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憤怒を背負う者  作者: 縁側×野良猫


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第7話 背中は折れない

巨大な扉の向こうへ。


六人は、ゆっくりと足を踏み入れた。


先ほどまでいた円形広間とは、造りが違う。


通路は広い。


グラードが大盾を横にして歩いても、まだ左右には十分な余裕がある。


天井も高い。


頭上には巨大な石材が幾重にも組み合わされ、その間を青白い光の筋が走っていた。


左右には太い石柱。


その奥には、用途の分からない窪みや石の台座が一定の間隔で並んでいる。


壁面を覆う古代文字も、これまでとは違った。


装飾というより。


何かを示すために刻まれているように見える。


だが。


六人の誰にも、そのすべてを読み解くことはできなかった。


コツ。


コツ。


足音が続く。


高い天井へ昇った音が。


少し遅れて戻ってくる。


前の円形広間を満たしていた轟音は、もうない。


盾と装甲がぶつかる音も。


雷鳴も。


守護機兵の重い足音も。


聞こえるのは、六人の足音。


そして。


まだ少し荒い呼吸だけだった。


グラードの大盾には、戦いの跡が残っている。


表面を走る新しい傷。


青白い刃に削られた痕。


《穿雷》の余波を受けて黒く焦げた縁。


盾を握る腕にも、まだ痺れが残っていた。


それでも。


歩ける。


六人は先へ進んだ。



開いた巨大な門を、最後の一人が越える。


その瞬間だった。


ほんのわずかに。


何かが、ずれた。


音か。


空気か。


それとも。


足の裏から伝わる石床の感触か。


グラードが眉を寄せる。


アルマも、ほんの少しだけ歩調を緩めた。


だが。


確かめようとしたときには、もう何もない。


門の向こうには。


先ほど戦った円形広間が、そのまま見えている。


何も変わっていなかった。


六人は、そのまま歩き出した。



しばらく進んだところで。


「待って」


セラの声に、グラードが止まった。


「どうした」


「腕」


「腕?」


「見せて」


グラードは盾を持った自分の左腕を見る。


一度、握る。


開く。


もう一度握った。


「動く」


「動くかどうかを聞いてないの」


セラがグラードの前へ回った。


「盾、下ろして」


「だが――」


「下ろして」


「……分かった」


大盾を壁へ立てかける。


――ゴトン。


重い音が通路を走った。


セラがグラードの腕を取る。


籠手。


肘。


肩。


順番に確かめていく。


「痛い?」


「いや」


セラが少し強く押した。


「……痛い」


「でしょうね」


「今のは押したからだ」


「押して痛いなら痛いの」


少し離れたところで、ノクスが笑いを堪えている。


グラードが見る。


ノクスは目を逸らした。


「俺、何も言ってないぞ」


「顔が言ってる」


リオンは周囲を警戒したまま、短く言った。


「諦めろ」


「お前はどっちの味方だ」


「正しい方だ」


セラが小さく息を吐く。


だが。


次にグラードを見上げたとき。


その表情から笑いは消えていた。


「無茶をしないで」


グラードも黙る。


「今回は使わなかったでしょ。《憤怒護界》」


「ああ」


「それでも、あれだけ受けたの」


セラの手が、グラードの腕から離れる。


「あなたは一人じゃないんだから」


静かな声だった。


通路に響くほど大きくもない。


それでも。


グラードには、はっきり聞こえた。


少し前なら。


何か言い返していたかもしれない。


守れる。


まだ立てる。


自分が前にいればいい。


そう答えていた。


だが。


今は違う。


円形広間。


自分へ向かってきた守護機兵。


それを止めた剣。


脚を射抜いた矢。


影から走った刃。


射線を開けた先を貫いた雷。


そして。


背後から聞こえた仲間の声。


グラードは小さく頷いた。


「……分かってる」


セラが目を細める。


「本当に?」


「たぶん」


「グラード?」


「分かってる」


ノクスが吹き出した。


「そこは最初から言い切れよ」


「うるさい」


だが。


グラードも少し笑っていた。



休んだのは、ほんのわずかな時間だった。


水を口にする。


装備を確かめる。


アルマが残った矢を数え。


ヴェルナが杖に流れる魔力を確認する。


リオンは剣をわずかに抜き、刃を確かめてから鞘へ戻した。


――カチン。


ノクスはもう先を見ている。


冒険者として。


進める状態か。


戻るべき状態か。


六人で確かめる。


そして。


まだ進める。


それが全員の判断だった。



通路は、その先で三つに分かれていた。


「……さて」


ノクスが腰へ手を当てる。


「どれだ?」


正面。


左。


右。


どれも似たような石造りの通路。


どこにも案内板などない。


ヴェルナが杖を持ち上げた。


「ちょっと待って」


目を閉じる。


魔力の流れを探る。


アルマは壁へ近づき、刻まれた古代文字を追う。


ノクスはしゃがみ込み。


床へ指を滑らせた。


リオンとグラードは。


それぞれ別方向を見ていた。


セラは、その中央。


誰か一人だけを見るのではなく。


五人全員を見る。


しばらくして。


ノクスが最初に口を開いた。


「左は違うな」


「どうして?」


セラが訊く。


「埃」


指先を見せる。


「溜まり方が違う。最近、何かが通ったなら正面か右だ」


ヴェルナが右を見る。


「魔力は右の方が強い」


「じゃあ右?」


「待って」


アルマが止めた。


壁の古代文字。


その一部を指でなぞる。


「この紋様、さっきの門にもあった」


「意味は?」


「全部は分からない。でも、たぶん……」


アルマが正面を見る。


「正面が、もっと内側へ続いてる」


ノクスが眉を上げる。


「足跡は?」


