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海神の国 アシハラ  作者: KDM
国内編
9/14

王の秘密

「王が倒れました。」

 伝令の言葉を聞いた瞬間、ナギの頭は真っ白になった。

 父が倒れた。

 アシハラ王国の王。

 誰よりも強く、誰よりも冷静だった男が。

 ナギはすぐに帰還を決意した。

 傷ついた兵たちを残し、精鋭の騎兵だけを連れて王都へ向かう。

 夜通し馬を走らせた。

 山を越え、川を渡り、休むことなく進む。

 そして二日後。

 王都アシハラへ到着した。

 しかし王都の様子は異様だった。

 市場は静まり返り、人々は不安そうな顔で空を見上げている。

 まるで嵐の前だった。

 王宮へ駆け込む。

 神官長ヒメカと老将軍ヤシロが待っていた。

 その表情を見ただけで、事態の深刻さが分かった。

「父上は……」

 ヒメカが静かに首を振る。

「命に別状はありません」

 ナギは少し安心した。

 だが次の言葉が重かった。

「しかし原因が分からないのです」

 ◇

 王の寝室。

 アシハラノミコトは横たわっていた。

 目は閉じたまま。

 呼吸はある。

 だが何日も目を覚まさない。

 医師も神官も原因を見つけられなかった。

 ナギは父の手を握った。

 冷たかった。

「父上……」

 返事はない。

 その時だった。

 ヒメカが小さく言った。

「実は気になることがあります」

 ナギが振り向く。

「何だ?」

「王が倒れる前夜、地下神殿へ向かっていました」

「地下神殿?」

 王宮の地下には古代から続く禁忌の神殿がある。

 王家と神官長しか入れない場所だ。

 その存在はほとんど知られていない。

 ナギも詳しくは聞かされていなかった。

「案内します」

 ヒメカは松明を手に取った。

 ◇

 深夜。

 二人は王宮の地下へ降りていく。

 石の階段はどこまでも続いていた。

 空気は冷たい。

 湿った土の匂いがする。

 やがて巨大な石扉へ辿り着いた。

 扉には奇妙な紋様が刻まれている。

 海。

 山。

 蛇。

 そして太陽。

 ヒメカがゆっくり扉を押した。

 ゴゴゴゴ……

 重い音を立てて開く。

 ナギは息を呑んだ。

 広大な空間だった。

 中央には巨大な石柱。

 そして壁一面に古代文字が刻まれている。

「これは……」

「アシハラ建国以前の記録です」

 ナギは驚いた。

 建国以前。

 そんなものが残っているとは聞いたことがない。

 ヒメカは壁の一部を指差した。

「読めますか?」

 ナギは近づく。

 古い文字だったが、かろうじて意味が分かった。

 そこにはこう記されていた。

 ――我らは海より来たりし民。

 ――神の国を追われし者。

 ――西の大地を離れ、この地に王国を築く。

 ナギは目を見開いた。

「追われた?」

 アシハラの伝承では、神々がこの地を与えたことになっている。

 だが壁の記録は違った。

 誰かに追われた民だったのだ。

 さらに読み進める。

 すると最後に一文があった。

 ――東の同胞が再び現れる時、国の運命は試される。

 ナギの背筋が凍る。

「東の……同胞?」

 ヒノモトのことなのか。

 その時だった。

 突然、神殿の奥から物音がした。

 カツン。

 石を踏む音。

 誰かいる。

 ナギは即座に剣を抜いた。

「誰だ!」

 松明の光が揺れる。

 闇の中から現れたのは黒装束の男だった。

 顔は覆われている。

 だが腰には見覚えのある紋章。

 赤い鳥。

 ヒノモトの印だった。

「間者か!」

 男は何も答えない。

 次の瞬間、短剣を投げてきた。

 ヒュッ!

 ナギは咄嗟に避ける。

 石柱へ突き刺さる刃。

「捕まえろ!」

 男は逃げ出した。

 地下神殿を駆け抜ける。

 ナギも追う。

 長い回廊。

 暗闇。

 足音が響く。

 そして出口が見えた瞬間――

 男は振り返った。

 一瞬だけ顔が見える。

 若い。

 しかも驚いたことに、ナギと同じくらいの年齢だった。

 だが次の瞬間には闇へ消えた。

 捕まえられなかった。

 地下神殿に静寂が戻る。

 ナギは息を整えながら立ち尽くす。

 なぜヒノモトの間者がここにいたのか。

 なぜ建国以前の記録を調べていたのか。

 そして父は何を知ってしまったのか。

 謎は深まるばかりだった。

 その頃――。

 東方。

 ヒノモト連合の本拠地。

 将軍タケルの前に、一人の若者が跪いていた。

 地下神殿から逃げた黒装束の少年だった。

「申し訳ありません」

 タケルは静かに尋ねる。

「見つかったか」

「はい」

 若者は答える。

「アシハラの地下神殿にありました」

 そして震える声で続けた。

「伝説は本当です」

 タケルの目が細くなる。

「そうか……」

 若き将軍は夜空を見上げた。

「ついに始まるな」

 その言葉の意味を知る者は、まだ誰もいなかった。

第十話へ続く――

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