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モモヨがいなくなってから二年が過ぎた。
0675-Qはすでに交換され、今は身長百八十センチのタイプになっている。
この大きなロボットは力仕事に特化していて、荷物の搬出から農作業までこなすことができた。
俺は大叔父から譲られた家を売り、郊外に土地を買って、そこでバディーと暮らすようになった。
以前のアルバイト仲間に住所を知られ、また嫌な関係になりそうだったからだ。
それに、モモヨの面倒を見るという大叔父の遺言を果たせなくなり、あの家に居続けることが苦痛になったせいでもあった。
ここは、隣家とは離れていて、バディーも伸び伸び過ごすことが出来るし、田吾作も役に立ってくれる。
田吾作とは、新しいロボットの名前だ。
笑われそうな名前だが、見た目がごつく、外装も獣人型にしているため愛嬌があった。
『誠、大根が収穫時ずら』
この話し方は、俺がセッティングした。新しい機種にはバリエーションが豊富で、方言も各種揃っていた。
こんな感じのロボットだから、毎日楽しく過ごせている。
農繁期になると、隣の農家が田吾作を借りに来る。
俺の畑は小さいから、どんどん貸し出している。
お礼にと、いろんな作物を持ってきてくれるので、食い切れないほどだ。
今日も田吾作を隣家の老人夫婦の手伝いにやった。一週間は戻ってこないだろう。
だから、俺は一人でプラモデルを作り、それに疲れると、飯を適当に作って食っている。
田吾作は料理が出来ないし、掃除や洗濯の技能もなかった。
だが、自分一人の食い物くらいは俺でも何とか出来るし、掃除などは適当に済ませているし、洗濯は洗濯機がある。
「バディー。明日は、獣医が来る。注射だぞ」
バディーは俺の「注射」に反応して尻尾を下げた。
幾ら我慢強い賢い犬ても、注射はいやみたいだ。
ここいらには牛や豚を飼っている農家もあって、定期的に獣医が来る。ついでにバディーも診てもらえるので、助かっている。
ここは人里から離れていて、車を持たない俺には不便だった。駅までの距離も結構あった。
だけど、嫌な仲間から離れられるし、何より空気がうまく、のんびりしている。
「そろそろ運転免許を取るか」
今は二十日ほどで運転免許が取れるようになったはずだ。
ちょうどこの近くに、合宿で免許が取れるモータースクールがある。
自動運転は都会では主流になったが、ここいらではまだだ。
この自動車学校は結構繁盛している。
俺は早速申し込み、無事に免許を取ることができた。
俺の仕事は順調だった。
ただ、宅配便の集荷には時間がかかる。
自分で持ち込めば、送料も少し安くなる。
安い中古の軽トラを買い、自分で集配センターに持っていくようになった。
「貧乏性は死ぬまで抜けないな。身に染みついてしまっている」
モモヨが増やした金には、まったく手を付けていなかった。
大叔父の家を売った金で、土地付きの古い農家を買っても、まだ金は残ったし、俺の仕事だけで十分に生活できていた。
都会では、新しいロボットの話で持ちきりだという。
統制型はだんだん姿を消し、今後はFully Autonomous AI Robot(完全自律型AI搭載ロボット)、略してFARに置き換わっていくそうだ。
俺のところにも連絡が来た。
わずかな交換料を払えば、田吾作を新機種に交換してくれるというのだが、俺は断った。
一瞬だけ胸がちくりとしたが、今の生活が俺には大事だった。
完全自律型AI搭載ロボット――ファーとはどんなものか、少し興味が湧いた。
自分では使う気にならないが、調べてみることにした。
街に行くと、至る所に広告が出ている。
大きな画面に映し出された新しいAIモデルには、顔がなかった。
以前のロボットは、人に限りなく近い姿をしていた。
とは言っても、表情はなく、質感はマネキンのようだったが。
必要もないのに、目や鼻や口があったのだ。
だけど新機種は、のっぺりとした顔に細身の体。身長は奇しくも百六十センチと、モモヨと同じだ。
機体の基本モデルは、関節がなめらかで、特殊素材のスキンに覆われているようだ。
このため、外装は必要ないという。
店員は自慢げにこう教えてくれた。
「スキンは、多少の熱や衝撃から機体を守ります。以前の外装よりも強度が増し、耐久性も上がりました」
オプションで皮膚の色を選んだり、人間に似た顔に付け替えてもらったりできるらしい。
