2. やるせなさ
二ヶ月と半月。
オレはただ歩き続けた。
目的地はヴァリアス半島。一日でも早く、ミカエラと再会するために。
野を超え山を越え。ラッセル車を彷彿とさせる勢いで山中を駆けた。
と、大仰に言ったはいいが、所詮は人の脚。大した距離を稼げるはずもなく、ディリーリア王国から次の大きな街に辿り着けたのが関の山だった。
オレは『龍殺し』のおかげで大した疲労もなく、確実に踏破できたが。
サクラには不便をかけた。慣れない山道に、ゲリラ豪雨、魔獣やモンスターの奇襲、交代での見張り。
文句を言わずに付いてきてくれたのが奇跡だ。
さて、今、オレたちは帝国領南東最大規模の街、ワジェンキに辿り着いた。
本来ならば、馬を使えたら半月の短縮が見込めた。
しかし、オレの体質のために、大幅な遅れを取った。
なんと、オレは生物に恐れられるみたいだ。
…………などと、大げさに言ってみは良いが、これも『龍殺し』の影響だろう。
効力もあれば、副作用もある。劇薬とはそういうものだ。
地下空間を出てからというもの、馬や犬、猫といった動物の類に無条件で嫌悪され、恐怖された。
血気盛んな魔獣ですら遠目に動向を窺うだけときた。
理由には確信がいった。
全生命への優位。
それはこと戦闘では優遇されるものでも、生活をする上では欠点にしかなり得ない。
馬を借りることも、ましてや乗馬など夢のまた夢だ。
能動的が故に、『称号』のオンオフができず苦心した。
そして、オレたちがワジェンキで滞留している理由。
それは……。
「悪いな、兄ちゃんたち。こっから先はドニエストル川の氾濫で雨季は通れねえよ」
雨季。
この世界では年に一か月から二ヶ月弱、台風も真っ青な大雨が降り続ける時期が存在する。
オレも低気圧頭痛で気持ちがブルーになる頃合い。
帝国南東から北東にかけて連なる大山脈の上流からの支流であるドニエストル川は、雨季に大洪水規模の氾濫を起こすらしい。
数百年前から様々な対策が講じられているものの、どれも焼け石に水、濁流に蝋燭。意味を為さなかった。
故に、雨季には交通そのものを禁じてしまえばいい……とかいう短絡的な理由でオレたちはワジェンキで足止めを喰らう羽目になった。
ワジェンキ郊外の宿屋。
二ヶ月の旅路で路銀は一年間依頼をこなさずとも生きていけるだけの大金まで膨れ上がった。
そのため、安全面に考慮した宿屋を二部屋分取れるだけの余裕ができたのだ。
バナナミルクセーキ一杯で素寒貧になっていたオレも成長したものだ。甲斐性というやつか、貫禄か。少なくとも、年下の女子高生に金をせびる中年の地獄絵図は回避できた。
とはいえ、あまり褒められた金策でもないのが痛いところ。
魔獣の襲撃に反撃し、【創造生成】でローブや短剣に変化させて売却する。
一度生成した装備は時間経過と共に消失、などはない。
他にも【創造生成】で判明したことと言えば、様々な付与効果を持つ武具の生成は素材の希少さによって変化するということ。
例えば、そこらに出没する魔猪から生成した短剣は鋭いだけだが、地下空間のボスである毒蛇から生成した“賢者の短剣”は猛毒を付与できるといった具合に。
そのため、“賢者の短剣”や“”の原本は全てサクラに預けて……というより、あげた。
どうやら、彼女の【技能】の中には亜空間収納とやらがあり、幾らでも装備をストックできるらしい。
破格の【技能】だと褒めたら、ジトッと睨まれた。
素直な感想だったのだが。顔が悪かったのか、顔が。
「そういえば、サクラの装備に気を回していなかったな」
窓から滴る水滴。小雨の印象的な石畳の街並み。
木造の宿屋の一室はベッドとタンスと机と暖炉。簡素極まりない。
恐らく、隣室のサクラの部屋も同じ間取りだろう。
装備どころか、オレは彼女の身の上を表象しか知らない。無論、彼女にもオレの情報はあまり与えていない。
信頼していない訳ではないが。気を悪くしてもおかしくない。
女心と数学だけはオレの苦手科目だ。
不愛想と不器用を併せ持つオレには縁のない話だが。
パーティメンバーであることに代わりはない。
「今の素材でどうにか…………なる、か?」
