15
俺は、いつの間にかロボット修理工場の主になっていた。
ネットには広告が載り、工場のホームページも作られている。
それからは、問い合わせの電話がひっきりなしに鳴るようになった。
実際の仕事はシンが差配し、モモヨは細かな事務をこなす傍ら、俺の世話をしている。
以前のように、掃除も洗濯も料理もこなしてくれる。バディーは、またモモヨのあとをついて回るようになっていた。
俺はと言えば、相変わらずプラモを作っている。
ロビンが失敗したパーツを直しながら、ロビンに愚痴をこぼす毎日だった。
「なんで、俺が工場主なんだ。一つも仕事の手伝いなんかしていないのに」
『誠、ちゃんと仕事してるよ』
「いや、プラモじゃなくって……お前に言っても分からないよな」
ロビンを見ながら、俺はこの頃、考えることがある。
これくらいがちょうどいいな、ロボットは。
話し相手になってくれたり、ちょっとした手伝いをしてくれたりする。
あまりにも出来すぎると、こっちの肩身が狭くなってくる。
そう愚痴はこぼすが、この生活が嫌なわけではなかった。
モモヨは頼りになる母親みたいだし、シンはどっしりと落ち着いた親父のように感じる。
家族との縁が薄かった俺にとって、初めて味わう暮らしの安心感が、ここにはあった。
シンは畑を潰し、そこに新しい倉庫を造っている。
これまでの倉庫はロボットのパーツでいっぱいになり、統制型ロボットの保管場所がなくなってしまったからだ。
消費電力も増えたため、電柱にトランスを設置してもらったようだ。
そうして工場は繁盛していくが、俺にはまったく内情が分からない。
定期的に、シンとモモヨからは帳簿を見せられるが、帳簿の見方もよく分からない俺では、ただ頷くことしか出来ない。
そして今日、何やら、大きな機械も導入され始めた。
「一体……今度は何をおっぱじめるつもりなんだ?」
シンに尋ねると、得意そうに腕組みをして答える。
「新しいロボットを造る。まずは試作品を作ってみようと、モモヨと相談して決めた」
そんなことが出来るものなのか?
ロボット産業は巨大だ。精密機器を扱うには、相当な設備がいるのではないだろうか。
「シン……」
「何だ、誠」
「違法ではないんだよな」
「馬鹿なことを。ロボット製造はちゃんとした仕事だ。何を心配している」
「統制型ロボットの修理だけでいいじゃないか。十分だろう?」
「いや、今後、統制型は消えていく。そうなれば、この工場も必要なくなる。その時、誠が困らないように、モモヨが考え出した仕事だ。安心して任せろ」
ロボットの修理は他の統制型に任せ、シンとモモヨは研究室に籠もるようになった。
『誠様。これからしばらくは、身の回りのお世話を、こちらの整備済みの統制型ロボットに任せます。申し訳ありません』
モモヨの傍には、百五十センチタイプの統制型ロボットが立っていた。
以前、モモヨの代わりに来た0675-Qによく似ていた。
だから俺は、このロボットを「キュウチャン」と呼んでいる。
ロボットに名前も付けず、型番号で呼んでいた以前の俺は、嫌な奴だった。
罪滅ぼしも兼ねて付けた名前だが、格好いい名前とは言えないな。
キュウチャンは、産廃業者が持ってきた廃品の中に埋もれていた。
百五十センチタイプは、百八十センチタイプや百三十センチタイプよりも、やれることが多い機種だった。
そのため人気があり、値段も高く設定されていた。
お手伝いロボットとして働いたり、受付を務めたりする姿を、あちこちでよく見かけたものだ。
以前の0675-Qとキュウチャンは、まったく違った。
キュウチャンの方が、出来ることが多い気がするのだ。
モモヨの作る料理も、完璧に再現しているようだ。
何か聞いても、声が機械音に変わることもない。
「キュウチャンって、性能のいいロボットだったんだな」
『いえ、設定が変更され、出来ることが増えました。ただ、元々の容量が少ないため、不要な情報や設定は削除されています』
買い物に関する設定や、不要な対話の情報が削除されたという。
「シンか……シンが設定を変えたんだな」
『はい。お陰で、ユーザー……誠様のお好きな料理が作れるようになっています』
話し方を変えるようなカスタマイズも出来なくなったようだが、不便は感じなかった。
モモヨとシンは、ずっと研究室に籠もりっぱなしだ。
充電も研究室でしているため、姿を見かけることはめっきり減ってしまった。
仕方なく、俺はロビンと一緒にバディーの散歩に出かける。
少し足を伸ばせば、農地が広がる開けた場所に出る。
そこでは田吾作が、隣家のじいさんと一緒に作業をしていた。
俺の畑は潰されてしまったので、田吾作は隣家に譲った。
じいさんは恐縮しきりで、採れた野菜を持ってきてくれる。
「こんなことしか出来なくて、申し訳ない。年寄り二人でやってる農家には、金がない」
「気にすんなって。俺のところには畑がなくなっちまったし、田吾作の調子が悪くなったら、すぐ連れてくればいい。格安で直してやる」
「ははは、修理代くらい、ちゃんと払えるさ」
「裏山でバディーを放して遊ばせたいんだけど、いいか?」
「ああ、自由に遊ばせてやれ」
家に戻ると、ロボット会社の営業担当の小村が来ていた。
何か注文していたのだろうか。
「ご不在のようでしたので、出直すつもりでした。お会いできて良かったです」
「何か注文していたか?」
「いえ、ファーの新しい規約が出来上がりましたので、お客様を回っております。かなり変更がありましたので、ご説明した方がよいかと思いまして」
