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憤怒を背負う者  作者: 縁側×野良猫


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第8話 巨壁の内側

奥へ進むほど、道は素直ではなくなっていった。


 六人の足音が、石造りの通路に重なる。


 先ほどまで続いていた一本道は、もうない。


 天井は高くなったかと思えば、数十歩も進まないうちに低くなる。

 幅の広い通路から、二人並ぶのがやっとの細い道へ。

 その先には数段の石段があり、上ったところで道が二つに分かれていた。


 さらに奥には、下へ続く別の通路まで見えている。


 ノクスが足を止めた。


「……面倒な造りになってきたな」


 壁へ手を添え、左右を見比べる。


 リオンが訊いた。


「迷うか?」


「俺は迷わない」


 ノクスは即答した。


 一拍置いて。


「たぶんな」


「信用していいのか、それは」


「大丈夫だって」


 その後ろで、アルマが小さな冊子を開いた。


 今通ってきた道を書き込み、分岐の位置を簡単な線で記していく。


 ノクスが覗き込んだ。


「何書いてる?」


「道順」


「俺が覚えてるぞ」


「覚えていても書くの」


 アルマは顔も上げない。


「依頼なんだから」


「……はいはい」


 ノクスが再び先頭へ戻る。


 その数歩後ろをアルマ。

 さらにヴェルナとセラが続き、グラードとリオンが周囲を警戒しながら進む。


 六人は、しばらく言葉を交わさなかった。


 青白い光が壁面を細く走っている。


 だが、その数も増えていた。


 一本だったものが二本に分かれ。

 壁を上り。

 天井へ伸び。

 また別の壁へ消えていく。


 ヴェルナが、その一本を目で追った。


「……流れ方が変わってる」


 グラードが振り向く。


「魔力か?」


「ええ」


 ヴェルナは壁へ近づいた。


 直接触れず、掌を少し離してかざす。


「今までのところは、もっと単純だった。流れ込んで、動かして、戻ってくる感じ」


「ここは違う?」


 セラが訊く。


「広がってる」


 ヴェルナは天井を見上げた。


「何のためかは分からないけど」


 アルマが、それも記録へ加える。


 そのときだった。


「止まれ」


 ノクスの声が変わった。


 全員の足が止まる。


 グラードの手が大盾へ。

 リオンの右手も、自然に剣の柄へ移った。


 だが。


 敵はいない。


 ノクスは二歩ほど先の床を見ていた。


「そこ、踏むなよ」


 石床。


 見たところ、周囲と何も変わらない。


 ノクスがしゃがみ込む。


 腰から細い金属棒を取り出し、床石の縁をなぞった。


 わずかな隙間があった。


「罠?」


 セラが声を落とす。


「たぶんな」


 金属棒を差し込む。


 少し力をかけると。


 ――カチ。


 床石が、わずかに沈んだ。


「ほら」


 ノクスが壁を見る。


 そこには細い穴が、横一列に並んでいた。


 グラードも覗き込む。


「矢か」


「たぶん。踏んだら横から飛んでくる」


「まだ動くのか?」


「それを今から見る」


 ノクスは床へ伏せるように身体を低くした。


 床石の脇へ細い道具を差し込む。

 何度か角度を変え。


 止まった。


 今度は壁際へ移動する。


 石と石の間へ指先を這わせ、一本の細い溝を見つけた。


「……古いな」


 内部から錆びた金属片が覗いている。


 ノクスが慎重に道具を差し入れた。


 ――カチリ。


 小さな音。


「よし」


 もう一度、金属棒で床石を押す。


 沈む。


 だが。


 壁からは何も飛んでこない。


「解除」


 アルマが冊子へ書き込んだ。


「罠、一つ」


「それも書くのか?」


「依頼なんだから書く」


「俺が見つけるたびに、お前の仕事が増えるな」


「見つけなかったら、もっと増える」


「何が?」


「怪我人の記録とか」


 セラが答えた。


 ノクスが壁の穴を見る。


「……ちゃんと探します」


 リオンが小さく息を漏らした。


 ヴェルナは解除された仕掛けを調べていた。


「これは古いものね」


「分かるのか?」


「少なくとも、さっきまでの防衛機構とは違う」


 壁の穴。

 床の仕掛け。

 内部の錆びた金属。


「後から加えられた感じはしない。最初からここにあったんじゃない?」


「なら」


 グラードが奥を見る。


「この先にもあるか」


「でしょうね」


 ノクスが立ち上がった。


「……やっぱり面倒な造りだ」



 その予想は当たった。


 二つ目の罠は、最初のものからそれほど離れていない場所にあった。


 今度はノクスがすぐに見つけた。


 通路を横切る、細い線。


 暗がりでは見落としかねない。


「跨ぐな」


 ノクスが言った。


「こっち」


 壁際に身体を寄せる。


 仕掛けそのものを解除する必要はないらしい。


 六人はノクスが示した場所を一人ずつ通過した。


 最後のグラードだけが少し苦労した。


「……狭い」


「盾がでかいんだよ」


「置いていくか」


「それは駄目」


 セラが即座に言った。


「冗談だ」


「グラードの冗談、分かりにくいのよ」


 ヴェルナが呆れたように言う。


 その間にも、アルマは罠の位置を書き込んでいた。



 さらに進む。


 フロアの構造は、ますます複雑になった。


 上ったはずなのに、少し先ではまた下る。


