1. プロローグ
わたしはサクラ・ヨルミヤ。
日本で女子高生をしていたが、いつの間にか異世界に召喚されて一年の時間を過ごした。
こちらの世界はお世辞にも治安が良いとは言えず、世知辛い話や身の毛がよだつ凄惨な末路がそこら中にゴロゴロ転がっている。
明確な法律があって、秩序が保たれていて、清潔だった日本が恋しくなるのも当然だった。
最初は特に親しい訳でもないクラスメイトとパーティを組んで勇者の責務なんかに従事してた。
世界最大と言われる帝国に属して、様々な地域へ足を運んで世直しという名の暴虐を助長していた。
…………この辺りの記憶はあまり鮮明ではない。思い出したくないと本能が訴えているのか、それとも、過去の出来事だと割り切れているのか。
何にせよ、今のわたしは勇者でもなければ、女子高生でもない。
強いて語るなら、冒険者と言ったところだろう。
二人組の冒険者パーティの後衛。
できることは、前衛の支援と強化程度。
パーティ名はなし。
帝国領ディーリア地方から北上するように、されど帝国領を迂回するように。
ラファエル=ヴィリー。
わたしの相棒であり、仲間。
彼のことは多く知らない。年齢も、出身も。
けれど、旅を続ける中でほんの少しずつだけれど、彼も自分の身の上について話してくれた。
例えば、目的。
彼は焦燥の中で、ヴァリアス半島へと向かっている。
まるで鬼気迫る様相には、理由を直截に聞くのは憚られた。
それでも、わたしだってバカじゃない。顔色を窺うだけなら、それは仲間じゃなくて従者だ。
わたしはわたしの意志で彼と共に旅路を共にすると決めたのだ。
だから、それとなく探りを入れてみた。
するとどうだ。
五年前に分かれた依頼主との再会。たったそれだけの目標で、彼は一人でも旅を続けていたと語った。
わたしは大いに驚いた。そも、彼が感傷に左右されるような人間であったのかと、愕然としたのもそうだが。
健気で、一途。
わたしの乙女センサーがラファエルの見え透いた恋心を感知した。
依頼主とぼかしてはいるが、あれは女だ。
彼程の人物が思いを寄せるのだ。生半可な美女ではあるまい。いや、もしかすると美少女の線も……と、詮索をしてみたが、頑なに話してはくれなかった。
ラファエルは特徴というか、話題に尽きない人間だ。
この二ヶ月。
わたしはラファエルの言動をつぶさに観察し続けた。
先ず、彼は甘党だ。
根っからの、筋金入りの。
街に付けば必ずミルクセーキを頼み、ミルクセーキがなければ甘味を貪るように喰らう。
一度だけどうしてそんなに甘い食べ物が好きなのか聞いてみた。すると、甘さは正義だと、要領の得ない回答が返ってきたため諦めた。
まあ、好物なんて皆その程度の認識だろうし。
何より彼は衆目を気に留めない。
まるで空気と同じように扱う所業はいっそ清々しい。
日本でも、異世界でも。少なからず、周囲の意見に流されてきたわたしには、それだけで格好良く思える。
憎き『獣魔帝』のおかげで、わたしは一歩を踏み出せたと思う。
アイツに感謝するのは癪だけど、最期だけは同情できる。
訳も分からず襲撃されて、いつの間にか串刺しにされて。気づいた時には、片手間で処理される。
ラファエルにとって、『魔帝眷属』すらそこらのモンスターと変わらないのだろう。
ラファエルは感覚が鋭い。
これも、彼を語る上では欠かせない特徴だろう。
わたしは後衛向きの【技能】を持っている。
強化術式を付与したり、支援術式を施したり、回復術式をかけたり、索敵をしたり。
勇者パーティを抜けても確実に拾ってもらえるだけの【技能】らしい。
けれど、彼との旅では、わたしの出番は少ない。ゼロに近いと言える。
そもそも戦闘自体が少ない。
