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憤怒を背負う者  作者: 縁側×野良猫


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第6話 中枢の門

奥へ進むほど、足音の響き方が変わっていった。


六人の前に続く回廊は、いつの間にかさらに広くなっている。


左右の壁には古代文字が刻まれ、その隙間を縫うように青白い光が走っていた。


一定の間隔で並んでいた石柱も、ここにはない。


代わりにあるのは、厚い壁。


継ぎ目すらほとんど見えない巨大な石材が、左右から六人を挟むように続いている。


ノクスが先頭で足を止めた。


「……行き止まり」


その声に、グラードたちも立ち止まる。


だが。


行き止まりではなかった。


正面。


回廊そのものを塞ぐように、巨大な門が立っている。


見上げても上端が暗がりに溶けている。


左右の壁と一体化しているようにも見えた。


ノクスが近づき、表面へ手を伸ばす。


「触らないで」


アルマの声に、その手が止まった。


「まだ触ってない」


「触ろうとしたでしょ」


「調べようとしただけだって」


「それを触るって言うの」


ヴェルナが二人の横を通り、門の前で杖を持ち上げた。


「ちょっと黙って。流れを見るから」


淡い光が杖の先に集まる。


門の表面。


無数の古代文字が、ごく弱く明滅した。


ヴェルナの眉が寄る。


「……変ね」


「また書き換えられてるのか?」


グラードが訊く。


「分からない」


ヴェルナは門を見上げた。


「今までとは違う。後から無理やり捻じ曲げた感じがしない」


アルマも壁面の紋様を追っている。


「たぶん、これは元からここにある」


「じゃあ、普通の扉?」


ノクスが訊いた。


アルマは巨大な門を見上げた。


「普通に見える?」


「見えない」


即答だった。


リオンが門の中央を見る。


「開けられるのか」


「それを今から――」


ヴェルナが答えかけた、そのときだった。


――ゥン。


低い振動。


六人が同時に顔を上げる。


「……何?」


セラが呟く。


――ゥゥン……。


音というより、震えだった。


足元から伝わった振動が、靴底を通り、身体の奥へ届く。


門の古代文字が、一つ。


また一つ。


青白く灯っていく。


「下がれ」


リオンの声。


六人が数歩後退する。


直後。


巨大な門の中央に、一本の光が走った。


――ゴ……。


石床が震える。


グラードが大盾を構えた。


門が。


動いている。


――ゴゴゴゴ……。


左右へ。


ゆっくりと。


あまりにも巨大な石扉が、低い振動を回廊いっぱいに響かせながら開いていく。


軋む音はない。


ただ、腹の底へ沈んでくるような重い響きだけが続いていた。


開いた隙間から。


冷たい青白い光が流れ込む。


ノクスが目を細めた。


「……歓迎されてるようには見えないな」


「でしょうね」


ヴェルナが杖を握り直す。


リオンが先を見る。


「進むぞ」


六人は、開いた門へ向かった。


一人。


また一人。


青白い光の中へ入っていく。


グラードも門を越えた。


その瞬間。


ほんのわずかに、歩調が緩んだ。


「……」


だが、それだけだった。


グラードはそのまま歩き出す。


誰も止まらない。


六人全員が門を抜けた。



扉の向こうは、巨大な円形広間だった。


天井は高い。


幾重もの石の輪が、中心を囲むように重なっている。


外周には太い石柱。


中央には、青白い光を放つ巨大な構造物。


柱にも見える。


だが、その表面を流れているのは文字だった。


無数の符号が上下へ走り、ときおり光が強く脈打つ。


――ゥン。


広間全体が震えた。


ノクスがゆっくり周囲を見回す。


「……ここが中枢か?」


アルマは答えなかった。


弓を構えたまま、中央の構造物を見る。


次に床。


外周。


そして、広間の反対側。


そこにも巨大な扉があった。


閉ざされている。


「違うと思う」


「違う?」


「たぶん、ここは入口」


ヴェルナが顔をしかめた。


「これだけのものを造って、まだ入口?」


「だから、たぶん」


アルマにも確信はない。


グラードは広間の奥を見た。


静かだった。


静かすぎる。


六人の足音だけが、円形の壁に反響して戻ってくる。


コツ。


コツ。


コツ――。


その音が。


止まった。


中央の光が、強く脈打つ。


――ゥン。


青白い線が床を走った。


「構えろ!」


リオンの声が飛ぶ。


光は中央へ集まり。


立ち上がる。


人の形。


頭。


肩。


腕。


だが、肉体はない。


青白い光の線だけが、人らしき輪郭を作っていた。


顔もない。


目もない。


それでも。


見られている。


そんな感覚だけがあった。


やがて。


広間そのものから響くような声がした。


『侵入者……確認』


グラードが盾を前へ出す。


『優先目標――オーガ個体』


沈黙。


そして。


ノクスが横目でグラードを見る。


