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8. プレスト・アジタート〜極めて早く、胸騒ぎがするように〜

 山の機嫌は気の向くまま自由に変化する。

 気分屋ここに極まれりだが、自然とは往々にして人間の都合など考えちゃいない。

 パラパラと降りしきる小雨は大地を濡らし、朝露と混じって染みの一つと消える。

 誰の顔色も窺うことなく手前勝手に雨水を叩きつけておけばいいのだから気楽なものだ。


 たった数時間で下山できる道のりも、雨脚と共に迂回を必要として遅々として進まない。


 昨晩の協議の結果、オレとサクラは一度街に戻り作戦を練り直すことに決めた。

 そもそも所在を把握しきれない状態で、よもや吶喊する訳にはいかない。

『獣魔帝(ウォーモンガー)』が如何に強いのかオレには見当もつかないため、一度戦闘経験のある五人組の認識を確かめる必要もあるだろう。

「『獣魔帝(ウォーモンガー)』は接近戦を得意とするタイプで、感覚と腕力、俊敏性が桁違いだったわ。奇襲されたら一たまりもないわね。なにせ、気付けないのだから」と脅されてはオレも怖気づく。

 偏見と伝聞情報だけで判断するのは危険だが、水準は高い方がいい。

 彷徨龍か、地下の怪物共と同程度だと評価しておくべきだろう。


 現状、オレはレベルも能力値も比べるまでもなく強化されている。

 例え万全の彷徨龍と戦ったとしてもいい勝負はできるだろう。

 しかし、万が一にでも『獣魔帝(ウォーモンガー)』が彷徨龍を凌駕するのならば。

 オレ一人では苦戦を強いられるだろう。


「ラファエル……本当にいいの? 貴方にとってわたしは行きがかり上の他人ってだけなのに」


「行き掛けの駄賃とも言う。それに、普通は他のメンバーのように尻込みして怯懦する。だが、サクラは正面から向き合ってる。誰に褒められるでもなしにな」


「見返りは不要よ。わたしの我儘なんだから」


「我儘と断言できるだけで見事だ」


「真剣に聞いてちょうだい」


 わざわざ歩調を強めてオレの眼前へと回り込んだサクラの瞳には、真実を聞き逃しまいとする決意の焔があった。

 どうやら、簡単には逃がしてはくれないらしい。


「オレが憧れる人は、サクラを見捨てない」


「だから、危険だと分かってても……?」


「オレはそ(・)の(・)人(・)に再び会うために旅を続けている。顔を合わせなられない惨めな行為だけはしたくない」


「…………、やっぱり。貴方は凄い人よ」


「オレは君の方が凄いと思うがな」


 面映ゆさもあり、オレは早々に話を切り上げて先を急ごうと促した。

 途端に、オレは微かな気配の揺らぎを感じた。

 距離はそう離れていない。

 だが、接近まで気が付けなかった。

 矢庭に歩調を緩めたオレに、サクラもまた怪訝そうに眉を顰めた。


 枝を踏みしめる音、断続的に響く談笑の声。

 ガチャガチャと金属音を響かせ鎧が擦る不快な波長。


「それにしたって……災難だったな。こんな辺鄙な土地まで飛ばされるなんてよ」


 野卑で投げやりな声が、森の静寂を破り貫いた。


「音の通りがおかしいとは思っていたが……崖になっていたのか」


 視線を右方向へと向けると、崖下から重装備をした五人組が現れる。

 派手な髪色の者もいれば、馴染み深い造形を思わせる者もいる。

 眼下には鈍重ながらも決して油断の色を感じさせない隊列を組んだまま山中を踏破する一団が、詰まらなそうに歩んでいた。


「前野君……」


「知り合いか?」


「あれ全員、勇者パーティよ。ギルドで会ったでしょう?」


「…………ソンナ気モスル」


「貴方……本気で言ってる? 曲がりなりにも殺そうとしたのよ?」


「オレは過去を振り返らない男だ」


「美化しないでちょうだい。単に興味がないだけでしょう」


 軽口を叩いているが、崖下を覗き込むサクラの横顔は痛々しく歪んでいる。

 一年前なら、あの輪に彼女も加わっていただろう。

 親友と、気の置ける仲間と共に勇者の責務を果たさんと躍起になっていたかもしれない。

