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数日後、俺はまたアルバイトを探すことにした。
働かなくてもいい身の上にはなっていた。けれど、はっきり言えば、家にいたくなかったのだ。
自分でモモヨに更新を指示したのに、別人格のようになったロボに馴染めない。顔を合わせるたび、どこか気まずさを覚えた。
「モモヨを殺してしまったような……この後ろめたさは、何なんだろうな」
隣の駅近くにあるフランチャイズの店に飛び込み、面接を受けると、あっさり採用が決まった。仕事は裏方だ。俺の性に合っているし、何より、まかないがうまそうだった。
「こればかり食っていたら太りそうだな」
そう思ったが、働いていたほうが気が紛れる。
一週間ほどして、仕事に出かけようとすると、玄関に大きな段ボールがおいてあるのが見えた。
なんだろうと思い中を開けて見ると、モモヨの外装だった。
以前のモモヨが、命を抜き取られてそこにいた。
虚ろな目がぼんやりと俺を見ている気がする。
俺は思わず、段ボールを抱えて自分の部屋へ運び込んでしまった。
アルバイト先には、体調が悪いと嘘をついて休みをもらった。
モモヨのへこんだ頬を撫でているうちに、自分でも直せるかもしれないと思った。
手先は器用なほうだ。プラモデルを組み立て、自分なりに色を塗って楽しむのが、俺の唯一の趣味だった。
以前住んでいたアパートから持ってきた荷物の半分は、プラモデル関係のものだ。
それが棚に整然と並んでいる。
モモヨが整理してくれた跡だった。
「ここに来てから、すっかり忘れていたな」
ぞうきんと工具を手に、モモヨの外装の傷んだところを少しずつ直していく。
顔は最後に回した。
ボディには、汚れや塗装のはげた箇所が多かった。
腕や足のジョイント部分は、特に摩耗が激しい。
二年の間、コマネズミのように立ち働いてきたモモヨの姿が、そこにあった。
もう使えないだろう。そう思いながらも、ゴミとして捨てる気にはなれなかった。
手入れを終えたボディーに布をかぶせ、顔に取りかかる。
へこんだ部分を裏側から慎重に押し出し、形を整えた。成形を終えた顔の、剥げた部分に塗料を重ねていく。
最後に窓を開け放ち、顔の外装全体にスプレーで塗装を施した。
見た目は新品同様になった。
だが、この外装を身につけて動き回るモモヨは、もういない。
俺は外装を部屋の片隅に座らせ、その向かいに腰を下ろした。
「モモヨ。お前がいなくなって……寂しいよ」
外はすっかり暗くなっていた。
翌日、俺はまたアルバイトへ行くことにした。ロボに夕食はいらないと伝えて出かけようとすると、呼び止められた。
「ご主人様。今月の光熱費の支払いはどうする?」
ロボが紙切れを手渡してきた。光熱費の請求書だった。
銀行引き落としにはなっていないのか?
「え? お前がいつもやっているようにしてくれ」
ウィーン、と機械音が響く。またかよ……。
『決済をロボットに委任してはいけません。保有者の権利を侵害することは許されておりません』
俺は銀行へ行き、光熱費の引き落とし手続きを確認した。
だが、すでに手続きは済んでいると言われ、戸惑った。
「どういうことなんだ?」
ありがたいことに、銀行の窓口にいたのは人間だった。俺は、親戚から譲り受けたお手伝いロボットが、これまで支払いを任されていたらしいと話した。
知りたかったことが、ここで分かるかもしれない。
「ああ、以前の所有者はロボットに任せていたんですね。今はできない統制型ロボットに変更されました。一年ほど前、半自律型ロボットが所有者に無断で口座を操作する事件がありまして……。お客様、もしかして、あの危険なロボットをまだお使いなんですか?」
「……いや、更新したから。もう大丈夫だ。そうか、確かにモモヨもやっていたな……」
「え?」
「いや、なんでもない」
アルバイト先で仕事をしながら、俺はロボのこれまでの言動を思い返していた。
「外装の支払いには、カードの暗証番号が必要だ。ご主人様がやってくれ」
「買い物してきた分のレシートだ。確認してくれ」
いちいちこんな調子で嫌気が差していたが、過去にロボットが起こした事件を受けて、行動に制限がかけられたのだろう。
ロボが見せた電気代の明細書には、請求額が三万円ほどと記されていた。以前は七万円だった。バッテリーを交換したおかげだろうか。
さすがに三分の一とまではいかなかったが、モモヨは嘘をついていなかった。
