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引っ越すか、どうしようかと悩むうちに春が来た。
「今年いっぱいで、田吾作のサービスは終わるんだよな……」
充電中の田吾作を見ながら、俺は考えていた。
統制型AIロボットの無料サービスが終わっても、有料なら引き受けてもらえるだろう。
この無料サービスは、モモヨを明け渡したときの条件だった。
会社だって、いつまでもこんな不毛な取り決めに縛られたくはないはずだ。
モモヨが勝手に結んだ契約だが、俺がサインしたことになっている。詳しい事情を知らぬまま今まで来たが、統制型がなくなれば、契約も自然消滅するのではないか。
聞いてみたいが、自分で結んだことになっている契約について、今さら尋ねるのは後ろめたかった。
モモヨのメモリーを調べれば分かるのだろうが、そのやり方さえ俺は知らない。
――情けないな。
充電が終わり、起動した田吾作に試しに聞いてみた。
「おい。お前の契約がどうなっているか、分かるか?」
ウイーン……。
『契約内容……詳細を検索中……』
『契約は、この機種のサポートが終了するまで有効です。代替機の提供、メンテナンスなどのサービスも、その時点で終了します』
サポートはいつまでかと聞いても、『現時点では、詳しい資料は見つかりませんでした』と返ってきた。
古い家電でも、七年くらいはサポートしてもらえるはずだ。だから、有料ならメンテナンスをしてくれると踏んでいた俺は、がっくりと肩を落とした。
田吾作に聞いても、詳しいことは分からない。
結局、営業の言うとおりなのかもしれない。今年いっぱいで、融通の利かないロボットは、この世の中からいなくなるんだろう。
ぼんやりとテレビを見ていると、最新型AIロボットの特集が始まった。
ロボットの生産工場が映し出され、何百台もの新型ロボットが、生産ラインで次々と組み上げられていく。
完成したロボットが顧客の手に届くまでを追った映像だった。
実際に購入した客の感想も紹介されていた。
「すごいよ、これは。教え込めば、何にだってなってしまうんだ。試しに『パソコンの組み立てを学べ』と言ってみたら、自分で勝手に学習し始めるんだから。びっくりしたよ」
その言葉を聞いて俺はテレビにかじりついた。
もう一人の顧客は、刀鍛冶だった。
「弟子だな。『翔太』は私の弟子だ。ロボットが刀鍛冶になる時代なんだなぁ」
新型のロボットなら、田吾作のメンテナンスをしてくれるかもしれない。
AIの基板は無理だとしても、ロボットの可動部分なら修理できるのではないか。
以前、モモヨだって自分でバッテリーを交換していたくらいだ。
「できるな!」
希望が湧いてきた。ここから引っ越さなくても、このまま暮らしていけばいい。
今まで何を悩んでいたのかと、馬鹿らしくなってきた。
田吾作は、そう長くは動けないかもしれない。それでも、動くうちは使い続けたい。
それが貧乏性から来るものなのか、執着なのかは分からないが、使えるものを捨てる気にはどうしてもなれない。
ボロボロの携帯をいまだに使っている俺は、そういう性分なのだと、無理やり納得した。
営業を呼んで、新しいロボットを購入したいと言うと、驚かれた。
「小比類巻様。購入なさらなくても、契約上は交換するだけでいいんですよ。わずかな手数料で済みます。ただし、その後のメンテナンスは有料になります。今後はリースという形ではなくなりますので」
「いや、買う。田吾作は気に入っているんだ。このまま使うさ。値段が高いのは知っている。金はあるから、早く納入してくれ」
営業の男は、不思議なものを見るような目で俺を見た。
分かっちゃいるんだ。
新機種を安く手に入れられるのに、古い機種が気に入っているからと、わざわざ高い金を出してまで手元に残すなんて、理解できないんだろう。
だが、俺はこういう人間だ。
いや、違うな。人間なら、愛着が湧けば誰だってそうするさ。
新しいロボットが届いた。購入金額は七百万円だった。
「嘘だろう。モモヨは三千万円だった。こんなに安いのか……」
何気なく俺の口からこぼれた言葉に、営業の男は目をむいた。
「こ、小比類巻様。お安くはないですよ……量産品としては、結構高額です」
取説は、薄っぺらい紙切れ一枚だった。
営業がいなくなったあと、取説に従って電源を入れた。
すると、静かな起動音が鳴り、ロボットのおでこがふわりと光った。
「初期設定をしてください」
滑らかな音声が、ロボットから流れてきた。
取説によれば、名前を付ければ初期設定は終わるらしい。その後の細かな設定は、ロボットの案内に従って行えばいいだけだ。
だが、そこで俺は止まった。
名前か……。
一体、何と付ければいいんだ。
モモヨは論外だった。
ロボも、だめだ。
取説によれば、製造番号は隠されていて、呼び名には使えないらしい。
どういう仕組みかは知らないが、名前を付けることが、ロボットに俺を認識させるための手続きになるようだ。他の人間の指示に従わないための措置だという。
声紋認証……か?