 若しくは。

 サクラの気質から、戦いを好まない温和な性格だと予想できる。

 勇者パーティに加入していたのも、親友が加入していたから付いていただけかも。

 どちらにせよ、サクラの彼らは分かたれた。

『獣魔帝(ウォーモンガー)』によって、矜持も自負もプライドも、果ては仲間の命すら奪われて。


「けどさ博人(ひろと)。明日には帝都に戻れるんだろう?」


「そうだな。皇帝陛下が北方戦線に加わってほしいってよ」


「やっといたちごっこから解放される……」


「あんな怪物相手に何ができるってんだ。人間相手の方が断然ラクだってのによ」


 何を口走っているのか、どうやら自覚はないらしい。

 獣狩りよりも殺人に躊躇いがなくなっているなど。殺人狂か、はたまた快楽殺人者の言説だぞ。

 チラと隣に視線を向けるとサクラは悲痛に表情を歪めていた。

 やはり、同郷にして仲間だった者の失墜は見ていられないのだろう。

 不道徳な人間に堕ちたのではない。倫理観を根底から放棄したのだから。


「なあ、夜宮には声かけるのか?」


 予想外の名前が飛び出て、思わずサクラは面を上げた。

 まだ仲間だと認識されていた驚愕か、それとも、再び強敵に対峙する覚悟を決めたか。

 だが、サクラは最悪な裏切りを経験することとなる。


「いらねえよ。妄執に取りつかれてる奴がいるだけで気が滅入る」


「そうだよなぁ。顔は良かったんだけどなぁ」


「俺たちは勇者パーティなんだぜ? いい女なんざ漁り放題だ」


「でもさ、博人。こいつ、夜宮に惚れてたんだぜ?」


「お、おい! そりゃ、性格はキツイし小言が多かったけどさ…………顔は良いし、身体だって捨てるに惜しいよ」


「それを言うなら帆風の方だろうが。美人でスタイルも良くって、おまけに愛想もいい。男子でも彼女にしたいランキング二連覇だった」


「ほんと……あいつら逆だったらよかったのに」


「言えてる。帆風なら怪物相手に再戦しようとは言わないだろうしな」


「あいつは弁えてた。女は男の三歩後ろを歩けなんて前時代的なことは言わないが、それにしても、どこぞの勘違い娘のように分不相応な要求はしなかった」


「まったく、博人の言う通りだ」


 粗暴で低俗な笑い声が反響する。静謐な山中が故に、寂寥すら伴って耳朶を打った。

 彼らは嘲笑した。亡き仲間を、雪辱を晴らそうとする旧友を。

 彼らは貶めた。今もなお、恐怖を押し殺して懸命に戦おうとする者を。


 もはや意識を向ける必要すらない。

 粘着質で墨汁をひっくり返したように黒々とした殺意と憤怒が、ひしひしと感じられるから。


「ラファエル……離して」


「断る。耳を貸すなとは言わない。が、意に介すなとは言う」


「だって……ッ!」


 目尻に涙を浮かべ、張り裂けんばかりに悲痛を叫ぶサクラ。

 じくじくと痛むであろう生傷を抉られ、粗塩を塗りたくられた気分だろう。

 無関係な第三者からの侮蔑ではない。かつて肩を並べて戦った仲間から、異世界に転移する前から気を許した相手から、お前は死んだ方が良かったと言外に断じられたのだ。

 生き残った者を冷笑し、志半ばに斃れた者を嗤笑する。

 あまりにも残酷で、酷薄な所業だろう。

 誰であれ、義憤に耐えかねる。

 一言でもいい、間違いを是正したい。せめて、反駁をしたいと願うだろう。


「怒りや哀しみは魂に巣食って君自身を食い破る」


「…………だから、泣き寝入りしろって言いたいの?」


「ああ、そうだ。気丈な者程、早く力尽きる。許容できないだろうが、それが現実だ」


 最早、サクラはまともに佇立できなかった。

 泣きじゃくる子どものように顔を覆い、オレにもたれかかるように嗚咽を噛み殺している。

 衣服越しに感じる体温を、熱を帯びた生命を。

 抱きかかえるでもなく、抱擁するでもなく。オレはただ眺めていた。


 オレに、他人へ流せる涙はない。

 偉丈夫ならば、居丈高だろうと一端の人間を名乗るなら。慰めの言葉一つでもかければいい。

 だが、オレにはできない。

 たった五年。されど五年。