ごそごそと手持ちのリュックをまさぐると、出るわ出るわ謎の素材が。
雹霜蜘蛛の糸、高位不死霊獣の毛皮と牙、超位死霊術士の核、聖級森精霊の枝…………碌な素材がないな。
サクラは【技能】をメインに立ち回るとはいえ、魔法が使えない訳ではない。どうやら、魔法使いに適した【技能】も持っているらしい。
ならば、杖か。ついでにローブと防具だな。
「いや、本人に一度尋ねる必要があるか」
情けないことに、二ヶ月一緒に旅をしてオレはサクラの好みを何も知らない。
「カネならある。が、買ったものをそのまま渡すのもな……」
世には職人手製製品というものがある。
真心こめた世界に一品しかない作品。
オレは職人ではない。しかし、【創造生成】は紛うことなき熟練職人だ。
そうと決まれば視察だ。
確か、ワジェンキの市場には冒険者用の装備が売られていたはずだ。
興が乗ればそのまま武器屋も見て回ればいい。あくまでも、観察するのはサクラの様子だ。
杖一つとっても性能や趣向など、つぶさに観察する必要がある。
今こそ『龍殺し』の真骨頂発揮だ。
あらゆる感覚機能を導入して、サクラに気に入ってもらえるような品を贈ろう。
せめてもの、感謝の印として。
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ワジェンキの街並みは異世界に相応しい風格を携えていた。
人々は雨季にも慣れているのか、平素と何ら変わらない様子で市場は賑わっていた。
曇天に覆われてはいるが、時刻は昼時。
人でごった返すのは目に見えていた。
しかし、やはり降雨の影響か、二人で横に並んでゆったりと歩いても余裕はあった。
「突然出かけるって言われた時は驚いたけど、買い物だったのね」
「……何と勘違いしたんだ?」
「貴方のことだもの。てっきり強行軍でもするのかと思って。ちょっと驚いちゃった」
「幾らオレだって節度はある」
「どうだか……まっ、休息だと思ってゆっくりしましょ」
サクラの恰好は、どこにでもいる町娘のような服装だ。
ポンチョのようなローブを羽織り、ワインレッドのワンピースに身を包み、足元は革製のミドルブーツを履いている。
こちらの世界に傘はない。
フード付きのマントか、さもなければ買い物かごを頭に乗せて最低限の雨除けに使用してる。
彼女もそれに倣い、フードに顔をうずめている。
「それで、ラファ。何を買いたいの? 食料なら備蓄は十分だったはずでしょ?」
「ああ。少し装備をな」
「……? ラファなら自分で幾らでも作れるんじゃない?」
「ああ、だが、拵えの機微には疎くてな。イメージの問題だ」
「ふぅ~ん。こだわりたいって訳ね」
オレは本題を隠した。
何故か、正直に言ってはいけない気がしたんだ。
サプライズに拘泥した訳じゃない。けど、正面から伝えるのは何故だか憚られた。
「とはいえ、今日は視察だ。ワジェンキには長く滞在する。その間に買い足せばいい」
目に付いたのは露店ではなく、ワジェンキの武器屋だった。
サクラと目配せをして、頷いた後に扉を潜って入店する。
中は豪奢なものだった。
壁にはズラリと剣や槍、盾やハンマー、戦斧、杖といった様々な武具が立てかけられており、壁に沿って並んでいるマネキン擬きには甲冑が着せられている。
他にも魔法使い用のローブや、荷運び用の木材が散見できる。
客はまばらで、思うように物色できるな。
「すごいわね……わたし、こんな規模の武器屋は見たことがないから新鮮だわ」
呆気にとられたように、熱に浮かされたようにサクラはフラフラと店内を眺めている。
そして、一点。
やはりと言うべきか、魔法使い用のローブや杖の前で足を止めた。
視線は商品と値札の間で忙しなく動いている。
最低金額でも三十万エール程。
オレたちは小金持ちレベルまで稼いだが、やはり不自由なくとはいかない。
「気になるのか」
「そりゃぁ……最近はラファが片付けてくれるけど、いつ『獣魔帝』クラスと戦うか分からないでしょう? わたしも、できることなら力になりたいし」
「サクラは十分やってくれていると思うが」
「おべっかは結構よ。後方支援にも、それなりの苦悩はあるってこと」