「ある」


もう一度床を見る。


「正面にも続いてる」


ヴェルナが腕を組む。


「魔力が強い方が中枢とは限らない、か」


「むしろ、強すぎる右が気になる」


アルマが答える。


「防衛設備かもしれない」


「罠かもしれないな」


ノクスが立ち上がった。


「じゃあ正面?」


グラードが三つの道を見る。


「行こう」


リオンも頷いた。


「正面だ」



六人は再び歩き始めた。


先頭はノクス。


その少し後ろをリオン。


中央にグラードとセラ。


後方にヴェルナとアルマ。


歩く。


青白い光が。


一定の間隔で六人の身体を照らしては、背後へ流れていく。


一つ。


二つ。


三つ。


四つ。


ノクスが。


ふと、足を止めた。


「……?」


振り返る。


遠く。


先ほど通り抜けた巨大な門が見えている。


開いたまま。


その向こうには。


円形広間の青白い光も見えた。


何もおかしくない。


そのはずだった。


「どうした?」


リオンが訊く。


ノクスはしばらく門を見つめた。


「いや……」


少しだけ首を傾げる。


「ちょっとな?」


何かが引っかかった。


だが。


何が、と訊かれても答えられない。


距離なのか。


見え方なのか。


それとも。


もっと別の何かなのか。


ノクス自身にも分からない。


「……まあ、いいか」


もう一度だけ門を見る。


それから前へ向き直った。


「行こうぜ」


六人は再び歩き始める。


その背後。


開いた巨大な門は。


変わらず、そこにあった。



さらに奥へ。


通路の様子が、少しずつ変わっていく。


壁面の古代文字が増えた。


青白い光の筋も。


床だけではない。


壁から天井へ。


天井から反対側の壁へ。


まるで何かを繋いでいるように走っている。


アルマが歩きながら見上げる。


「……構造が変わってきてる」


「また防衛区画?」


セラが訊く。


「分からない」


アルマは首を振る。


「でも、さっきまでとは違う」


ヴェルナも杖を持ったまま周囲を見る。


「魔力の流れも変わった。弱いんじゃない。広がってる」


「広がってる?」


「一か所に集まってないってこと」


ノクスが前を見ながら言う。


「つまり?」


「分からないって言ってるの」


「聞いただけだろ」


「その聞き方が腹立つのよ」


「なんでだよ」


小さな言い合い。


その声が。


突然。


途切れた。


――ゴ……。


低い音。


六人が止まる。


グラードが盾を前へ。


リオンの手が剣へ。


「後ろ」


アルマが言った。


振り返る。


先ほど通った場所。


石壁が。


動いている。


――ゴゴゴゴ……。


左右から巨大な石材がせり出し。


通路を塞いでいく。


「おいおい」


ノクスが走った。


「待て!」


リオンの声。


だがノクスは閉じる直前まで近づき。


床を見る。


壁を見る。


そのまま数歩下がった。


――ゴン。


石壁が噛み合う。


道が消えた。


静寂。


「……閉じたな」


グラードが言う。


「見れば分かる」


ヴェルナが返す。


「そういう意味じゃない」


ノクスは閉じた壁の前へしゃがみ込んでいる。


指先で床をなぞる。


「罠じゃない」


「分かるの?」


セラが訊く。


「少なくとも、俺たちが何か踏んだ感じじゃない」


ヴェルナも近づく。


杖を向ける。


淡い光。


しばらくして。


眉を寄せた。


「作動させた術式が見えない」


アルマも壁を見る。


「古代文字も……変化してない」


グラードが閉ざされた道を見る。


戻れない。


少なくとも。


今は。


盾を握り直す。


前へ出ようとした。


その肩を。


リオンが止めた。


「待て」


「だが――」


「俺が見る」


リオンが前へ出る。


グラードは一瞬、何かを言おうとした。


「背中を預けたんじゃなかったのか」


その言葉に。


グラードが止まる。


横から。


ノクスが二人を追い越した。


「そういうこと」


短剣を抜く。


「前だけが背中じゃないぜ」


グラードは二人の背中を見る。


細い。


自分より。


ずっと小さい。


だが。


頼りなくは見えなかった。


「……分かった」


大盾を持ち直す。


前へ出ない。


代わりに。


後ろを見る。


セラ。


ヴェルナ。


アルマ。


三人がいる。


そのさらに後ろ。


閉じた道。


なら。


今、自分が見るべき場所は。


こちらだ。



ノクスとリオンが先を確認する。


やがて。


「来ていいぞ」


ノクスの声。


六人は再び進み始めた。


誰か一人が。


すべてを見る必要はない。


前を見る者がいる。


後ろを見る者がいる。


道を探す者がいる。


異変を読む者がいる。


傷を支える者がいる。


そして。


必要なときに。


盾を置く者がいる。


グラードは歩く。


前には。


仲間の背中。


後ろには。


守るべき仲間。


どちらも。


自分一人で背負うものではなかった。



やがて。


通路の遥か先に。


小さな光が見えた。


青白い光ではない。


これまで《眠る巨壁》の中で見てきたものとは。


わずかに色が違う。


ノクスが目を細めた。


「……あれ、なんだ?」


「ここからじゃ分からない」


アルマが答える。


ヴェルナが杖を握り直す。


リオンは何も言わない。


ただ。


先を見る。


セラがグラードを見上げた。


「行ける?」


「ああ」


「無理しない?」


グラードは少し考えた。


「……今度は、本当に分かってる」


セラが笑った。


「なら、いいわ」


グラードは前を見る。


仲間たちの背中がある。


そして。


その背中の向こうに。


まだ知らない道が続いている。


六人は歩き出した。


《眠る巨壁》の、さらに奥へ。


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