1 前編
大叔父が死んだ。
身内は俺だけだということで、喪主は俺が務めることになった。
親戚づきあいなど、まるでないまま生きてきた俺にとって、大叔父は一度会ったきりの相手だ。
それでも弁護士から名指しで呼び出され、遺産もあると言われれば、断る理由はなかった。俺はあっさりと話に乗った。
俺は父親を知らない。
母は一人で俺を産み、育てた。その母も十年前に死んだ。
当時十二歳だった俺は、養護施設に預けられた。そこで十八歳になるまで過ごし、今は一人で暮らしている。
大叔父の家には、小学生の頃、母に連れられて来たことがある。その一度きりだから、住所はうろ覚えだった。
あの頃から、母は具合が悪そうだった。おそらく死期を悟り、大叔父に俺を託そうとしたのだろう。
だが、大叔父はすげなく断った。あの時の言葉を、俺は鮮明に覚えている。
「お前が勝手に産んだ子どもの面倒など、見るいわれはない」
当時は、こんなじじいは嫌いだと思った。大叔父に預けられずに済んで、ほっとしたものだった。
弁護士に渡された住所を頼りに、携帯の地図アプリと照らし合わせて、ようやく家を見つけた。
その家は、家々がごちゃごちゃと並ぶ細い路地に、こじんまりと建っていた。
「建坪は三十坪くらいか……一人暮らしには十分だな」
小さな庭がある、四十年は経っていそうな木造平屋建ての古い家だった。
大叔父が一人で住んでいたこの場所は、駅からのアクセスも良く、商店街も近くにあって生活するには文句ない。
俺は、今住んでいるアパートは引き払おうと心に決めた。
弁護士から、大叔父は一年前から寝たきりだったと聞かされても何の感慨もない。
親戚といっても、俺にとっては赤の他人のようなものだ。
線香を上げに来たのは、近所の住人が四人と、商店街に事務所を抱える弁護士だけだった。
「清治郎さんは、人付き合いが悪くてねぇ。回覧板も要らないって言うし、まったく偏屈な人だったわ」
近所のお節介なばあさんに、そんなことを言われた俺は、ただ「そうでしたか」としか答えられない。
大叔父は荼毘に付され、遺骨になった。
先祖の墓に納め、墓の前に手を合わせ、お坊さんにお経を上げてもらっておしまいだった。
墓所から戻り、ようやく遺産の話になった。
弁護士は書類をガサガサめくりながら、説明し始めた。
俺が相続するのは、この家と初期モデルの半自律型AI搭載ロボットだった。
「現金はほとんど残っていません。佐藤清治郎さんは、これらを唯一の親族であるあなたに相続してほしいと、遺言に残されていました。小比類巻誠さん。この初期型ロボットは、いまでは旧式ですが、当時は三千万円で購入されたそうです」
「さっ、三千万……」
思わず変な声が出た。
「近所に住む私が弁護士だと知った清治郎さんから、二ヶ月前にこの書類を作るように依頼を受けました。このロボット――「モモヨ」の面倒を見てもらいたい。それが、清治郎さんのたっての願いです」
そのとき、ことりと音がして、湯のみが座卓に置かれた。
俺ははじめて、そこにいたロボットをまともに見た。
随分薄汚れたロボットだった。
外装は所々色が剥げ落ち、顔に当たる部分もややへこんでいる。
マネキンのような見た目で、金髪のカツラをかぶっていた。妙にふりふりのピンクのエプロンまでしている。
お茶を置き、くるりと振り返って台所に戻っていく。その後ろ姿を見て、俺は思わず目を逸らした。
「な、なんなんですか。裸のまま……」
「清治郎さんのご趣味……ぐふっ……いえ、失礼しました。外装を交換すれば、綺麗になります。三十万ほどかかるそうですが」
弁護士は、気の毒そうな顔で続けた。
「当時は高額だったのでしょうが、今はもっと高性能な機種をリースで使える時代です。ですから、このロボットの価値はかなり下がっています。売却しても、評価額は百万円ほどでしょうか」
たしかにそんなものだ。
初期型が出たと思ったら、半年後にはもう次の型が出る。そんな調子で新型が続き、二年も経てば旧式扱いだ。
AI搭載ロボットが出た当初は、話題を呼んだが、高額なロボットを買える人間は限られていた。
だが、今では、どこでもロボットが使われている。
月々の使用料を払えば、いつでも新しい機種に交換でき、メンテナンスもしてもらえるようになってきた。
大叔父が勢いで購入したのだろう。この機体は、いまでは実用品としての価値は、目減りしてしまったのだ。