ロボットの見た目は、男とも女とも言えない。オプションを付けない基本型にしたためだろう。
新しいロボットだしな。新――シンにしようか。それとも、「修繕」の一字を取って「オサム」……「シュウ」。
これまで、名前を付けるのにこれほど迷ったことはなかった。
「お前の名前は……『シン』だ」
俺が思い切って名前を呼ぶと、またおでこが光った。
「ユーザー様のお名前をお聞かせください」
「あ、そうだったな。俺は小比類巻誠だ。誠は……言偏に、成ると書く」
「認識しました。言偏に成るの、誠様」
「あ、誠でいいから。様は付けないでくれ」
「誠……ですね」
その後は、シンの案内に従い、細かな設定をしていった。
シンは、登録した住所を基点に、GPSや地図情報を使って周辺の広い範囲を把握していくようだった。
「まるで、*ーグルアースだな」
会話の口調を選ぶ段階になり、俺はすぐに答えた。
「親方風にしてくれ。お前には、これから統制型ロボットのメンテナンスをしてもらうんだ。その学習も、自分でしてくれるんだろ?」
「はい、できます。二十四時間いただければ、基本的なメンテナンスを行えるようになります。さらに時間をいただければ、もっと細かなメンテナンスにも対応できるようになります」
その言葉を聞いた途端、買ってよかったと心から思った。
もちろん、違法なことはできないように制限がかかっているだろうが、閲覧できる情報からどんどん学んでいくようだ。
ネット上に情報が少ない専門的な技術でも、実際に何度もこなすうちに身に付けていくという。
だからこそ、テレビで見たように、刀鍛冶の弟子にもなれるのだ。
俺が「完了」と指示を出すと、シンは答えた。
「誠、これからよろしく頼むぞ」
そう言って、握手を求めてきたのだった。
シンには、以前ロボが着ていた服を着せた。
同じ百六十センチのタイプだから、ちょうどいい。
俺は、モモヨが着ていたワンピースまで、いまだに持っていた。
使う必要もないのに、これだけは捨てられなかったのだ。
人間のことは気にも留めないのに、こんな意味のない物には執着するんだなと、今さらながら思った。
田吾作は毎日、仕事が終わるとシンに綺麗にしてもらっている。
「そろそろパーツを交換した方がいいな。この大型タイプは、どうしても外装が劣化する」
シンに言われて、早速取り寄せることになった。
今では、外装の生産も規模が縮小されている。だが、まだ生産中止には至っていなかった。
「他のパーツも、なくなる恐れがあるから、今のうちに取り寄せておくか、シン?」
「……そうだな。だが、今買うと高くつく。来年、大量の統制型が廃棄されるという情報がある。そのときにまとめて買った方が、安く済みそうだ。廃棄品から必要な部品を取り出して使えるからな」
「そうなのか。廃棄されてしまうのか……」
俺は、使っていない納屋を眺めていた。
農家の納屋だ。以前は農機具を置いたり、作物を貯蔵したりしていたため、結構広く作られている。
以前の住人は広い農地を持っていたようだが、俺が購入したのは、家とそのすぐそばにある小さな耕作地だけだった。
「ここに、どれくらいのロボットを置ける?」
今後、統制型のサービスが終わっても、俺のように使い続ける人間はいるはずだ。
統制型は、リースだけでなく販売もされていた。購入した人たちは、今後、修理を頼む先がなくなって困るだろう。
そういうロボットを修理する仕事は、どうだろう。
俺にはできないが、シンならやれる。
シンにそのことを相談すると、どういうわけか、大工の知識を取り込み始めた。
「わしに任せておけ。まずは納屋の改装が必要だろう」
本当に頼りになる親方だ、シンは。
完全自律型AIは、初期設定で方向性を示すと、それに沿って自ら学んでいくという。
シンは、物作りに特化した方向へ伸びていくようだった。
俺と田吾作が、納屋を改装しているシンを手伝っていると、隣家のじいさんが訪ねてきて、作業の様子を眺めた。
「なんだぁ。何をおっぱじめるんだ?」
「倉庫に改装してるんだ。何か用があったのか、小泉さん」
「ああ、田吾作を借りようと思ったんだが、今日は無理みたいだな」
俺は、小泉のじいさんを家に招き入れて、茶を出してやった。
小泉のじいさんは話し好きで、俺のような得体の知れない若造にも声を掛けてくれる。
「お前の仕事は何だ?」
以前、そう聞かれて、正直にプロモデラーだと答えると、じいさんは首をかしげた。
「プロなんちゃらはよく分かんねぇが、大したもんだな」
そんなじいさんが、今、困っているという。
「わしんとこはよ、お前さんとこの田吾作を借りられるからいいんだが、農協で貸し出していたロボットが使えなくなるってんで、村のみんなが困ってるんじゃ。お前さんとこの田吾作を使い回すわけにもいかんしな」
これは、早速商売につながる話だ。
俺は勢い込んで話し出した。
「今、その問題に取り組んでいるんだ。そのために納屋を改装してる。農協のロボットは買い取りか?」
「いんや、リースだ。だから困ってるんじゃ。借りられなくなるなら、今後は高いロボットを買うしかないじゃろう。そんな金は用意できん」
そうか。ロボットを修理して、貸し出してもいいかもな。
俺の構想は膨らんでいく。
「少し待ってくれれば、俺が何とかできそうだ。最新型ロボットのシンが、統制型の修理の仕方を学んでいる最中だから」
「こりゃたまげた。あの新しいロボットが最新型だったとはな」
外では金槌の音が軽快に響いていた。