 左右へ分かれた通路が、別の場所で一つになる。


 壁には用途の分からない窪みが並び、ところどころに低い石柱が立っていた。


 守護機兵の姿はない。


 何かが動き出す気配もない。


 あるのは。


 古い罠。


 複雑な道。


 壁を走る青白い光。


 そして。


 読めない文字。


 アルマが石柱の前で足を止めた。


「これ……」


 表面に刻まれた文字を目で追う。


「読めるのか?」


 リオンが訊く。


「全部は無理」


「一部なら?」


「方向を示してるようにも見える。でも、それだけじゃない」


 アルマは指で文字を追った。


「同じものが、さっきの分岐にもあった」


 冊子を開く。


 そこにも同じ形が写されている。


 ノクスが覗き込んだ。


「目印?」


「かもしれない」


「かもしれない、ばっかりだな」


「分からないものを調べてるんだから、そうなる」


「それもそうか」


 ヴェルナが石柱の横を通り過ぎる。


 そして数歩先で止まった。


「こっち」


 右手の通路。


 そこだけ、青白い光が少し強い。


「魔力?」


「ええ。ただ――」


 ヴェルナは眉を寄せた。


「強いから正しい道、とは限らない」


「罠かもしれない?」


「それもある」


 ノクスが右の通路を覗く。


 続いて左。


 さらに正面。


「三択か」


 アルマが記録を見る。


「正面」


「理由は?」


「今まで見つけた文字の並び方」


 石柱を示す。


「たぶん、奥へ続いてる」


「たぶん?」


「たぶん」


 ノクスは笑った。


「よし。たぶんで行くか」


「先に調べてから」


「分かってるよ」



 正面の道を進んでから、しばらく経った。


 ノクスが再び足を止めた。


「……あれ?」


 今度は罠ではなかった。


 振り返る。


「どうした?」


 リオンが訊く。


「いや……」


 ノクスは後ろの通路を見る。


 壁。


 石柱。


 青白い光。


 少し先に、先ほど通った分岐も見えている。


「ここ、こんなだったか?」


 アルマが冊子を開いた。


 自分たちが通ってきた道を見る。


 周囲を見る。


「合ってる」


「だよな」


「石柱も三本。右側に窪みが二つ。そこから分岐」


「……だよなあ」


 ノクスは頭を掻いた。


「何か違うの?」


 セラが訊く。


「いや」


 もう一度だけ見る。


「分かんねえ」


 道は合っている。


 何も変わっていない。


「気のせいか」


 ノクスは前へ向き直った。


「行こう」


 誰も、それ以上は言わなかった。



 調査を続ける。


 やがて六人は、少し開けた場所で足を止めた。


 アルマが壁際に座り、これまでの記録を整理する。


 ノクスが、その横から覗いた。


「結構歩いたな」


「分岐が七つ」


「罠は?」


「三つ」


「三つ目、俺が見つけたんだからな」


「書いてある」


「名前は?」


「必要ない」


「そこ大事だろ」


 セラが小さく笑った。


 グラードは周囲を見回した。


「報告には使えるか」


 アルマが顔を上げる。


「十分」


 冊子を閉じかけて。


 止めた。


「ただ」


 視線が、まだ調べていない奥へ向く。


「まだ先がある」


 ヴェルナも頷いた。


「魔力も続いてる」


 リオンが立ち上がる。


「なら、確認するか」


「待って」


 セラだった。


「その前に、一度確認」


 グラードを見る。


「腕は?」


「動く」


「それは前にも聞いた」


「……少し重い」


「最初からそう言って」


 続いてヴェルナ。


「魔力は?」


「問題ないわ」


 アルマの矢。

 ノクスの道具。

 リオンの剣。


 それぞれが装備を確認する。


 進める。


 だが。


 無理をする必要もない。


 すでに、依頼として持ち帰れる情報はある。


 グラードは奥を見た。


「あと一つ」


 全員の視線が集まる。


「この先を確認する」


 少し間を置く。


「危険なら戻る」


 ノクスが立ち上がった。


「了解」



 その道は、長くなかった。


 やがて。


 先頭を進んでいたノクスが止まった。


「……おい」


 六人の前で。


 床が途切れていた。


 いや。


 違う。


 下へ続いている。


 幅の広い石段。


 左右の壁を青白い光が走っている。


 だが。


 光は途中から次第に弱くなり、その先は暗い。


 ノクスが縁まで進み、下を覗いた。


「……深いな」


 ヴェルナも近づく。


 目を閉じる。


 しばらくして。


「魔力も下へ流れてる」


 アルマが記録を見る。


「このフロアから続いている道では、一番深い」


「中枢か?」


 ノクスが訊く。


 アルマは首を振った。


「分からない」


「だよな」


 グラードが石段の前へ立つ。


 暗い。


 先は見えない。


 だが。


 道は続いている。


「行くぞ」


 大盾を背負い直す。


 リオンが、その隣へ並んだ。


 ノクスが先へ。


 アルマが続く。


 ヴェルナとセラ。


 そして。


 グラードとリオン。


 六人は石段へ足を踏み出した。


 青白い光が、少しずつ背後へ遠ざかっていく。


 一段。


 また一段。


 《眠る巨壁》は。


 まだ、下へ続いていた。

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