それっきり、彼女は歩き出してしまった。
会話の最中にも探ってみたが、これといって決まった趣向に拘泥していないように思える。
その後は、二人で様々な武具を見て回った。
刀剣を眺めれば、如何にして投擲して跳弾できるか。
戦斧を持てば、ずっしりとした重量の中に芯を見つけられた。恐らくハルバードも今のオレなら相応の速度で投げられるだろう。
その結果、モンスターならば討伐できる。
だが、彷徨龍や『獣魔帝』レベルには通用しないだろう。
『獣魔帝』には速度と固有能力で何とか渡り合えた。
ならば、威力を優先して持ち味を殺すには惜しい。
とはいえ、確実に命を屠れる安心感は後ろ髪を引かれる。確実に殺害するためのフィニッシャーに使うか? いいや、そもそもオレは長期戦に向いていない。
オレの戦闘スタイルは投擲一筋だ。相手に適応されたらなす術なく蹂躙されるのがオチだ。
やはり、重量のある戦斧は不向きだな。
…………いや、だが。しかし。
「こうも優柔不断とは思わなかったな」
「何を悩んでいるの?」
「斧を投げるべきか」
「…………ずっと聞きたかったのだけれど、ラファはどうして投擲にこだわるの?」
そういえば、何故だろう。
今のオレは龍と同等の身体能力を誇る。『龍殺し』様様だな。
近接戦闘も肉体強度が上がれば可能だろう。
「唯一の特技ってのと……手は汚したくないから、だろうな」
「それは…………物理的に? それとも、精神的に?」
「さて、オレも分からんな」
「あれ、違うの? 普段から両手はポケットに入れてるし、分厚い手袋をつけてるから、わたしてっきり…………」
「よく見てるな」
「ふぁんっ!? い、いいいえ? 他意はないのよ?」
「……? そうか、オレの手で良ければいつでもみせてやる」
「ゃぁあ……別に手がみたいって訳じゃないんだけどね…………?」
豹変したかのように態度がおかしくなったサクラは、まるで逃げるように武器屋から足早に去ってしまった。
収穫はなかった訳じゃない。
ローブの系統はフードのついた膝丈。
暖色よりは寒色。
蒼や緑よりは紫や黒。
鮮やかよりはしっとり。
落ち着いた色合いを好む。
杖ならば持ち手がしっかりと考慮されていて、ウッド調。
ごてごてとした装飾はなく、飾り気のないシンプルな方が良い。
魔石は極力大きく。
予備に短剣も欲しいとぼやいていたが、そちらはオレの得意分野だ。
何せ、十を超えるレパートリーから様々な素材をストックしてある。
刀身から、拵えまで。鞘すらもオレなら自在に生成できる。
ならば、優先すべきは杖とローブだろう。
もしかすると、私服やアクセサリーの方が喜ばれるかもしれない。
彼女も年頃の女の子だ。
異世界などに来なければ、今も親友と楽しくお喋りしながら下校でもしていたかも。
ほんの些細な出来事。きっかけ。
作為が混じる結果の上で、サクラ・ヨルミヤは帝国に召喚された。
生死を分けるのは覚悟だが、安寧と波乱を未然に防ぐのは準備だ。
オレは、サクラにむざむざと死んでほしくはない。
何故、そう思うのかは。
言葉にはできないが。
自然と、決められていたみたいに。
緩やかに納得できた。
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満月は鈍色の厚い雲に隠されてしまった。
今もサーサーと窓の外では小雨が降っている。
木製の机とテーブルが十三。スペースはお世辞にも広いとは言えない。
全ての席に客が入り、皆思い思いに酒を傾け、雑談に興じている。
現に、オレたちも食事を終えて飲み物と共に緩慢な時間を過ごしていた。
武器屋を後にしたオレたちは市場を巡り、必需品の買い出しを行った。
特に、サクラは入り用だったらしく、口数少なに調達していた。
ある程度の散策が終わり、宿屋に荷物を置いたオレは、そのままサクラに夕飯へと誘われた。
今までの街でも、必ずと言っていいほどサクラはオレを誘ってくれた。
否と拒絶するだけの度量はオレにはなく。むしろ、有難く思う。
店はサクラが選んでくれる。
今晩も、意気揚々と逡巡もなく、彼女は店を選んだ。