 光の届かない殺戮と死の世界で神経をすり減らしたオレに、感情の起伏などなかった。


 だからだろうか。

 手持無沙汰ながらもサクラの昂りが収まるのを憮然と待っていたオレは。

 背後で膨れ上がる膨大で絶対な殺意を感じられて。


 最後尾を歩いていた勇者の二人の首が、無造作に弾ける様子を。確かに認識できたのだ。






 ❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐







 命が途絶えたにしては呆気ない音だった。

 魔獣だろうが、人間だろうが。屍になる刹那は相違ない。

 プツリ──と、弦が断絶したように。どさりと無機質な衝突音と共に大地へと転がる死体と、どくどくと流れ続ける血潮だけが。

 現在進行形で死が体現されているように思える。


「は?」


「お、おま──ッ!? ・?」


 茫然としたままに我を失っていた代償を払うように。

 続く惨劇のショックは薄かった。一撃目と、何も変わらなかったのだから。

 腕を薙ぐだけで、面白いように首が飛ぶ。

 重装備に身を包み、【技能(スキル)】だって反則級の代物をもっていようと。

 まるで些事のように、土嚢に変わる。


「ひっん──っ!?」


「静かに。幸い、勘付かれてはいない」


 咄嗟に覆った掌から絶叫が漏れている。

 諭すように耳打ちするが、未だ恐怖と未知、憤怒に焼かれる小さな身体は震えているのが分かる。


 嵐か天災を思わせる不条理を眼前で繰り広げてくれた元凶は、堂々としていた。

 銀色の毛髪を風に揺らし、狂暴に歪む顔からは巨大な野生を隠しきれていない。

 三メートルはあるだろう体躯は筋肉質で、刃を頑として通さない気概を感じさせる。

 血に濡れたかぎ爪はぬらりと陽光を反射し、二本の牙は日本刀のような零度の切れ味を教えてくれる。

 人狼(ウェアウルフ)。

 あれが、『獣魔帝(ウォーモンガー)』。


 数メートル離れているはずのオレまで被食者に睨まれたカエルのように、全身を刺す殺意と本能的な暴力を感じる。


「お、おおまえ…………! 何のようだッ!」


 半狂乱にならないだけ肝が据わっている。

 偶然にも一人残された前野某が剣を構えて詰問しているが。

 傍から見れば頼りなさが際立つ。

 腰が引けて、顔には怯懦が奔り、剣を握る両手はおかしいくらいに震えている。

 トラウマを刺激されただけではなく、気心の知れた仲間を目の前で惨殺されたのだ。

 あまつさえ、今回はつい先ほどまで談笑していたのだ。

 気が付いたら一人、また一人と。暴威に撫でつけられるだけで、いとも容易く潰される。

 溜飲が下がるなどとは思わない。

 ただ、哀れだと思う。


 適当に腕を振るうだけで殺せる相手に、まさか反撃を余裕を与えるはずもない。


 彼は生かされた。


「『獣魔帝(ウォーモンガー)』、俺はお前を──」


「コレで、全員カ……?」


「は?」


 片言だが確かに、『獣魔帝(ウォーモンガー)』は言葉を発した。疑問を口にして、冷徹に視線だけで前野を見据えている。

 質問の体を取ってはいるが、実質的には脅迫だろう。

 答えなければ、待っているのは骸に成り果てる未来だけだと。


 どうやら、オレに残された時間も少ないようだ。


「サクラ、冷静に聞け」


「……っ」


 膝を折り、目線を下げる。

 数多の感情が綯い交ぜとなって濡れそぼり、大きく揺れる彼女の視線をオレに限定させる。

 視界の外で起こっているのは現実ではなく、悪夢の中だけの話だと思わせるように。


「あれが、君の仇だな」


「……え、ええ。そうよ…………」


「オレは約束した。『獣魔帝(ウォーモンガー)』を殺すと」


「ま、まさか…………いま……?」


「お誂え向きのタイミングだ。ここを逃せば二度と会えないだろうな」


 逡巡。当惑。葛藤。

 つい数秒前に見せつけられた絶対的な隔絶。

 癒えたとはいえ、強引に記憶の奥底へと封じ込めただけの痛ましい経験。

『獣魔帝(ウォーモンガー)』の恐ろしさは彼女の五臓六腑へと刻み込まれていることだろう。

