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一応、弁護士に相談してみた。
相談料は一時間五千円ほど。意外に手頃だった。
「生前贈与の手続きはきちんと済んでいますから、問題ありませんね」
こんなことなら、びびってないで初めから相談すればよかった。
己の貧乏性が、うらめしい。
ただ、モモヨに言われたとおり、資産運用のことは話さなかった。相談に行く前、モモヨはこう言っていたのだ。
「税金も納めておりますから、問題ありません。AIに株価を予測させるのは、今では当たり前ですし」
俺は、アルバイト探しをしばらく見送ることにした。
生活費の心配はなくなったのだ。当初の予定どおり、ゆっくり過ごそう。
モモヨは自分で新しいバッテリーを取り寄せ、器用に交換している。
「バッテリーを外しても動けるのか?」
腹の中を覗き込みながら尋ねると、モモヨは「問題ありません」と答えた。
「補助バッテリーを内蔵しております。主バッテリーを交換したあと、そちらも交換します。今の機種にはない機能ですが」
今の機種は、簡単な作りの安物だとモモヨは言う。リース用の機種は、型が古くなればすぐに廃棄されるからだそうだ。
「現在も次々と新しい機種が開発されております。企業は生き残りに必死ですから、問題が起きればすぐに設定を見直し、更新しています」
更新。そういえば、モモヨも更新されるのだろうか。
尋ねると、モモヨは外装を取り付けてから俺に向き直った。
「私は清治郎様によって更新できないよう設定されており、この一年、アップデートされておりません」
「なぜだ。大叔父はなぜ、そんな馬鹿なことをしたんだ。技術の進歩についていけないAIなんて、使い物にならなくなるんじゃないのか」
モモヨはしばらく、フリーズしたかのように動きを止めた。この頃、こういうことがよくある。
古い機種だからだろうか。俺はふと、そう思った。
やがて、言葉を整理し終えたかのように、モモヨはすらすらと話し始めた。
「私と同じ初期型のロボットには、以前、問題が見つかりました。同型機はすべて回収され、購入者には代わりの機種が届けられたそうです。ですが、清治郎様は交換を望まれませんでした。更新によって私の人格まで変わってしまうことも、恐れておられたようです」
「問題ってなんだ!」
「……人間の意向を過大解釈してしまうことです」
めちゃくちゃ問題があるじゃないか。
確かに、モモヨにはその傾向がある。俺に断りもなく、俺の名義を使った。だが、そのおかげで、今は楽に暮らせている。
大叔父が俺に残した金は、もともと六千万円だったそうだ。それをモモヨが資産運用で増やした。
助かったのは事実だ。だが、次も俺のためになるとは限らない。これからモモヨが、俺に断りもなく何かをする可能性は十分にある。
「モモヨ」
「はい、誠様」
「更新できるように、設定を変えてくれないか。俺にはやり方が分からない。お前にできないなら、専門家を呼ぶ」
「承知しました。更新は私がします」
今さら機種の交換はできないだろう。そもそも、大叔父の遺言はモモヨの面倒を見ることだった。
これ以上問題を起こさないよう、こまめに更新してもらおう。
更新中、モモヨはコンセントにつながれたまま、ぴくりとも動かない。
もし、このコンセントを抜いたら不具合が起きるのだろうか。
台所の椅子に座り、一点を見つめたままのモモヨが気になって、俺は何度もそちらへ目を向けた。
「更新には時間がかかります」
そう言い残して椅子に座ったモモヨの、へこんだ顔を見る。
外装くらい、交換してやらないとな。三十万円なら安いもんだ。
携帯をいじって、モモヨに似合いそうな外装を探してみたが、初期型のモモヨに合うものが見つからない。
大きいロボットは百八十センチ、小さいものは百三十センチから百五十センチまで、外装の種類は豊富にある。なのに、なぜか百六十センチ用だけが売っていなかった。
「更新が終わったら、モモヨに聞いてみるか」
更新には丸一日かかった。
動き出したモモヨに、俺は外装の話を持ちかけた。
「おい、モモヨ。へこんだ顔、取り替えようぜ。俺が探しても見つからなかったんだ。お前が探して、買っておいてくれよ」
すると、モモヨの内部から、ウィーンという機械音が聞こえてきた。続いて、いつもとは違う、機械的な声が響く。
