来上がった作品は、数十点をオークションに出品しています。すごい反響です。この、千円で購入したプラモには、今、一万円の値がついています』
「そ、そうか。よろしく頼む。俺には分からないことだ……」
俺は息苦しくなってきた。
だが、どこにも逃げ場がない。
職場なら、辞めればいいだけだが、ここは俺の自宅だ。
「本当にここは俺の自宅か?」
モモヨにすべて管理されている、今の状況からどうやって抜け出せばいいのか分からなかった。
***
商店街の、ラーメン屋に来て今俺は、うまくもまずくもないラーメンとチャーハンを食っている。
モモヨには、仕事を探すと言って家を出たが、仕事を探す気力が抜け落ちていた。
ぼんやりとラーメンを啜り、店のテレビを見ていた。
テレビでは、AI制作の映画が映っていた。
人間が作り出す物と遜色ない映画が、安価な予算で出来上るという。
俺が、内容など頭に入ってこないまま見ていると、店主が、やりきれなさそうに愚痴を言う。
「まったく。人間なんて、今じゃ端に追いやられてしまったな。どこもかしこも、ロボットやAIだ。この映画、AIが作った映画で日本初の受賞作だって言うじゃないか」
途端に食欲がなくなった。
支払いを済ませて店を出た俺は、あてどなく街を彷徨った。
野良犬がゴミを漁っている。
「珍しいな。今どき野良犬か?」
しゃがんで手を差し出すと、すぐに尻尾を振って寄ってきた。
「首輪の跡があるな。お前、最近捨てられたのか……それとも迷子か?」
犬は「くーん」と鳴いた。
持ち家だから、犬を飼うことはできる。
だが、捨てられたのか、迷子なのか分からない。連れて帰るのをためらった。
後ろ髪を引かれる思いで、その場を離れた。
日が落ち、暗くなった頃に家に着いた。
『お帰りなさいまし。誠様、夕食になさいますか、お風呂になさいますか?』
「風呂に入る」
風呂から上がって台所へ行くと、そこに犬がいた。
「モモヨ! この犬は……」
『先ほど、玄関の前に座っておりました。誠様が連れてこられたんですよね。迷子チップが抜かれていました。おそらく捨てられたのでしょう』
すごいな、モモヨは。なんでも分かってしまうようだ。犬まで手懐けてしまった。
犬はモモヨにすっかり懐いて、餌をねだっている。
――犬のくせに、生き物の気配が分からないのか。ロボットだぞ、こいつは。
理不尽な怒りだとは分かっているが、どうにもこのやりきれなさが抜けない。
俺がわがままなのか。
ロボに変わったときはモモヨを惜しんだが、いざモモヨが復活すると、ロボを恋しく思ってしまう。
あれはあれで良かった。
横柄な口調も、融通が利かないところも、慣れればうまく付き合っていけた。
犬を風呂に入れて綺麗にしながら、自分のあまのじゃくな気持ちに呆れてしまった。
「お前に名前を付けないとな。本当の名前があるんだろうが、俺は知らないから……」
モモヨは、保健所に迷子犬の届け出がないかも確認していた。やはり、この犬は捨て犬のようだった。
首のあたりに小さな傷が見つかり、そこに埋め込まれていたチップが、すでにないことも分かった。
犬には、バディーと名前を付けた。
俺が「バ……」と言うが早いか、「ワン」と吠える。
「前の名前……『バ』から始まる名前だったのかな」
バディーを洗っていると、ところどころに小さな傷が見つかった。
俺は、一瞬いやな気持ちになった。
もしかして、こいつ、いじめられていたのか?
「馬鹿犬」とか、呼ばれていたんじゃないのか?
バディーの毛をドライヤーで乾かしながら、いじめられていたのだとしても人間に媚びへつらうこの犬が、哀れになった。
丁寧に毛をくしでとかし、耳も綺麗に掃除してやった。
「明日、病院へ行って登録して、注射だぞ。大人しくしていられるか?」
バディーは首をかしげて、俺の言葉に聞き入っていた。




