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『誠を連れて美香がここへ来たとき、わしはどん底だった。言い訳にしかならないが、あのときは誠を預かることがどうしてもできなかったのだ』


大叔父には、長年連れ添った奥さんがいた。子どものいない夫婦は仲が良かったそうだ。だが、妻がアルツハイマー病を患い、大叔父は介護に追われていた。心中まで思い詰めていたという。


金もかかった。家を抵当に入れ、妻の介護費用にあてていた。


そんなとき、俺の母親がやって来て、子どもの面倒を見てほしいと頼んだのだ。


「無理だ。どう考えても」


そう思うのは当然だと、俺は思った。あのときの冷たい言葉には、苦悩も混じっていたのだ。


母と俺を冷たく追い返したあと、しばらくして大叔父の妻は亡くなった。それから大叔父は懸命に働き、借金を返したという。


借金を返し終えると、急に美香の子どものことが気になり、連絡を取ろうとした。だが、美香はすでに亡くなり、俺も養護施設を出ていて、行方が分からなかったそうだ。


『三年前に……宝くじが当たった。初めのうちは、その金で自堕落な生活をしておった。だが、大金があると思うと、どうしようもなく不安になってな。誰とも親しくなれなくなってしまった。幸運のはずの金が、わしには神からの罰のように思えた』


そんなとき、素晴らしいロボットに出会えたと、大叔父は言った。金はある。すぐに購入した。


『ロボットに妻の名前を付けたのは、寂しかったからだ。モモヨは荒れ果てていた我が家を見違えるようにしてくれたし、話し相手にもなった。料理も、妻が作っていたものを教え込んだ。わしは作り方を少ししか覚えておらんかったが、味は覚えておったからな。モモヨはわしの話を聞きながら、その味を再現してくれたんじゃ』


残っていた調味料からも味を推測したのだと、後でモモヨが教えてくれた。


『誠のために金を残そうと考えたが、どうすればいいのか、わしには分からんかった。そこでモモヨに相談したんじゃ。すると、誠名義の銀行口座を作るよう提案してきた』


詳しいことは分からなかったが、どうやらこの金は、俺のために残してくれたらしい。


宝くじの当選金には税金がかからないと聞く。だが、大叔父が俺に残した金となれば、話は違うんじゃないか。


俺は後で弁護士に相談することに決め、モモヨには、それまで口座から金を使わないように言っておいた。


口座には五億円以上入っているという。貧乏暮らしをしてきた俺には、あまりに大きな額だった。気味が悪くて、手をつける気になれない。


仕方なく俺はモモヨに,自分の金を差し出した。十万円だ。


みみっちいと思われそうだが、これで当面の生活費を賄ってもらう。

モモヨは、いわゆる「お財布ロボット」だった。

電気代や水道代なども、すべてモモヨが管理していたようだ。


ところが数日後、モモヨに「お金が足りません」と言われた。


なんでだ。

たった一週間で、なぜ十万円がなくなる?