表情は、相変わらずないそうだが。
俺は展示されていたファーに触れてみた。肌の感触は人間と遜色ない。
スキンの下にもクッションがあるのだろう。
ぎゅっと手を握ると、中に人の骨があるような感触が伝わってくる。
「まるで人間みたいだ」
パンフレットをもらい、俺は帰路についた。
家でパンフレットをじっくり読んでみた。
『あなたの意思を完全に読み取る多機能ロボット――あなたの創造性を広げる心強い味方』
大きな文字でそう書かれている。
その下には、こんな説明があった。
「日本の法令がインストールされております。この機種は日本特化型です。各国に対応した機種をご用意しておりますので、ご使用になる国に合わせてご購入ください」
国によってまちまちな倫理や法律にも対応できると謳っている。
「要するに、違法行為を防げるようになったと言っているんだろうな」
人間からの悪意ある指示は受け付けないんだろうな。
そして、今のロボットは、モモヨが以前やったようなハッキングめいたことも、自分ではできないようになっているのだろう。
それなら、安全で安心なのだろう。
その他にも、出力がどうとか、消費電力がどうとか、色々書かれていた。
最後に、このロボットの開発で研究者が特に力を入れた点について、コメントが載っていた。
「私たちは、このロボットの基本設計に強固な制御を組み込みました。この制御は、AI自体が解除できるものではありません。安心してAIとの生活をお楽しみください」
さらに、小さな文字で注意書きがあった。
「基盤が少しでも損なわれると、発火装置が作動します。消火は自動で行われます。これは安全のための措置です。発火した場合は、下記へご連絡ください。
××××―○○○―△△△」
読み終わったパンフレットをゴミ箱に捨てて、俺はいつものようにプラモデル作りに戻った。
今作っているのは、流行りのキャラクターだ。
ソフトプラスチック製の可愛いアニメ風の人形で、ボディーとは別に洋服のパーツもある。
細かく、手の込んだ作業だ。
それを淡々と作り上げていく。
依頼は、これを小悪魔風に改造してほしいというものだった。
「変な依頼だな。だけど、趣味は色々だ。人のことは言えないな」
プラモを作る手は自然に動いた。
頭の中では、完全自律型AIロボットのことがぐるぐると回っている。
モモヨは、半自律型AIが手に入ったら……と言っていたが、それはもう叶わない。
世の中はもっと先へ進んでしまったようだ。
モモヨのメモリーは、机の引き出しの中にずっとしまい込まれたままになるだろう。
しばらくすると、統制型ロボットのサービスが今年いっぱいで終了するという連絡があった。
「小比類巻様。この際、完全自律型に機種変更しませんか? 今ではそちらが主流になりつつあります。今お使いのロボットが壊れたら、お困りではありませんか?」
「少し考えさせてくれ」
世の中は、勝手に変化していく。
今の暮らしに満足している人たちを置き去りにして、その先へとどんどん行進し続けるんだな。
ロボットがいない生活を想像してみた。
今では、掃除や洗濯は自分でしている。だが、愛嬌のある田吾作がいないと、寂しいかもな。
「あいつが壊れてしまえば、畑が荒れてしまうな。引っ越すか……」
俺には農業の知識もないし、やる気もない。
家にくっついてきた畑があったから、仕方なく田吾作に耕してもらっていただけだった。
田吾作がいなくなって一番困るのは、隣の老人たちだろう。
壊れるまでは、あと数年、彼らの手助けができるかもしれない。俺が街に住めば、田吾作は要らなくなる。
このロボットはリースではなく、俺の物だ。誰に譲ろうが自由だ。
この間、元バイト仲間が働いていた拠点に、警察の手入れがあったらしい。ニュースで報じられた名前の中に、あいつの名前もあった。
もう、心配はなくなったしな。今度はどこへ行こうか。
バディーが、ここと同じように自由に走り回れるところは、どこにあるだろう。
ふと、大叔父の家が脳裏に浮かんだが、あそこはすでに取り壊されているだろう。
あの近くの草原も、とっくに開発の手が入っているかもしれない。
一体どこへ行けばいいんだ、俺は。
持ち家があるのに、根無し草のように思えてしまうのはなぜなんだろう。
心の中が空虚だ。
好きな仕事もあるというのに……。
引き出しの中のモモヨのメモリーが、俺に何かを言っているように感じるのはなぜなんだろう。