 到底擁護できるはずもない。

 オレは再び、かの恐怖を味わえと強要しているに過ぎない。


 だが、オレの知るサクラならば。


「やる……わたしも、やる…………ッ!」


 必ず立ち上がる。

 彼女の瞳の奥に垣間見た、不屈の精神。

 彷徨龍を前に、折れることなく再起を誓い背を向けた彼女の信念に。

 そっくりだ。


「サクラの【技能(スキル)】はバフだったな。何ができる」


「……? えと、何でもできるわ。攻撃力、膂力、感覚……色々上げられる」


「なら全霊でオレにかけろ」


「わ、わかったわ……!」


 それらしい詠唱も、魔力の動きもなかった。

 無駄を可能な限り省略した必要最低限の動きは、経験を基礎として洗練された過程が窺い知れる。

 迅速さを優先した結果、拙速にも陥らない。

 筋肉の躍動、感覚の強化、認識能力の昇華。

 想像以上の効能だ。

 数キロ先の魔獣の動きすら視認できる視覚野が、更に深奥まで見据えられる。

 山脈全体に覆う生命の息遣いを仔細漏れずに把握できる。

 基礎能力が三倍にも上昇している。

 破格の【技能(スキル)】を必死に叩き上げたのだろう。

 与えられた能力であれど、努力で底上げしたのだと分かる。


「ラファエル……前野君は…………」


「撒き餌だ。もう少し時間を稼いでほしいものだが……ダメだな。もって二秒か」


 腕を振りかぶった『獣魔帝(ウォーモンガー)』の姿から、前野が殺されるのは明白。

 目的が何であれ、作業が落ち着けば意識に空白を生じさせるのは必然。

 何を嗅ぎまわっていたかは知らないが、付け込ませてもらおう。


「────【模倣複製(クローン・ドリー)】」


 イメージは短剣。

 漆黒の拵えに、鈍色の刀身。

 地下空間にて【創造生成(ウィッチ・クラフト)】で創造した武器。

 銘を打つならそうだな。


 “賢者の短剣(Fool Day)”か。







 ❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐❒❐






 初太刀は躱される。

 それが定石であり、猛者は二の太刀にこそ本命を仕掛ける。

 だが、これは百戦錬磨の強者にこそ許された理屈だ。

 地を這うしか能のない、オレのような弱者は初太刀で趨勢を決しなければ勝ち目は途端に失せる。


 木々に囲われた山道。

 位置取りはオレが上で敵が下。

 偶然にも圧倒的に優位な立ち位置を取れたわけだ。

 加えて、『獣魔帝(ウォーモンガー)』はオレたちに気づかず、オレは『獣魔帝(ウォーモンガー)』を見据えている。

 周囲を鬱蒼とした木々に囲まれている故に、簡単には捕捉できまい。

 だが、絶対ではない。

『獣魔帝(ウォーモンガー)』は人狼(ウェアウルフ)だ。

 五感は優れていると見た方がいい。

 オレの位置がバレる前に、奴を消す。


 オレの特技は投擲。

 残された時間は一分にも満たない超短期決戦。

 居場所が露見する前にカタを付ける必要がある。


 なんて、簡(・)単(・)なんだ。


「シッ──!」


 全力で、投げる。

 サクラの強化(バフ)によってオレの膂力は限界まで上昇している。

 “賢者の短剣(Fool Day)”はオレの予測した軌道を、亜音速を凌駕して突き進み。


「ガァッッ!?」


『獣魔帝(ウォーモンガー)』の左脇腹へと寸分違わず刺さった。

 予想外の一撃。

 如何に五感の突出した生物であれ、認識を遥かに超える速度で接近する飛翔物には対応できない。

 そもそも、認識できていないのだから。


 緩やかな旋律が脳内へと去来した。

 峻烈で、しかして穏健。

 無意識に譜面が脳裏を駆ける。耳馴染みのある音色だ。

 嬰ハ短調のアダージョ・ソステヌート。消え入りそうな音調でありながらも、切々と音を紡ぎ続けている。

 緩やかに鍵盤を叩き、優雅に滑っている。


「二の太刀だ」


【模倣複製(クローン・ドリー)】──“虹龍の(World )咆哮(Legacy)”