ここは、所謂バーというやつなのだろう。
腹を満たすようなボリュームのある料理は少ない代わりに、酒の種類は豊富だった。
まだ未成年ということでサクラは遠慮し、オレも体質のおかげで毒物には耐性がある。
だが、就寝には早い時間をサクラと潰せるのは良かった。
他愛のない話へ興じた。あわよくば、彼女の好みが知れるのではないかと、躍起にもなった。
まるで友人のように、思い出を語り、愚痴を言い合い、将来の展望を宣言した。
アルコールを含んだ訳も出ないのに、サクラは紅潮した頬に饒舌な口調と、気分が昂っていたようだ。
変化があったのは、一時間程雑談を楽しんだ頃だったか。
矢庭に、空気が昂揚したのだ。
「……、始まるみたいね」
「何が?」
「お楽しみよ」
悪戯が成功した子どものようにはにかむサクラを横目に、オレは周囲を観察する。
元凶は直ぐに分かった。
カウンターのすぐ横。
小さくて気付かなかったが、その空間だけ一段高かった。
酒を楽しみ、話を聞き、心を許す。
成程、ここは。
「お楽しみの皆様。今宵は集まって頂き誠にありがとうございます。ジャスパーwithコアリーンズのライブを是非、お楽しみください」
司会の男が声を張り上げると同時に、ゾロゾロと楽器と共に数人のメンバーが壇上に上がった。
既にリハーサルは終えていたのだろう。
澱みなく、洗練された動きで定位置へついている。
「サクラ、これは一体…………」
「ラファ、ずっと余裕なかったじゃない? だから、今だけは、ゆっくりしてもいいんじゃないかなって」
サクラの言葉が途切れると同時に、高らかなサックスの音色が反響した。
どうやら、お見通しらしい。
サクラは目聡い。賢明で、崇高だ。
オレの根底にある焦燥を見抜いていて、その上で簡単には認めようとしないと。見事に、オレの面倒な側面を懐柔していると思う。
今は、彼女の厚意に甘えよう。
仄昏い店内に響く音色は饒舌で、揺蕩う大海を思わせる。
カルテットの音は分裂することなく調和を保ち、大きな柱となって屋台骨を形成している。
主旋律はサックスとピアノが担当し、ドラムとベースは土台とメロディーに徹しているようだが、阿吽の呼吸で合わせられる点を鑑みるにバンドなのだろう。
少なくとも、五年か六年。
昨日今日顔を合わせた即席バンドでないことだけは確かだ。
コーダに突入して、消え入るように弱まる音。
演奏時間は五分にも満たなかった。挨拶代わりのつもりだろうが、観客の興味を惹くには十分な技術と熱量だった。
「ジャスパーwithコアリーンズの一曲目はかのゴスペル小公国の英傑が作曲しました、名曲バートンを~~~~」
メンバーの紹介と司会を始めたサックス奏者のジャスパー某の説明を聞きながら、店内をぐるりと見渡す。
観客は少ない席を全て埋めるだけの人数が揃っている。
狭く、小さく、世界から忘れられたような空間だろうと、ジャスパーたちカルテットにとっては舞台であり客に相違ない。
誇らしくも、僅かな緊張を携えているようだ。
「サクラ、有難う」
対面で飲み物に口を付けるサクラへ、改めて礼を言う。
久しく忘れていた感動が、無意識の内に荒んでいたオレの内心を綺麗に洗い流してくれた。
「…………少しは気が晴れたかしら?」
「ああ。それにしても、何故、バーだったんだ?」
「ラファ、音楽すきでしょ?」
くすりと微笑むサクラに、オレは間抜けな顔を向けたことだろう。
オレの趣味が露見していたことに対して、驚いた訳じゃない。
自分のことを完璧だとは思っていないから、どこかで綻びが生じたのだろう。
予想だにしなかったのは。
サクラの心根、その善性についてだ。
オレは、些か思い違いをしていたらしい。
彼女は何も無理矢理、嫌々ながらここまで付いてきた訳ではない。
サクラなりにオレを認めて、だから、ささやかな願いと共にこの店へと連れてきてくれたのだ。
今は、ただひたすらに感謝を。
じんわりと温度の上がる昂揚した気分に、そっと蓋をして。
オレはミルクセーキを傾けた。
「それでは、二曲目は…………飛び入りを募ります。さあ、腕に自信のある肩は是非、ステージへ上がって来てください」