何故なら、ラファエルは魔獣やモンスターの気配を察知したら問答無用で討伐する。
【権能】とやらで生成した剣を放り投げて、いつの間にか。
今でも脳裏に焼き付いているのは、闇夜の野営中のことだ。
徐に立ち上がったかと思えば、目にも止まらない速度で虹色の剣を投擲した。
そして、明朝、山道を進んでいると頭蓋を吹き飛ばされた魔獣の死体が転がっていた。
数キロは離れていても感知して、当てる。
正直、意味が分からない。
ラファエルは苦し紛れの大道芸だと酷評しているが、傍目に見れば一撃必殺の一射だ。
彼に敵と断じられれば終わり。
どれだけ距離があろうと、逃げ隠れしようと必ず殺される。
そう思わせるだけの迫力と力がある。
迸る殺気に、強靭な暴力性。
それは、彼の表情にも表れている。
不愛想で、不器用。仏頂面。
3Bとは言ったものだ。
荒くれの多い冒険者の中でもラファエルに匹敵する強面はいまい。
つり上がった眉に、三白眼。泣く子も黙る悪人面。
おまけに、屈強な肉体に有無を言わせない実績ときた。
「済まない、サクラ。オレの顔で君には不便をかけているようだ」
理性的な超常生物。
けれど、内情は繊細で賢明な男性。
それを知っているのはわたしだけ。
確かに、彼はぶっきらぼうだ。初対面の相手には一際顕著で、少なくない衝突を経験した。
それでも、彼は優しい。
時期外れの大雨の時は丈夫そうな純白のコートを譲ってくれたり、悪漢に襲われそうになった時は静かな怒りを見せてくれたり。
時には感謝の証としてアクセサリーを買ってくれたり。
嘘だと思うだろう? わたしも、最初は夢かなにか、若しくは気の迷いかとも思った。
彼が性悪なのは知っていたから。
けれど、彼は誠実で真摯だった。
言葉が上手いわけでも、素直でもない。ただ愚直に「たまには行動で示すべきだと思ってな」とか言って、いつもの仏頂面で投げやりだけれど心が籠っていた。
魔法武具のブレスレットだった。
わたしの身に危険が迫るとラファエルに報せが届くらしい。
護身も兼ねてだろうけど、多分、彼の言葉も嘘ではない。
だから、彼が恋焦がれる人のことを考えると、気持ちが落ち込む。
一人のところを救われて、仇を撃ってもらって、仲間とはいえ会って数か月の自分をこうも慮ってくれる。
会ったことも、姿を見たこともない相手へ嫉妬してしまう。
ラファエルが憧憬すら抱いている人物なのだ、きっとわたしとは比べ物にならない程、良い人なんだろうな。
冷静沈着で、合理的な彼が常に焦りに身を焦がす相手とは。
ラファエルは焦っている。とてもじゃないが、擁護できない。
馬を借りることはできない。
動物は軒並み彼を恐怖して、半狂乱になって逃げだすからだ。
魔獣やモンスターですら二歩も三歩も退いて様子を窺う。草食動物や被食者ならば真っ先に逃げ出すだろう。
移動は専ら徒歩になり、行軍は遅々として進まない。
最近は雨季に重なり、増水や洪水の影響で思うような北上ができていない。
あのラファエルが、わたしに焦りを見透かされる程度には。
だから、わたしは驚愕を隠せなかった。
言葉少なに現状を憂うラファエルが頬を綻ばせた瞬間を。
とある街の、とある市場の、とある露店。
旅に必要な縄や火打石を買い足す最中の出来事だ。
彼の視線が一点に固定された。
それは、オカリナによく似た、楽器だった。
一目見て、彼は微笑み。
そんなラファエルを見て露天商は引き攣っていた。
獰猛で恐ろしい形相に思えたのだろう。
しかし、わたしは全く別のことを考えていた。
あと少し北上すると、大きな街に出る。
もしかしたら、焦りに焚きつけられた彼の憔悴が溶けるかもしれないから。
音楽の街ワジェンキ。
きっと、彼の心が慰撫されることを祈って。
わたしは、今日もラファエルと共に旅をする。