残っているのは、部品取りの値段と、初期型だという物珍しさくらいのものだろう。
弁護士が去り、俺は「モモヨ」とこの家に残された。
ロボットから目をそらしたまま、家の中を見て回る。
きちんと片付いていて、思ったより居心地が良さそうだ。年寄りの家は物があふれがちだと聞くが、ここは違う。モモヨが片付けていたのだろう。
「介護もしていたらしいしな。あの顔のへこみ、大叔父の野郎がやったのかもな。最後の頃は、半分呆けかかっていたらしいし」
一旦、自分のアパートに戻り、荷物を運び込むことにする。
アパートを引き払う手続きがいるし、少ない荷物も、運送屋に頼まなければならないだろう。
俺が、家を出ようとすると、モモヨが付いてくる。
「っあんだよ。お前はここにいろ。すぐに戻ってくるからさ」
「承知しました。お帰りをお待ちしております」
駅で電車を待ちながら、これからの暮らしを思い描く。
モモヨに家事を任せれば、しばらくのんびりできる。その間に、次の仕事を探せばいい。
今までは、職を転々としてきた。焼き鳥屋の店員、とび職の手伝い、スーパーの裏方。どれもアルバイトだった。
この前まではホストをやっていた。稼げると思ったのだが、下っ端はそうもいかない。人に媚びるのが苦手な俺には向かず、一か月で辞めた。
蓄えは少しある。生活に金をかけないのが俺のモットーだった。
人と飲みに行くこともないし、他人におごるなどもってのほか。ケチだと言われるが、外食なんて一年に一度あるかないかだ。
まとまってかかるのはアパートの家賃くらい。酒も煙草もやらず、食事はアルバイト先のまかないで済ませていた。服も数着を着回している。
「これからは家賃がかからないから、結構楽になるな」
アパートに戻り、小さな部屋を見回した。
大きなボストンバッグに必要なものを詰め込んでから、冷蔵庫などの家電に目をやる。大叔父の家には真新しい家電が一通りそろっていた。
「運送屋の手配は要らないな」
家電の処分は大家に頼み、アパートの解約手続きも済ませた。これで引っ越しは終わりだ。
大叔父の家に帰ると、玄関でじっと立っていたモモヨと目が合った。
「お帰りなさいませ。お食事の用意ができております。先にお風呂になさいますか?」
「……風呂に入る」
「かしこまりました。お荷物の整理をいたします」
そう言ってモモヨは俺からボストンバッグを受け取り、軽々と持ち上げた。結構重いバッグなのに、片手で持っている。俺は呆気にとられて、その様子を見ていた。
「さすが……ロボット」
見た目は百六十センチほどの細身の機体だ。外装が女性型なので、つい、か弱い女性のように見えてしまう。
モモヨは買い物に出かけるときだけ、服を着ていた。俺が家でも着るように言うと、
「清治郎様のご指示を書き換えます」
と言って、それからは普段も服を着るようになった。持っている服は、俺のものより種類も数も豊富だった。
モモヨとの生活が一週間ほど経った頃、俺は今まで気にも留めていなかったことに思い至った。
その日の夕飯は、すき焼きだった。今まで食べたこともない高級な和牛だ。
ほとんど食べ終えたところで、ようやくおかしいと気づいた。
「おい、モモヨ」
「はい、誠様」
「今までの食費、どうしてたんだ。まさか、俺のクレジットカードで……」
「いえ、誠様のカードは、まだ私には使えません。清治郎様からお預かりしている口座から支払っております」
おかしい。弁護士は、現金はほとんど残っていないと言っていたはずだ。わずかに残っていた金も、葬式などの費用で使い切った。
大叔父は、どうやって金を残したんだ?
家とロボットを合わせても、相続税がかかる額ではないと弁護士から聞いている。だが、ほかにも金が残っていたなら話は別だ。もし別に財産があったのなら、後から税金を請求されるかもしれない。
俺は箸を落とした。
「モモヨ! その金、申告は済ませたのか!」
「この口座は清治郎様の名義ではございません。誠様の名義になっております」
モモヨはおもむろに俺の前に正座した。カチリ、と小さな音がする。
次に口を開いたモモヨは、大叔父の声で話し始めた。
『……もう話してもいいのか、モモヨ。ああ、うっほん。これを誠が聞いているということは、わしはもう死んだんだな……。いや、誰も聞いておらんかもしれんが。とにかく、誠が聞いてくれていると信じて話す




