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携帯の着信音が鳴った。
画面を見ると、以前のバイト先の仲間からだった。
「なんだ、朗希」
「久し振り、小比類巻。今、何してる?」
加藤朗希。こいつは、以前のバイト先で問題を起こし、辞めさせられた奴だった。
特に親しくはなかったが、連絡先は交換していた。
今頃、何の用だ?
「バイトをしているぜ。お前は?」
「へ、へ、いいバイトがあってね。今は結構稼いでいる。お前もやってみないかと思ってさ。わざわざ声を掛けてやってるんだぜ。一回五万だ、やってみるか?」
怪しすぎるだろう。
俺は、当たり障りなく断る言い方を頭の中で探した。
以前、養護施設出身だと知られたとき、こいつに馬鹿にされたことがある。たぶん、怪しげな仕事に引き込んで、都合よく使い捨てるつもりなのだろう。
だが、俺はこういう手合いには慣れていた。
「今のバイト、結構気に入ってるんだ。辞める気はないし、変な仕事に手を出すつもりもない。朗希、お前も、そういうのから離れた方がいい」
「……」
通話が切れた。
言い方が、少し直球すぎたかもしれない。
アルバイトで生計を立てているせいか、俺のところには、こういう誘いが時々来る。
だから、なるべく人とは親しくしないようにしていたつもりだったが、結局こうなってしまう。
「携帯を変えるか……」
金はあるんだ。
使い古した傷だらけの携帯を見て、口をへの字に曲げた。
まだ使えるものを買い替えるだなんて、俺もたいそうなご身分になったもんだなと、薄笑いがこぼれた。
気付くと、ロボが俺の傍にじっと立っていた。
「あ? 何か用か?」
「ご主人様。今月の収支を知らせたいが、この家にある端末は、ご主人様の携帯だけだ。メールアドレスを教えてくれれば、そこに送るぜ」
今、これを交換しようと考えていたのに……一瞬、迷った。
「他のロボットはどうしているんだ?」
「普通はパソコンに、家計簿の形に整理して送る。パソコンの方が見やすいぞ。買うか?」
そうだな、安いのを買ってもいいかもな。
携帯の画面に長々と数字が並んでも、見づらいしな。
モモヨからは、こんな報告はなかった。金銭の管理を厳しく制限されたロボは、こうして報告するように更新されたのだろう。
「どんなのがいいかな。俺、パソコンなんて使わないんだけど」
「だったら、タブレットでいいんじゃね。携帯よりは見やすいぜ」
ロボは、まるで友達のようだ。
モモヨは、執事みたいだったが、ロボの話し方がそう感じさせるのだろう。
俺はふと、ロボに話し方を変えさせたらどうなるだろうと思った。
「ロボ。お前の乱暴な話し方は、俺に合わせた結果なんだろう。もっと丁寧な話し方に変更できるか?」
ウィーン……。
『変更の条件。話し方のカスタマイズ。候補を挙げます……』
まただよ。
友達みたいだと感じたそばから、無味乾燥な機械音が挟まる。
「なんで、こんな無意味な機械音になるんだ……」
すると、俺のつぶやきを拾ったロボが、答え始める。
『……二千三十一年。大幅な変更が行われました。AIに対するユーザーの過度の依存を回避するためです』
依存……そうか。そういうことだったのか。
どのロボットも、流暢に話せるはずなのにわざと人間から距離を取るように、機械音を挟む。
確かに、この音を聞くと、俺の気持ちは一気に離れる。
ロボは数種類の話し方を提示した。
『あたしはぁ、ロボよ♡』
『私は、ロボと言います』
『ロボ、だっちゃ』
『我が輩は、ロボである』
「……二番目の奴で……」
『かしこまりました。声色は男性、女性、機械音。どれになさいますか』
「そうだな……機械音にしてくれ」
その後、俺に対する呼び名を『誠』に変更した。
ロボは今、メタリックな外装を装着している。機械音の方がしっくりくる気がした。
『変更の保存……』
『誠。誠の部屋に、古い外装が置いてありました。あれを私がつけた方がいいですか?』
本当に、丁寧な話し方に変わった。これが女性の声だったら、モモヨだと勘違いしそうなほどだ。
だが、機械音に変更したことで、「これは機械だ」と自分で納得できるようになった。
これなら、質問への返答が機械音でも違和感はない。
「いや。あれはただ飾っているだけだ。貧乏性だから、ものを捨てられないんだ。ところで、携帯の番号だけ変更できるか、教えてくれ」
『番号の変更は可能です。現在の契約では、店頭手続きの場合は四千円台、オンライン手続きの場合は無料です。変更後は、各種認証の再設定が必要になります』
「面倒だな。お前が代わりにしてくれる?」
『番号変更の手続きは、誠自身が行う必要があります。ただし、必要な書類の準備や手続きの案内は、私ができます』