 虹色に輝く刀身の剣を二振り。【創造生成(ウィッチ・クラフト)】で錬成した際には通常の刀身で生成したが、些か扱いに困った。

 だが、短剣サイズではどうしても攻略に不可能な相手もいる。

 故に、刀身は脇差と同じ長さに変更した。

 剣よりも短く、短剣よりも長い。


 “虹龍の(World )咆哮(Legacy)”は彷徨龍の脊椎と鱗を混淆させて生成した剣だ。

 超抜個体(ネームド)の素材だからか、一つだけ効力が付与されていた。


「フッ──」


 右手の剣は右舷の大木へと。左手の剣は直線を描いて。


「クダランッ!」


 そりゃそうだろう。

 同じ手を喰うバカはいない。傾向と対策。

 野生に近しい『獣魔帝(ウォーモンガー)』にとっては理性に先立つ本能に近しい。

 だから、初太刀と軌道も速度も、全て一致させた剣を容易く弾く。


 引き換えに。


「……ッ!?!?」


 大木にぶつかり跳弾させたもう一本の“虹龍の(World )咆哮(Legacy)”を。

 意識を逸らされて知覚外から奇襲する一撃を。

 簡単に見過ごすのだ。


 急変する現実に呼応するように脳内で加速する音色。

 アレグロ、変ニ長調。スタッカートとアクセントが強調される軽快なメロディーだ。

 スケルツォ(冗談)とも受け取れる軽やかなラインには思わず踊りだりたくなる。

 第一楽章とは打って変わって急上昇する主題は聞く者の気分を高揚させる。


「ナ……ッ!?」


「やっと効いたか。図体がでかい分、時間がかかったな」


 地下空間を踏破するにおいて、オレがもっとも苦戦した相手。

 ただ一度、奴の攻撃が掠るだけで生命が危ぶまれた。


「オレは中和に半年をかけた。殺してくれとも思う激痛だ。とくと味わうがいいさ」


 畢竟、生命体ならば猛毒に敵う筈もない。

 とさか蛇野郎のしたり顔は今でも忘れられない。

 意気揚々と現れた挑戦者を劇毒の混じった吐息で撒くだけでいい。それで、大抵の相手は失神するか絶命する。

『称号』──『不老不死(アンデッド)』のおかげで死にこそしなったものの、半年間も生死の境を彷徨う羽目になった。

『獣魔帝(ウォーモンガー)』もまた例外ではなく、泡を吹いて膝をついている。

 意識を失わなかったのは野生としてのプライドか、はたまた抗体の強度か。

 “賢者の短剣(Fool Day)”の付与効果は遺憾なく発揮されたと言える。

 相乗効果で防御能力が欠如すれば。

 “虹龍の(World )咆哮(Legacy)”の特性である全生命体への致命的打突も十分に効力を発揮する。


「三の太刀」


【模倣複製(クローン・ドリー)】──“可惜夜(Crecent )の漆黒(Revenant)”


 光を吸収するかのような漆黒の刀身に、“虹龍の(World )咆哮(Legacy)”と同程度の長さ。

 かつて王城で盗み見た宝剣もそのままに付与効果も同時に再現してみた。

 “虹龍の(World )咆哮(Legacy)”を左手に、“可惜夜(Crecent )の漆黒(Revenant)”を右手に構えて。

 オレは再び投擲する。


 今度は両者共に木々へ向けて投げる。


『獣魔帝(ウォーモンガー)』もまた学習したのだろう。

 相手の裏をかいて予想外の攻撃を仕掛ける知能犯だと。

 眼光は油断なく全方位をくまなく観察し、本能はさることながら毛の一本に至るまで警戒心へと舵を切っている。


「ナメル、ナッ──!」


 お見事。

 完全に死角からの飛来にも関わらず、三度跳弾を繰り返した“虹龍の(World )咆哮(Legacy)”を弾いて見せた。


「想定通りだな」


 静かに頷き、オレは最(・)後(・)の(・)複(・)製(・)を行う。

 生成途中に耳をつんざく程の絶叫が迸り、確信を強める。


 視線を投げれば、右目を抑えて蹲る『獣魔帝(ウォーモンガー)』の姿が見えた。

 回転数と跳弾数、周波数に至るまで完全に一致させた甲斐があった。

 “可惜夜(Crecent )の漆黒(Revenant)”の付与効果である完全隠密も相まって、一難に対処して油断した『獣魔帝(ウォーモンガー)』の虚を突くことに成功した。