ロボが危険な存在ではないことは分かっている。家事を一通りこなし、買い物も問題なくしている。モモヨとの違いは、ほとんどないと言ってもいい。
それでも、俺はモモヨへの未練を断ち切れない。
一年ほど前の事件なら、過去の新聞を調べれば、もっと詳しいことが分かるかもしれない。
バイトが休みの日に、俺はもう一度図書館へ行った。今度はまっすぐ館内のパソコンに向かい、一年前の新聞記事を検索した。
「あった」
事件を起こした半自律型ロボットは、体の不自由な老人を介護していた。裕福な老人だった。
老人が亡くなったあと、親戚が遺産を分けようとしたところ、銀行口座から金が消えていたという。
記事には、ロボットの証言も載っていた。
『ユーザーのご希望です。ユーザーは「このお金は、介護してくれたロボットに残したい」とおっしゃいました』
ロボットは解体され、メモリーが解析された。その結果、ロボットが開設した送金先の口座がようやく見つかり、金は取り戻された。
この事件をきっかけに、半自律型ロボットの仕様も変更されることになった。
記事には、開発企業の担当者のコメントが載っていた。
『今後、半自律型ロボットの行動を厳しく制限します。あるいは、指示された範囲を超えて行動できない「統制型」へ切り替えることになります。統制型は、より安全なロボットと言えるでしょう』
大叔父は、この記事を見たに違いない。だからモモヨに、更新するなと指示したのだろう。
生活のすべてをモモヨに頼っていた大叔父には、行動を制限されれば不便になると分かったはずだ。何より、慣れ親しんだモモヨが変わってしまうのが嫌だったのだろう。
人間の意図を過大解釈してしまう、と言っていたモモヨ。
最新型のロボットを安物だと貶していたモモヨ。
確かに、半自律型のロボットは優秀すぎたのかもしれない。
ロボと接するうちに、モモヨの有能さが際立って見えてきた。だが何より違うのは、人に寄り添う姿勢だった。
解体されてしまったあのロボットも、金が欲しかったわけではないはずだ。ロボットが金をもらっても、使いようがない。
ただ、介護していた老人が安らかな気持ちで逝けるよう、気を配っただけではないのか。
記事を読み終えると、肩の力が抜けた。
「今更、どんなに調べても、意味はないな……」
モモヨはもう、どこにも存在しないのだから。
家に帰ると、メタリックボディーのロボが台所の椅子に座っていた。
一点を見つめたまま、じっと動かない。おそらく、更新中なのだろう。
俺は、つながれた電源コードを見つめていた。
これを途中で引き抜けば、エラーが起きて、モモヨに戻るのではないか。
一瞬、馬鹿な考えが頭をよぎった。だが俺はコンセントから目をそらし、自分のためにロボが作った夕食を食べ始めた。
きっちり一人分に計算されて作られた夕食。
焼き魚はいいとして、味噌汁や、ご飯。炒め物や酢の物から煮物まで、どうやればこんな芸当が出来るのか。俺にはさっぱりだ。
一人暮らしを始めた頃は、俺も自炊していた。だが、かえって材料を無駄にすることが多く、それからはバイト先でもらったものや、まかないで食事を済ませるようになった。
「一人分の食事を作るのって、結構大変なんだよな」
モモヨはどうしていたのか。ふと考えたが、俺は頭を振って、その考えを追い出した。
大叔父のおかげで、俺は専用のロボットを持つことができた。
天涯孤独の身でも、こうして世話を焼いてくれるロボットがいると、独りだという気がしない。
「ロボは、俺の家族みたいなものだな」
ロボットが一般家庭に浸透するには、まだ長い時間がかかる。
街中で見かけるロボットのほとんどは、清掃や事務、受付などの仕事を請け負っている。リースも普及し、使い捨てのように扱われているらしい。それでも、月々の維持費は馬鹿にならないはずだ。
「俺は、贅沢に慣らされていたのかもな」
モモヨのおかげで金の心配はしなくて済むし、生活の細々したことはロボがやってくれる。
俺は気楽にバイトをして稼いだ金で、今まで高くて買えなかったプラモデルまで買えるようになった。
「まるで親のすねかじりか、ニートみたいだ」
食事を終えた頃、ロボの更新も終わったようだ。
「お帰り、ご主人様」
「ああ。夕食、美味しかったよ。ところで、一人分の煮物ってどうやって作るんだ?」
「……それは、惣菜コーナーで買った。一人分だけ作ると食材が余って、かえって高くつくからな。まずかったか?」
「……いや」
俺がしんみりしていたのに、こいつ、ぶち壊してくれたな。