やっぱりな。
モモヨなら、たぶんできたはずだ。口座の開設も資産運用もしていたんだから。
更新で、きっちり制御されたんだな。
ロボに手伝ってもらいながら携帯の番号を変更して、ようやく一息ついた。
これで、以前の同僚からの連絡はなくなるはずだ。
今後は、親しくなっても簡単には番号を交換しないつもりだ。
人は嘘をつくし、信用できない。
今の俺にはロボがいる。
家族とも友達とも違うが、安心して生活を任せられるようになった。
タブレットは中古で間に合わせた。
ただ収支を見るだけのものだ。一万円ほどで買い、それをロボに持たせることにした。
タブレットを渡されたロボが、少し困ったような表情をしているように見えたのは、俺の勘違いだろう。
生活は快適に流れていく。
アルバイトを続けて二ヶ月経った頃、店長に言われた。
「小比類巻君は真面目だね。正社員になるかい? 君なら推薦してあげる」
俺は、その日のうちにバイトを辞めてきた。
自分でもよく分からない行動だ。
だが、高校を卒業して最初に入った会社でいじめに遭い、それからは一つところに居続けることが恐ろしくなった。
生活のために、嫌な場所にいなければならないことが苦痛になった。
「アルバイトでも十分生活できるじゃないか」
そう考えを切り替えてからは、何かあるごとに仕事を変えるようになった。
もし、ここに母親がいたら何と言っただろうか。
おそらく、苦虫を噛み潰したような顔で叱っただろう。
「誠。石の上にも三年よ。長く続けることが大事なのよ」
母の口癖だったが、今はそれを聞かずに済むことに、ほっとしている自分がいた。
俺は、今日の出来事や今の気持ちをロボにこぼしていた。
ロボは、他の家電と同じく、身じろぎ一つせず聞いていた。
やがて、俺の話が終わると、ゆっくりと意見を言った。
『誠は、まだ心の傷が塞がっていないようです。いつかそれが癒えたとき、また以前のように周りと打ち解けられるようになります』
「俺は、まだ最初の傷を引きずっていたんだな……」
『医学的に見て、おそらくトラウマが根強く残っているようです。心の傷が回復するには、時間が掛かると言われております』
ロボに言われて、ストンと腑に落ちた。
俺の傷はまだ、癒えていなかったんだな、と。
頼れる人が周りにいない。
友人だと思っていた奴に裏切られる。貸した金が戻ってこない。上司からは、ねちねちと嫌みを言われる。
そんなことが重なり、周りがすべて敵に見えてしまっていた。
ロボはこうも言った。
『人としての防御本能でしょう。誠には親も兄弟もいない。信じていた友人が、たまたま信用できない人間だった。十八歳の多感な青年には、辛いことでしたね』
この言葉で、俺の心の中にあった固い結び目が少しほどけた気がした。
俺は涙がにじみそうになるのを堪えて、強がりを言った。
「天涯孤独ってのは、案外身軽で、これも悪くはないさ。昔の俺は、くそがつくほど真面目すぎたんだ。いや……ピュアだったのかな。だが、今は強くなった。一人でも全然平気さ」
ロボは落ち着いた機械音で答えた。
『そうですね。強くなりました』
その日から俺はプラモデル作りに熱中した。
仕事はその内探すことにして、今は趣味に逃げることにした。
塗料が足りない。
モモヨの外装に使い切ってしまった。
この辺にはプラモデル関係の店はない。少し足を伸ばして二つ離れた街まで買いに行くしかないだろうか。
「ロボ。プラモデルの材料を扱う店を探索してくれ」
『畏まりました』
ロボは、塗料を通販で買えるサイトを探し出してくれた。
そこから数種類の塗料を取り寄せ、じっくりと色をつけていく。
これをしているときは無心になれる。
自分の好きな色を作り出して、どこにもない俺だけのプラモを作り上げていく。
小さくて安物のプラモデルが、俺にとっては唯一無二のものに変わっていくのを見ると、堪らなく興奮した。
『これを仕事になさればいいのでは。彩色を生業にしている方もいらっしゃるようです』
「え? そんな職業があるの?」
『はい。かつて、日本に有名な方がいらっしゃいました。世界各地から依頼があったそうです』
プラモデルは、今ではマイナーな趣味だ。
いまだにこんなことをやっている人は少ないだろうけど、自分が好きなことが仕事になるのは、いいかもしれない。
そうは思ったが、よく考えてみれば、俺ごときのセンスが受け入れられるとは思えない。
ロボがおべっかを使ったんだろう。
ロボは、たまに俺を元気づけるようなことを言うようになった。
「そういう設定なんだろうな。落ち込んだユーザーのケアか」
そう思うと、ロボとはあまり話したくなくなった。