俺が一人で暮らしていたときは、アパートの家賃込みで一ヶ月は生活できた金額だ。


「先月の電気、水道、ガス、町会費。当面のお米代やその他諸々で、底をつきました。特に電気代が七万ほどかかっています」


俺には意味が分からなかった。何をどうすれば、電気代にそれほどかかるのか。


「持ち家だと、金がかかるのだろうか?」


とにかく、今は、アルバイト先を探すことにした。

幸い商店街が近くにある。

食堂で働けば食費は浮く。


そんなことを算段しながら、俺は職を探しに商店街へやってきた。


「ずいぶん寂れているな」


店の三分の一ほどは、シャッターが下りていた。


この商店街には、あの弁護士の事務所もある。三階建ての小さなビルの二階だ。


だが、相談にいくらかかるのか分からない。


預金は三百万円ほどある。払えなくはないだろうが、昔からの貧乏性で、事務所に入るのをためらってしまった。


腹が減って、匂いに誘われるままラーメン屋に入った。

俺にしては贅沢な外食だ。だが、頭の隅で「五億円」の文字がちらついていた。


「親父。塩ラーメンと餃子」

「あいよ。お客さん、見ない顔だね」

「ああ、最近引っ越してきた。ここら辺でアルバイトの求人はないか?」

「ないね。見れば分かるだろう。こんな商店街なんざぁ、いつ消えるかも分からねぇ」


うまくもまずくもないラーメンをすすり、勘定を置いて店を出た。

俺はがっくりと肩を落とす。


「他の街まで行って探すしかないな」


家へ帰る道すがら、あの家の電気代が妙に高かったことを考え続けた。

北国なら、融雪設備でもあればそれくらいかかることもあるのかもしれない。だが、ここはそうじゃない。季節もまだ秋だ。

エアコンはたまにしか使っていないし、家電だってそれほど動かした覚えはない。


「……モモヨか。あいつ、相当電気を食うんじゃないか?」


***


家に着くなり、俺はモモヨを問いただした。


「お前、一か月にどれだけ電気を食うんだ?」


「月によってまちまちです。少ない月で四万円弱、多い月には九万円ほど――」


「なんだと! めちゃくちゃ燃費が悪いじゃねぇか。ロボットがそんなに電気を食うなんて聞いたことねぇぞ」


モモヨは申し訳なさそうな声で答えた。


「私の内蔵バッテリーは、すでに交換時期を迎えています。新型のバッテリーに交換すれば、電気代は三分の一程度に抑えられる……かもしれません」


かもしれない、ということは、そうならない可能性もあるんじゃないのか。


俺はモモヨを睨みつけた。


初期のAIは、ハルシネーションを起こしたと聞く。分からないことまで、もっともらしく答えてしまうのだ。

今はそういうことも減っている。だが、こいつは初期型だ。

俺の頭の中では、毎月の電気代と、バッテリーを交換した場合の差額が、ぐるぐると回っていた。


いや、待てよ。

こいつをスクラップにしてしまえば、そもそもの問題が片付くんじゃないか。

俺がモモヨをじっと見つめると、ロボットの体が一瞬ぴくりと動いた。


そのとき、モモヨはまるで人格が入れ替わったかのような声で、まくし立てた。


「バッテリー交換を業者に頼めば工賃がかかりますが、私なら自分でできます。バッテリー代は二十万円。業者に頼んだ場合の工賃は十万円。現在のバッテリーの寿命は二年。新型なら五年。効率を考えれば――」


「やめろ。一体お前は誰だ?」


モモヨの声が、いつもの女性の声に戻った。


「モモヨです」


俺の背筋が凍った。

便利なお手伝いロボットが、まるで未知の生物のように感じられた。


だが、こいつをスクラップにすれば、大叔父の遺言に背くことになる。そうなれば、この家にも住めなくなるのではないか。


かといって、こいつの電気代は高すぎる。


「お前、しばらく電気を使うな。何もしなくていいから……」


「お金をご心配でしたら、問題ありません。誠様の口座には、ちゃんとお金が入っております」


「だから、それが問題なんだ。くそっ、弁護士費用もかさみそうだ」


モモヨは首をかしげた。

何かを考えているようなそぶりだった。

俺はモモヨから半歩後ずさり、その様子をうかがった。


「弁護士は、今は必要ないと思われます。もしかして誠様は、相続税のご心配をなさっているのではありませんか。でしたら、その点はご心配なく。すでに生前贈与の手続きは済んでおり、納税も完了しています。ですから、口座に入っているお金は誠様のものです」


本当だろうか。五億もの金が、税金を払ったあとに残っている。いったい大叔父は、どれだけの宝くじを当てたんだ。


詳しい知識のない俺でも、生前贈与や相続となれば、かなりの税金がかかることくらいは分かる。半分近く持っていかれるんじゃないのか。


仮に十億円当てていたとしても、ロボットの購入費やこれまでの生活費で、金は減っているはずだ。それで五億円も残るものなのか。


税金が安く済むよう、何かうまく調整したのだろうか。


「誠様。お疑いになるお気持ちはお察しします。実は、清治郎様からお金の運用を任されておりました。誠様のお名前を使って運用していたことは、私の判断です。事後報告となり、申し訳ありません」


俺は口を開けたまま、しばらく何も言えなかった。

――こんなに簡単に、俺になりすますことができるものなのか……。

そのあとも、経緯を語るモモヨをぼんやり眺めているしかなかった。


「誠様の個人番号は、清治郎様が控えておられましたので、税の手続きに必要な情報はそろっておりました。美香様が、誠様をお預けになる際に、お持ちだった書類のコピーから確認できたのです」


母は俺を大叔父に預けるつもりで、俺に関する書類をひと通り持ってきていたらしい。

不治の病を抱えた母が、どんな思いで準備したのか。想像すると胸が詰まる。


母は優しかったが、俺を厳しく育てた。

俺の吝嗇も、母譲りだ。常に生活を切り詰める母の姿は俺にとって、生きる指針だった。

女手一つで働きながら、ずっと自分が死んだあとのことを心配していたのだろう。

大叔父に無下に断られてからは、いくつもの施設を回ったという。養護施設への手続きまで済ませていたのだから。

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