「……またお前だぞ」


「聞こえてる」


アルマの表情が変わる。


「二度目」


「ええ」


ヴェルナが杖を構えた。


「偶然じゃないわね」


グラードは光の人型を見る。


「俺の何を見てる」


答えはなかった。


代わりに。


――ガコン。


広間の右側から音がした。


続いて左。


――ガコン。


さらに奥。


――ガコン。


三つ。


石壁の一部が開く。


暗がりの中。


青白い光が灯った。


守護機兵。


三体。


一歩。


石床へ踏み出す。


――ズン。


二歩。


――ズン。


円形広間に、重い足音が反響する。


一体が中央。


一体が右。


一体が左。


グラードが盾を握り直した。


リオンが半歩前へ出る。


ノクスが腰を落とす。


アルマが矢をつがえる。


ヴェルナの杖に光が集まる。


セラが聖印へ指をかけた。


三体が。


動いた。



中央の一体が直進する。


――ズン!


右の一体は外周へ。


左も同時に広がった。


「散った!」


ノクスが叫ぶ。


「違う!」


アルマが弓を右へ向ける。


「囲む気よ!」


中央の機兵が加速した。


石床を蹴る。


巨体が一気にグラードへ迫る。


「来い」


グラードは左足を引いた。


腰を落とす。


大盾をわずかに傾ける。


激突。


――ガァン!


鉄と鉄がぶつかった。


音が円形広間の壁へ叩きつけられる。


一度。


二度。


遅れて背後から響きが返ってきた。


腕が痺れる。


靴底が石床を擦る。


――ザッ。


半歩。


グラードが押される。


《鎮怒》の重さは、まだ完全には抜けていない。


だが。


受け止める必要はない。


腰を回す。


盾の角度を変える。


機兵の重量を左へ流した。


巨体が傾く。


「ノクス!」


「任せろ!」


影が走った。


ノクスが機兵の死角へ滑り込む。


短剣が膝裏へ入った。


――キィン!


火花。


機兵の脚が揺れる。


そのとき。


「グラード、右!」


セラの声。


振り向く。


外周を回った機兵が、セラとヴェルナへ迫っている。


グラードが床を蹴った。


一歩。


二歩。


間に入る。


機兵の腕が振り下ろされた。


大盾を上げる。


――ガァァン!


火花が散った。


青白い刃が盾の表面を滑る。


「ヴェルナ!」


「分かってる! でも邪魔!」


「知るか!」


「三歩右!」


「無茶を言うな!」


「二歩でいい!」


「減っただけだ!」


盾を押し返す。


一歩。


さらに一歩。


射線が開いた。


ヴェルナの杖が向く。


「《穿雷》!」


光。


次の瞬間。


――バァン!


雷鳴が広間を打った。


紫白の閃光が機兵の胸部へ突き刺さる。


装甲が弾けた。


焦げた金属の匂いが広がる。


だが。


まだ倒れない。


「硬い!」


ヴェルナが舌打ちする。


「核、右へずれた!」


アルマの声。


弦が鳴る。


――タン。


轟音の隙間を縫って矢が飛んだ。


露出した装甲の隙間。


その奥。


青白い核へ突き刺さる。


機兵の動きが止まった。


一瞬。


それで十分だった。


リオンが動く。


半歩。


肩が沈む。


剣が走る。


甲高い金属音が、一度だけ鳴った。


機兵の胸部が裂ける。


青白い光が漏れた。


「ノクス!」


「もういる!」


背後。


ノクスの短剣が裂け目へ入る。


捻る。


――パキン。


核が砕けた。


機兵の巨体が傾く。


「離れろ!」


グラードが叫ぶ。


全員が散る。


――ズゥン!


倒れた巨体が石床を打った。


砂埃が舞う。



その向こう。


残る二体が、同時に止まった。


「……?」


セラが息を呑む。


光の人型が揺れる。


『優先目標――再確認』


三体のうち一体は倒れた。


残る二体。


その頭部が。


同時にグラードへ向いた。


アルマが目を見開く。


「来る!」


二体が床を蹴った。


――ズン!


――ズン!


左右から。


グラードへ。


「今度は二体ともか」


盾を上げる。


正面。


右。


どちらを先に受ける。


一瞬の判断。


右。


グラードが身体を向けた。


だが。


「受けるな!」


リオンの声。


左から来た機兵の前へ、リオンが入る。


「お前――」


「預けろ!」


刃が閃く。


機兵の腕が振り上がる。


その肩。


腰。


踏み込む足。


動きの起こり。


リオンは待たない。


半歩。


先へ入る。


剣が機兵の肘を走った。


――ギィン!


軌道が逸れる。


グラードは右の一体だけを見る。


盾を傾ける。


激突。


――ガンッ!


衝撃。


肩が軋む。


歯を食いしばる。


押される。


一歩。


まだ。


もう一歩。


「グラード!」


セラの声。


胸の奥が熱を持つ。


《憤怒護界》。


呼べば。


応える。


だが。


グラードは息を吐いた。


使わない。


「アルマ!」


「右脚!」


矢が飛ぶ。


――タン!


