シラナミ峠
シラナミ砦。
それはアシハラ王国東部の山道を守る巨大な砦だった。
険しい崖と大河に囲まれた天然の要害であり、ここを突破されれば王都まで敵を止める場所はほとんどない。
王宮の広間では緊急評議会が開かれていた。
「敵軍は約五千」
伝令が震える声で報告する。
「砦の守備兵は八百です」
広間が静まり返った。
六倍以上の兵力差だった。
「援軍を送るしかない」
老将軍ヤシロが言った。
「ですが王都の守備も必要です」
豪族たちが口々に意見を述べる。
その時、ナギが立ち上がった。
「私が行きます」
全員の視線が集まる。
「王子!」
「シラナミ砦を失えば戦いは終わります。だからこそ守らなければなりません」
王はしばらく息子を見つめていた。
やがて静かに頷く。
「分かった」
ナギは千五百の援軍を率いて出陣することになった。
翌朝。
王都の門が開く。
兵士たちが整列する。
槍兵。
弓兵。
騎兵。
そして赤銅色の鎧を身に着けた精鋭たち。
ナギは馬上から彼らを見渡した。
かつては訓練でしか会わなかった兵士たち。
今はその命を預かる立場になっている。
「出陣!」
角笛が鳴る。
軍勢は東へ向かって進み始めた。
◇
三日後。
シラナミ砦が見えた。
しかしナギは言葉を失った。
砦を取り囲むように無数の赤旗が並んでいる。
まるで赤い海だった。
「これほどとは……」
イズモも表情を曇らせる。
敵はすでに包囲陣を完成させていた。
攻城塔。
投石機。
巨大な破城槌。
本格的な攻城戦の準備が進められている。
その時だった。
ドゴォォン!!
大地を揺るがす音が響く。
投石機から放たれた巨大な石が砦の壁へ激突した。
石壁が砕ける。
土煙が舞い上がる。
続いて敵兵たちの雄叫び。
「進めぇぇぇ!!」
何百人もの兵士が盾を掲げながら前進する。
砦の上では守備兵たちが矢を放った。
ヒュン!
ヒュン!
敵兵が次々に倒れる。
しかし後ろからさらに兵士が現れる。
終わりがない。
ナギは歯を食いしばった。
「このままでは砦が落ちる」
するとイズモが地図を広げた。
「正面突破は不可能です」
敵は多すぎる。
だが一つだけ方法があった。
「西の崖沿いに古い山道があります」
「山道?」
「危険ですが、成功すれば砦の中へ入れます」
ナギは即決した。
「行こう」
その夜。
月明かりの下で選抜隊三百人が出発する。
細い崖道を進む。
一歩踏み外せば谷底だった。
兵士たちは息を殺して歩く。
やがて砦の裏手へ到着した。
見張りの合図。
縄が降ろされる。
守備兵たちが気付いたのだ。
「王子!」
砦の兵たちは歓声を上げた。
援軍の到着だった。
だが喜びも束の間。
東の陣地で太鼓が鳴り始めた。
ドン!
ドン!
ドドン!
敵も動き出したのである。
そして夜明け。
霧の向こうからヒノモト軍が現れた。
数千の兵士。
無数の赤旗。
その先頭には一人の若き将軍がいた。
黒い鎧。
鋭い眼差し。
タケルだった。
彼は砦を見上げながら静かに言う。
「面白い」
援軍が入ったことをすでに見抜いていた。
「ならば今日、この砦を落とそう」
剣が天へ向けられる。
「総攻撃だ!」
その瞬間。
大地を震わせる雄叫びが響いた。
「ウォォォォォォ!!」
数千の兵士が一斉に前進する。
矢が空を覆い。
投石機が唸り。
破城槌が門へ向かう。
シラナミ砦の決戦が始まった。
そしてナギは初めて、敵軍総大将タケルの姿を目にするのだった。
**第七話へ続く――**