 生物にとっての視覚は当人の想像を超えて恐ろしい程に行動へ左右する。

 全身を猛毒に犯されて、一撃だろうと致命傷を負ったような苦痛を味わい、片目を潰される。

 時間が経つにつれて毒は駆けまわり、痛みは増幅される。

 自力で直立することさえ不可能になったのだろう、朦朧とした意識の中でも『獣魔帝(ウォーモンガー)』は敵影を探している。


 これは、激情だ。

 迸る激憤。

 プレスト・アジタート・嬰ハ短調。再び戻った檄俊な戦慄は、オレの心を否応なく掻き立てる。

 内から己を破らんとする狂熱。まるで焼き付けんばかりの熱情。

 激しく、軽やかに、狂おしい程に。

 八十八ある鍵盤を叩きつける。


「執念には敬意を払おう」


 複製した“虹龍の(World )咆哮(Legacy)”の数、僅か二本。

 オレは知っている。

 今の『獣魔帝(ウォーモンガー)』にはこれ(たった二本)で十分だと。

 受けたダメージは高々三本の斬撃。

 だが、その全てが固有の特性を持ち、最高の効力で対象の能力を下げてくれた。

 翻って、オレは絶対的優位な立場から、肉体能力が上昇した状態で、攻勢に専念できた。


「四の太刀」


 全身の筋肉を作動させて腕を振りかぶる。


 軌道は正確に、オレの想定通りに進む。

 一本の“虹龍の(World )咆哮(Legacy)”は右方向の大木の幹へと当たり、天高く飛翔する。

 片や、もう一振りの“虹龍の(World )咆哮(Legacy)”もまた左方向の大木の幹へと当たり、直情のままに対照の大木へと衝突して軌道が変わる。

 二本の“虹龍の(World )咆哮(Legacy)”は一度か二度の違いはあれど、跳弾を繰り返して空中のある一点で交差する。

 そう、『獣魔帝(ウォーモンガー)』の頭上で。


 互いにミリ単位の距離感を維持したまま交差した“虹龍の(World )咆哮(Legacy)”は対極の木々へとぶつかり。

 僅かに方向を変えて、衝撃をエンジンに加速する。


 幾度かの跳弾に加えて、一度二本の“虹龍の(World )咆哮(Legacy)”は位置を同じくした。

 右眼を潰され、左目も毒によって霞む『獣魔帝(ウォーモンガー)』にとって頼れるのは聴覚だけ。

 だが、それも跳弾と交差の攪乱によって潰える。

 そして。

 後に待っているのは無慈悲にも正確無比な投擲だけだ。


「──ッ──── ? !!」


 鳩尾と、脳天。

 彷徨龍から生成した“虹龍の(World )咆哮(Legacy)”の切れ味は地下空間の怪物共へ実践済みだ。

 所詮は人狼(ウェアウルフ)でしかない『獣魔帝(ウォーモンガー)』の肉体では、到底防げるはずもない。


 僅かな沈黙の後。

『獣魔帝(ウォーモンガー)』は力尽きたように倒れ伏した。

 面積を広げる血だまりが。

 呼吸のとまった、心臓の鼓動が、体温が消え失せる音を聞きながら。


 そして、脳内を煌めいた旋律も次第に収束していった。

 ピアノソナタだ。ベートーベンの月光。オレの耳に、脳に、魂に克明に残された情景と情熱。

 月夜でもなく、曲調に合う精神性をオレが保有しているかは度外視して。

 まるで聞き惚れるように、オレは静かに両手を下げる。


 内なる音から目を逸らして、ビリビリと震える全身の筋肉を沈めて。

 オレは勝利したのだと、確信できた。

ステータス──レベル302


・筋力210→259

・体力301→372

・速力196→210

・知力261→298


『称号』『龍殺し』『不老不死』『悪魔殺し』


【権能】【創造生成】【模倣複製】【万象記録】


【技能】なし

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