膝。


機兵がわずかに沈む。


「ノクス!」


「はいよ!」


石柱の陰から影が飛び出した。


短剣。


同じ膝。


――キン!


亀裂。


グラードが盾を押す。


正面ではない。


斜めへ。


機兵の崩れた右脚へ、自らの重量を預けさせる。


巨体が傾いた。


「ヴェルナ!」


「だから射線を――」


グラードが一歩ずれる。


「開けた!」


「最初からそうしなさい!」


杖が光る。


「《穿雷》!」


――バァン!


雷光が機兵を貫いた。


核が露出する。


グラードは踏み込まない。


「リオン!」


返事はない。


代わりに。


すぐ横を風が抜けた。


「――零に帰す」


一閃。


音が追いつくより先に。


核が割れた。


――パキン。


二体目が崩れる。



残る一体。


リオンと向き合っていた機兵が、突然後退した。


「下がった?」


セラが言う。


違う。


アルマが叫ぶ。


「距離を取った!」


機兵の胸部が開く。


青白い光。


「伏せろ!」


グラードが盾を床へ立てる。


全員がその背後へ飛び込んだ。


閃光。


――ドォン!


衝撃が盾を叩いた。


広間全体が揺れる。


石柱から砂埃が落ちる。


盾の裏で。


グラードの腕が震えた。


「ぐ……!」


「グラード!」


「まだだ!」


二射目。


胸部に光が集まる。


その前に。


アルマが立った。


弓を引く。


「ヴェルナ!」


「見えてる!」


矢が飛ぶ。


雷が走る。


二つが同時に機兵の胸部へ突き刺さった。


――バンッ!


光が乱れる。


射撃が逸れた。


天井へ。


青白い閃光が石環を照らす。


「ノクス!」


「行ってる!」


外周。


石柱。


その影から影へ。


ノクスが走る。


機兵の背後。


跳ぶ。


短剣を肩の継ぎ目へ突き立てる。


――キィン!


機兵が振り向く。


腕がノクスへ伸びる。


だが。


その腕は届かなかった。


リオンがいた。


半歩。


刃が走る。


腕が落ちる。


――ガァン!


金属の腕が床を跳ねた。


「グラード!」


セラの声。


グラードはもう走っていた。


盾を前へ。


一歩。


二歩。


三歩。


機兵が向き直る。


間に合う。


グラードは正面からぶつからない。


大盾の縁を、機兵の胸へ滑り込ませる。


身体を沈める。


腰。


脚。


全身で押し上げる。


巨体が仰け反った。


核が露出する。


「今だ!」


弦。


――タン。


雷。


――バァン!


刃。


――キィン!


三つの音が重なった。


最後に。


ノクスの短剣が核へ沈む。


――パキン。


青白い光が消えた。


機兵が倒れる。


――ズゥゥン……。


重い響きが、円形広間をゆっくり回った。



静かになった。


剣戟も。


雷鳴も。


機兵の足音もない。


残ったのは。


六人の荒い呼吸。


グラードは大盾を床へついた。


肩で息をする。


セラがすぐ横へ来る。


「使わなかったわね」


「……何をだ」


「分かってるでしょ」


グラードは答えなかった。


少し離れたところで、リオンが剣を払う。


ノクスが座り込みそうになり、慌てて踏みとどまった。


「三体でこれかよ」


「三体だからよ」


ヴェルナが杖を下ろす。


アルマはまだ弓を構えていた。


中央。


光の人型を見る。


その輪郭が揺れている。


『防衛……失敗』


声が途切れる。


青白い線が崩れ。


光の人型は、静かに消えた。


中央の構造物も。


ゆっくりと光を弱めていく。


誰も動かなかった。


待つ。


十秒。


二十秒。


新しい機兵は出てこない。


やがて。


――ゴ……。


低い音がした。


グラードが顔を上げる。


「……奥だ」


円形広間の反対側。


閉ざされていた巨大な扉が震えている。


――ゴゴゴゴ……。


石と石が擦れ合うような。


腹の底まで響く重い音。


床に積もった砂埃が震える。


小さな石片が跳ねた。


扉の中央に。


一本の隙間が生まれる。


細い光が差す。


ゆっくりと。


本当にゆっくりと。


巨大な扉が左右へ押し開かれていく。


六人は黙って見ていた。


開いていく。


まだ。


開いていく。


やがて。


その向こうが見えた。


道。


さらに奥へと続く通路。


ノクスが長く息を吐いた。


「……まだ、あるのかよ」


ヴェルナが杖を肩へ預ける。


「これだけやって、まだ入口?」


アルマは答えなかった。


ただ。


開いた扉の向こうを見ている。


リオンが剣を鞘へ収めた。


――カチン。


小さな音が。


静かな広間によく響いた。


グラードは大盾を持ち直す。


門を越えた。


それでも。


《眠る巨壁》の中心は、まだ遠い。


六人はようやく。


その内側へ、一歩を踏み入れた。

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