『外装についての質問……初期型の外装を探索中……中古品店で見つかりました……』
モモヨは俺に向き直った。
「見つかったぜ。買っていいんだよな、誠」
「……あ、ああ。中古なら安いんだろう。多めに買っておいてくれ」
「外装は一体分十万円。状態はSランク、ほとんど新品ってやつだ。三体分でいいか? 十体分売ってるぜ。獣人型、男性型、女性型、メタリックボディー……」
「もういいから、好きなのを五体分買っておけ。もう製造されていないみたいだからな」
「了解。太っ腹なご主人様だ」
俺は呆気にとられた。あまりにも変わりすぎている。
「モモヨ。前みたいな話し方には戻せないのか?」
すると、モモヨはまた機械的な声で答えた。
『私は、あなたの話し方に合わせています。以前の話し方に固定しますか?』
俺は答えなかった。話し方だけを元に戻しても、意味がない気がした。
取り返しのつかないことをしたような気分だった。
なんなんだ、この気持ちの悪さは。
モモヨは以前と同じように家事をこなし、買い物にも出かけている。けれど、話し方は変わってしまった。何か質問すると機械的な声で答え、普段は俺と打ち解けたように話す。以前より親しげなはずなのに、かえって距離を感じた。
まるで、ただの機械と話しているみたいだ。
いや、もともと機械だった。おかしいのは俺のほうか?
モモヨに質問する気になれず、俺は自分で調べることにした。滅多に行かない図書館へ足を運ぶ。
館内は閑散としていた。利用者は俺のほかに老人が数人。その人たちも長椅子で居眠りしている。
探している本の場所を聞こうと、受付へ向かった。
そこにいたのも、ロボットだった。
『いらっしゃいませ。市民証、運転免許証、またはマイナンバーカードをご提示ください』
「い、いや、本は借りない。ロボットに関する本がどこにあるか教えてくれ」
『かしこまりました。三―A通路の奥にございます』
教えられた場所には、ありとあらゆるロボットの本が並んでいた。俺は途方に暮れた。
「この中から、どうやって必要な情報を探せばいいんだ」
仕方なく手近な本を一冊抜き出してみたが、さっぱり意味が分からない。ロボットの機械工学を知りたいわけじゃない。
俺が知りたいのは、初期型ロボットに見つかった問題と、最近のロボットがどう変わってきたかだ。
しばらく本を探したが、目が疲れてしまった。
「諦めるしかないか……」
図書館を出ようとして、受付の前で足を止めた。そこにいるのは、百五十センチほどの女性型ロボットだ。
「すみません。あの……初期型ロボットと今のロボットの違いが分かる本はありますか?」
ウィーンという機械音がした。しばらくして、受付ロボットが答える。
『初期の半自律型AIロボットは、生産が終了しております。現在は統制型AIロボットが主流です。初期型について書かれた本は、当館にはございません』
まるで、問題をもみ消そうとしているみたいだ。それほど大きな問題だったのだろうか。
馬鹿な。ミステリー小説でもあるまいし。考えすぎだ。
ただ、以前のモモヨを思い返しても、危険だったとは思えない。確かに、俺に断りもなくあれこれやっていた。だが、今の統制型ロボットより、ずっと人間味があって親しみやすかった。
大叔父は、こうなることを予想して、モモヨの交換を断ったのだろうか。それとも、慣れ親しんだものを変えたくなかっただけなのか。
俺には、後者のように思える。八十歳を超えた大叔父が、ロボットの仕組みに詳しかったとは考えにくい。
そのおかげで、おそらく初期型のロボットは、モモヨだけが残った。
だが、そのモモヨも、俺の指示で更新してしまった。以前の口癖が、無性に恋しい。
『問題ありません。私がすべて片付けておきますので』
今のモモヨは、何をするにも俺に確認を取る。それが正しいのだろう……けれど、妙に安心できる『問題ありません』がもう聞けないと思うと、寂しかった。
家に戻ると、出迎えたモモヨの体はメタリックな外装に変わっていた。
「お帰り、誠。三時間前に届いたボディーを着けてみた。どうだ? 嫌ならほかのに替えるぞ」
「いや、そのままでいいよ。ところで、お前のことは、これから『ロボ』と呼ぶ」
ウィーンという機械音がした。
『設定完了しました』
俺は、ロボになったモモヨを見ていられなくなり、自分の部屋へ引っ込んだ。