ネットにも載せているらしいから、確認すれば済む話だが、高価な機体を二台も買った俺は、お得意様扱いなのだろうか。
新しい規約では、ロボットの基板が損傷した際、詳しい調査を行うことになったという。
ロボットに不正を働かせようとしたことが判明すれば、刑事罰が科されるようにもなったそうだ。
そのための法整備には、時間が掛かったらしい。
「ずいぶんきびしくなったんだな。もし、手違いや、思いがけない事故で基板が壊れた場合はどうなる?」
「それはご心配ないかと。メモリーを調べればすぐに分かります。その際は、状況に応じて基板は新しい物と交換いたします。もちろん無料ですが、それも二回までとなりました」
基板が不慮の事故で壊れることも、今後あるかもしれない。
小村によると、そういう事故はたまにあるという。
機械なのだから、壊れることは確かにあるのだろう。
モモヨたちが機械なのだと、今、はっきり認識した途端、まるで足元の地面がなくなるような錯覚を覚えた。
この生活は、偽物の家族とのごっこ遊びだ。
両親が揃った幸せな家庭――いつの間にか、そう思い込んでいたようだ。
機械は壊れる。人だって、突然死ぬ。
俺の母親のように……。
それからの俺は、必要以上にロボットに思いを寄せまいと、心に誓った。
――あんな思いは、二度とごめんだ。
俺はまだ、独り立ちできていなかったようだ。誰かと親しくならないようにしていたのは、心のどこかで、失う辛さを避けようとしていたからだろう。
親しくなれば、それだけ、いなくなったときの傷は深くなる。
それから二ヶ月ほど経った頃、モモヨとシンが試作品を持って研究室から出てきた。
俺の前に、一辺が五センチほどの小さな金属の立方体を差し出した。
「これは?」
『新しいロボットの基板です。これからボディーを作っていきますが、それは簡単にできます。これが一番大事な、ロボットの中枢ユニットです』
ボディーは外注するという。
ここにはボディーの製造設備がなく、新素材のスキンを仕入れる伝手もないためだそうだ。
『新しいロボットは、顔の表情も変えることが出来ます』
「それはすごいな。でも、出来上がったロボットはどうやって販売する? それに、今あるロボット会社にすぐに真似されたら、元も子もないじゃないか」
『大丈夫です。このユニットは、分解しようとすると発火して、内部が燃え尽きます。解析は不可能です』
「……安全性は? 半自律型は、問題があったんだろう。これは完全自律型なのか?」
「それは完全自律型と似たような仕組みだ。わしが作ったからな。外からは操作できないようになっているし、ウイルスも排除する」
「ウイルス? そんなこともあるのか?」
「ああ、たまにな。わしは毎日気を付けて排除している。それをしないと誤作動を起こす。たまに発火する機体があるが、その半分ほどはウイルス感染が原因だ。サイバー攻撃によるものだな」
「さ、サイバー攻撃って何だ。戦争みたいだな」
「ネットを通じてシステムに侵入し、誤作動を起こさせたりすることだ。第三国が主導していると考えられているが、犯罪組織もやっている。AIロボットはネット上から知識を得る性質上、どうしても危険にさらされる。それを防ぐシステムを、わしとモモヨが作り出したんだ」
すごいものを作ったんだな。
これはロボット会社が……いや、世界が欲しがるだろう。
こんなものを、この小さな田舎の工場で作っても、すぐに工場ごと買収されてしまうのが落ちではないか。
世の中、そう簡単には事が運ばないだろうと、俺は思った。
モモヨたちは、俺のためにこれを作ったというが、俺は金持ちになりたいとは思っていない。
いや、金はもう十分持っている。これ以上は必要ない。
――こんな物を世に出したら、狙われる。俺は平穏に生きていければ、それでいいのに。
だから、俺はモモヨたちに言った。
「これは、ロボット会社に売る」
「……それもいいかもな。高く買い取ってもらえるだろう」
シンはすぐに納得したが、モモヨは違った。
『売るのは構いませんが、この工場でも製造を続けられるよう、私が契約書を作っておきます』
「なぜそんなことをする? 俺は、金はこれ以上必要ないと言っている。なぜ分かってもらえないんだ!」
俺は、ロボットたちと静かに、平穏に暮らしていければそれでいいと、モモヨを説得しようとした。
だがモモヨは、俺の話が終わるや否や、理詰めで反論してきた。
『誠様。この先何年一緒にいられるとお考えですか? ロボットの寿命は短いと分かっておりますよね。普通の家電とほとんど変わりません。メンテナンスをして大事に使っても、せいぜい十年か十五年です。
ですが、そこまで使ってもらえるロボットはほとんどありません。二、三年で機種変更され、すぐに廃棄されてしまいます。そんな状況は、自然環境にとっても、世界の資源にとっても不合理です。それを今後、変えていかなければなりません。長持ちするロボットを、私たちは作り上げたんです』
その後、シンまでもが俺に進言してきた。
人間に任せてしまえば、また同じことになるだろう。犯罪はすべて人間が起こす。だからAIが作り上げたこの仕組みは人間には知らせてはならない。このロボットは、ロボットの手で作り上げるべきだと。
「誠。わしらは、このロボットの創造主なんだ」
「……」
同じスキンを身にまとった二体のロボットは、見ただけでは区別がつかなかった。