珍しくはない。
バンドを組めないがステージで腕を披露したい、演奏したいと言った者は後を絶たない。
コミュニティに所属していれば、自然とそういった情報は出回るものだ。
今晩、この店で飛び入り参加の可能なライブがある。と言った風に。
事実、店の出入り口に一番近い席で、一人が立ち上がった。
丈の長いローブとフードに隠れた顔のせいで性別は判断しかねるが。
上背からして百七十はある。両手に握るケースは、サックスにしては小さい。恐らく、トランペットだろう。
迷いない足取りでステージまで辿り着くとケースから楽器を取り出した。
案の定、年期の入ったトランペットだ。
長年使っているのだろう、よく吹かれているのが分かる。良い楽器だ。
「ちッ。また、あいつか」「弁えろってんだ」
ふと、隣の席から場違いな悪態が聞こえた。
炭鉱夫だろうか、頬に僅かに煤がついている。中年の男が二人。
仲間内での会話ではない。まるで、彼に聞こえるように、隠そうともしない悪意をぶつけている。
実際に、ローブの者はびくりと肩を震わせた。
これからステージに立つ相手へ向ける観衆の態度では、ない。
一時の気の迷い。
普段のオレならば無視しているだろう。
野次もライブのアクセント。聴衆の偽らざる意見だから。
だから、今のオレはタガが外れているのだろうな。
「なあ、あんた。詳しいのか?」
「……? なんだ、兄ちゃん。気になるのか?」
「通って訳じゃないが。一家言ある」
「そうか。なら、よく聞けよ。この街じゃあ飛び入りのライブってのはそこらで行われてる。ワジェンキは音楽に寛容だからな。だが、どれだけ面の皮が厚かろうと、とっかえひっかえってのは頷けねえ」
皮肉の混じった解説だったが、成程。理解はした。
詰まる所、ワジェンキには飛び入りの暗黙のルールがあり、あのトランペット奏者はそれを常習的に破っているのだろう。
例えば、営業成績で競い合っている隣の店舗でライブに参加するとかな。
苦々しい話だが、ありふれた話だ。
店のルールに従って、許可を取って、場数を踏むために様々なステージに立つ。
演奏家として、彼の行っていることは正しい。
しかし、それを良しとしない者もいる。
「寛容か…………伝統の間違いだろうな」
「あ? 何か言ったか?」
「いいや、何も」
視線が痛い。
隣からは二人組の敵意が、正面からは「なにこいつ喧嘩売ってんだ?」と非難する瞳が。
弁明したいところだが、どうやら雑談タイムは終わりらしい。
チューニングと曲が決まったのだろう。
ジャズバーとやらが話始めた。
「それでは、二曲目。同じくバートン作曲のドレイク・オン・シティを。オントランペット──ライラ=サマルディ」
…………率直に言うなら、大きかった。
ジャズバーwithコアリーンズの統制取れた作風をぶち壊すような、高らかながらも刺々しい甲高い音だった。
オレが男だと思っていたトランペット奏者は、図体の良い臆病者ではなかった。
彼は、いいや、ライラは女性だった。
金髪を後ろ手に括り、質素なシャツとジーンズのラフな格好でステージにいた。
ライト浴びて精一杯吹いている姿は子どものお遊戯のようにも思えた。何せ、調和がなかった。
緩慢で一音を値踏みするように慎重に叩くカルテットの雰囲気には合っていない。
全てを、かき消してしまっている。
サックスの自由な曲調を、ピアノのなだらかな音色を、ドラムの正確無比なリズムを、ベースの鈍重な背景を。
彼女の、ライラのトランペットは名画を漆黒で塗りつぶしているような所業だ。
歓迎されない理由は分かった。
所かまわず飛び入り参加するライラへの批判は、後付けに過ぎなかった。
誰もが興ざめしたような、鼻白むような空気で眺めていた。
確かに、ライラの音は鮮烈で強烈だ。
思わず仰け反ってしまいそうな音圧に、秩序を顧みない際立つ音だ。
技術が突出している訳でも、聞き惚れてしまうバラード調でもない。
けれど、オレは。
釘付けにされた。
浮かされた。
肝を抜かれた。
ライラはお世辞にも上手いプレイヤーとは言えなかった。
けれど、彼女は熱のあるプレイヤーだ。




