王の秘密
「王が倒れました。」
伝令の言葉を聞いた瞬間、ナギの頭は真っ白になった。
父が倒れた。
アシハラ王国の王。
誰よりも強く、誰よりも冷静だった男が。
ナギはすぐに帰還を決意した。
傷ついた兵たちを残し、精鋭の騎兵だけを連れて王都へ向かう。
夜通し馬を走らせた。
山を越え、川を渡り、休むことなく進む。
そして二日後。
王都アシハラへ到着した。
しかし王都の様子は異様だった。
市場は静まり返り、人々は不安そうな顔で空を見上げている。
まるで嵐の前だった。
王宮へ駆け込む。
神官長ヒメカと老将軍ヤシロが待っていた。
その表情を見ただけで、事態の深刻さが分かった。
「父上は……」
ヒメカが静かに首を振る。
「命に別状はありません」
ナギは少し安心した。
だが次の言葉が重かった。
「しかし原因が分からないのです」
◇
王の寝室。
アシハラノミコトは横たわっていた。
目は閉じたまま。
呼吸はある。
だが何日も目を覚まさない。
医師も神官も原因を見つけられなかった。
ナギは父の手を握った。
冷たかった。
「父上……」
返事はない。
その時だった。
ヒメカが小さく言った。
「実は気になることがあります」
ナギが振り向く。
「何だ?」
「王が倒れる前夜、地下神殿へ向かっていました」
「地下神殿?」
王宮の地下には古代から続く禁忌の神殿がある。
王家と神官長しか入れない場所だ。
その存在はほとんど知られていない。
ナギも詳しくは聞かされていなかった。
「案内します」
ヒメカは松明を手に取った。
◇
深夜。
二人は王宮の地下へ降りていく。
石の階段はどこまでも続いていた。
空気は冷たい。
湿った土の匂いがする。
やがて巨大な石扉へ辿り着いた。
扉には奇妙な紋様が刻まれている。
海。
山。
蛇。
そして太陽。
ヒメカがゆっくり扉を押した。
ゴゴゴゴ……
重い音を立てて開く。
ナギは息を呑んだ。
広大な空間だった。
中央には巨大な石柱。
そして壁一面に古代文字が刻まれている。
「これは……」
「アシハラ建国以前の記録です」
ナギは驚いた。
建国以前。
そんなものが残っているとは聞いたことがない。
ヒメカは壁の一部を指差した。
「読めますか?」
ナギは近づく。
古い文字だったが、かろうじて意味が分かった。
そこにはこう記されていた。
――我らは海より来たりし民。
――神の国を追われし者。
――西の大地を離れ、この地に王国を築く。
ナギは目を見開いた。
「追われた?」
アシハラの伝承では、神々がこの地を与えたことになっている。
だが壁の記録は違った。
誰かに追われた民だったのだ。
さらに読み進める。
すると最後に一文があった。
――東の同胞が再び現れる時、国の運命は試される。
ナギの背筋が凍る。
「東の……同胞?」
ヒノモトのことなのか。
その時だった。
突然、神殿の奥から物音がした。
カツン。
石を踏む音。
誰かいる。
ナギは即座に剣を抜いた。
「誰だ!」
松明の光が揺れる。
闇の中から現れたのは黒装束の男だった。
顔は覆われている。
だが腰には見覚えのある紋章。
赤い鳥。
ヒノモトの印だった。
「間者か!」
男は何も答えない。
次の瞬間、短剣を投げてきた。
ヒュッ!
ナギは咄嗟に避ける。
石柱へ突き刺さる刃。
「捕まえろ!」
男は逃げ出した。
地下神殿を駆け抜ける。
ナギも追う。
長い回廊。
暗闇。
足音が響く。
そして出口が見えた瞬間――
男は振り返った。
一瞬だけ顔が見える。
若い。
しかも驚いたことに、ナギと同じくらいの年齢だった。
だが次の瞬間には闇へ消えた。
捕まえられなかった。
地下神殿に静寂が戻る。
ナギは息を整えながら立ち尽くす。
なぜヒノモトの間者がここにいたのか。
なぜ建国以前の記録を調べていたのか。
そして父は何を知ってしまったのか。
謎は深まるばかりだった。
その頃――。
東方。
ヒノモト連合の本拠地。
将軍タケルの前に、一人の若者が跪いていた。
地下神殿から逃げた黒装束の少年だった。
「申し訳ありません」
タケルは静かに尋ねる。
「見つかったか」
「はい」
若者は答える。
「アシハラの地下神殿にありました」
そして震える声で続けた。
「伝説は本当です」
タケルの目が細くなる。
「そうか……」
若き将軍は夜空を見上げた。
「ついに始まるな」
その言葉の意味を知る者は、まだ誰もいなかった。
第十話へ続く――




